6月27日、東洋建設の本社で開催された定時株主総会。9時10分ごろに1人目の株主が会場に姿を現し、その後徐々に集まり始めた(記者撮影)

「聞いている話と違う!」。株主提案決議の結果を聞いた東洋建設の関係者は、思わず声を張り上げた。

1年以上にわたり激しく繰り広げられてきた任天堂創業家の資産運用会社ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)と、マリコン大手の東洋建設株式を巡る攻防は事実上、幕が下りた。

東洋建設は6月27日、東京・神保町に構える本社で定時株主総会を開催した。YFOから取締役9人の選任を含む株主提案を受けており、結果はYFOが提案した役員候補9人のうち7人が賛成多数で可決された。会社側の提案していた役員候補11人は6人の選任にとどまった。取締役は計13人で、株主が提案した取締役が会社側を上回る異例の事態となった。

会社側の事前の票読みでは、株主提案と会社提案の取締役が「6対6」あるいは「7対7」と均衡すると見ていた。社内に衝撃が走ったのはそのためだ。

YFO「これでノーサイドだ」

一方、YFOの関係者は、「これでノーサイドだ。『勝ち負け』にこだわっていたわけではないが、(提案した7人が選任されて)安心したというのが本音。これで本来の目的である企業価値の向上やガバナンスの健全化に向けての取り組みを本格化できる」と胸の内を語る。


株主総会には、昨年よりも2人多い31人が出席。所要時間は2時間5分と、昨年の22分から大幅に延びた。

YFOは2022年4月に、東洋建設に対して1株1000円でのTOB(株式公開買い付け)を提案した。しかし、協議はまったく進展せず、2023年1月に、YFOは独自の役員候補を株主提案すると公表。対する東洋建設は2023年5月に、「YFOの企業価値向上策を遂行しても、当社の企業価値は向上しない」と、TOBへの反対を表明した。

対立の構図が鮮明化する中、海外株主の投票に影響を与える議決権行使助言会社の判断も揺れた。インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、株主提案については6人に賛成、3人に反対を推奨。会社提案については、5人に賛成、6人に反