政府税調の中里実会長(左)は岸田文雄首相(右)に答申を渡した(写真・首相官邸ホームページ)

6月30日に、内閣総理大臣の諮問機関である政府税制調査会は、「わが国税制の現状と課題−令和時代の構造変化と税制のあり方−」と題した中期答申を、岸田文雄首相に手交した。

政府税制調査会は、委員が3年の任期を締めくくるにあたり、わが国の税制に関して中長期的な視点から答申を首相に手交することが慣例となっている。前回の中期答申は、2019年9月26日に、「経済社会の構造変化を踏まえた令和時代の税制のあり方」を安倍晋三首相(当時)に手交した。

なお、筆者は政府税制調査会の委員であるが、本稿の意見にわたる部分は筆者の私見であり、政府税制調査会の見解を代表するものではない。

防衛増税と子ども予算は片付いた

現在の委員の任期は、2020年1月10日から始まった。本来ならば、2023年1月9日に任期を終えるところで、2022年末までには中期答申を取りまとめるスケジュールだった。

しかし、2022年12月は防衛増税の論議などが目白押しで、とても中長期的な税制のあり方を議論できる環境になかったこともあって、委員の任期は2023年7月9日まで6カ月延長された。そして、4月の統一地方選挙を終えてから中期答申に向けた議論が本格化した。

2023年は年頭から6月中旬まで、防衛増税の実施時期の議論だけでなく、子ども予算の財源論議も沸騰し、6月13日に「こども未来戦略方針」、6月16日に「骨太方針2023」が閣議決定されるのを見届けてからというタイミングで、中期答申が取りまとめられた。

防衛増税は、すでに法人税、所得税、たばこ税で実施することが、「令和5年度税制改正の大綱」として2022年12月に閣議決定されている。子ども予算については、「消費税などこども・子育て関連予算充実のための財源確保を目的とした増税は行わない」と「こども未来戦略方針」に明記されている。

したがって、政府税調の中期答申として、同時並行して議論されていた防衛増税や子ども予算の財源確保に関して特段言及する必要がなくなり、今後の「あるべき税制」を中心に言及したものとなっている。

今般の中期答申が手本の一つとしたのは、2000年7月に政府税調が出した中期答申「わが国税制の現状と課題−21世紀に向けた国民の参加と選択」である。今般の中期答申のメインタイトルは、この答申のメインタイトル「わが国税制の現状と課題」にあやかっている。

2000年の中期答申では、「この答申により、税制の現状と課題についての国民の理解が深まり、国民参加の下に、21世紀を展望した今後の税制改革論議が行われることを期待して」、税制論議への国民の参加と選択のために必要となる判断材料を幅広く提供することに重点が置かれた。

そのため、税制の基本的な考え方を教科書的におさらいするところから始まり、所得税や法人税、消費税など個別税目の現状と課題について記している。

今般の中期答申も、この構成に倣っている。時代は移り変わり、そしてさらに大きく変化しようとしている今日において、「あるべき税制」について国民が議論に主体的に参画する助けとなることを目指して取りまとめられた。

この中期答申をぜひ手に取ってご一読いただければ幸いである。

これまで抜け落ちていた「税収は十分か」

注目点について触れよう。

答申は、第1部の基本的考え方と経済社会の構造変化と、第2部の個別税目の現状と課題という2部構成となっている。

第1部では、税制の基本的考え方を整理している。その中で、今般の答申では、これまでわが国の税制における租税原則を「公平・中立・簡素」と位置づけてきたが、租税の「十分性」もこれらの3原則と並んで重要なものと位置づけるべきと提起している。

租税の「十分性」とは、財政需要を満たすのに十分な租税収入があげられることを意味する。現に、わが国の財政構造は、歳出規模に比べて税収が不十分にしか確保できていない。

少子化によって数が少なくなっていく将来世代一人ひとりの負担の重さに従来以上に配意し、財政の持続可能性を損なわないために必要な負担を分かち合うことが必要である。それとともに、歳出の内容や水準も、租税を負担する国民が納得いくものにする必要がある。

租税の「十分性」は、これまで3原則には含められていなかった。それというのも、歴史的背景があろう。

租税3原則の起源とされるのは、1949年から1950年にかけて出された「シャウプ勧告」である。「シャウプ勧告」は、わが国の戦後税制を形作るうえで大きな役割を果たした。

ただ、1947年に成立した財政法第4条では「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」とされており、この条文を非募債主義(または公債不発行主義)と呼んで、以来1964年度まで国の一般会計では国債を発行しなかった。

まさに、歳出に見合うだけの税収を確保することが前提となっていたわけで、わざわざ租税の「十分性」を租税原則として強調する必要がなかったといえる。

消費税導入で「公平・中立・簡素」が登場

時は下って、3原則を強調して今日に至るまで影響を残したのが、1987年・1988年の抜本的税制改革である。このとき、直接税中心の税制となっており、所得が増えれば直ちに所得税負担が増えるという「重税感」を緩和すべく、まだわが国にはなかった大型間接税である消費税を1989年度に導入する議論が展開されていた。

その際に重視されたのが「公平・中立・簡素」の3原則だった。1988年6月に政府税調が取りまとめた「税制改革についての答申」に、その3原則が明記された。

この時期、政府は「増税なき財政再建」を掲げ、赤字国債の発行をゼロにする取り組みを実行していた。当初予算では1990年度にそれを実現するのだが、歳出を赤字国債に依存せず税収で賄える財政運営を進めており、租税の「十分性」を強く意識しなくてもよい状況だった。

ところが、日本の財政の現状はそうではない。3原則と並んで租税の「十分性」を重要なものと位置づけるのが、今般の答申の特徴の一つといえよう。

今般の答申では、目下起きている経済社会構造の変化にも目を向けている。働き方やライフコースの多様化、経済のグローバル化、Web3.0や暗号資産の台頭を含むデジタル化、エネルギー・環境問題や安全保障環境などの変化、格差をめぐる状況の変化、人口減少・少子高齢化といった動向に対して、税制はどう適応してゆくかについて言及している。

個別税目については、所得税、法人税、消費税など各税目における現状と課題について、時には細かいが重要な改正項目に触れている。紙幅の都合で、本稿では消費税のみ取り上げる。

消費税は、逆進的と捉えられることが多いが、実は生涯所得に対して比例的であることを答申は説いている。

「過去に稼得した所得に基づく貯蓄を取り崩して比較的高水準の消費を行っている高齢者」と、「少ない所得の中で将来に備えた貯蓄もしている若年者」を比較した場合には、「貯蓄を取り崩しつつ生活している高齢者」のほうが、年間所得に対する消費税負担額の割合が高い場合もある、と指摘する。

そして、「若いときに所得の一部を貯蓄し、高齢期にそれを取り崩して消費に充てる」というライフサイクルを前提にすると、「個々人の年間所得に対する消費税負担額」は、税制の累進性を考えるうえで必ずしも絶対的な基準とは言えないことを明示している。

したがって、生涯にわたる所得と消費に着目して考えると、消費税は生涯所得に対して比例的であるというわけだ。

また、消費税の利点について、人口減少・少子高齢化が進む中、社会保障制度の持続可能性を高めていくためには、特定の世代に偏らず幅広い国民が負担を分かち合うことができる点や、税収の変動が少ない点を挙げる。

企業の国際競争力にも影響しない

社会保障財源の面だけでなく、企業活動や経済のグローバル化の面からも、消費税の性質を説いている。

設備投資の際に課される消費税額は直ちに仕入税額控除できるため、インフレなどによる影響を受けにくく、設備投資等の意思決定に中立的である点や、最終消費地で課税を行うとの国際的に共通したルールの下、国境税調整(輸出免税)が行われるため、内外の税率差による国際競争力への影響を遮断することができる点は、消費税ならではの特徴として、経済活動を阻害しない性質がある。

こうした特徴を踏まえて、消費税の議論が客観的に進められることを願う。

今般の中期答申は、個別税目について、増税すべきとか減税すべきとかはいっさい言及していない。そうであるがゆえに逆に物足りなさを感じる読者もいるかもしれない。しかし、国民のこれからの税制論議に資する判断材料を答申として提供することが、今の政府税調が果たしうる役割なのかもしれない。

(土居 丈朗 : 慶應義塾大学 経済学部教授)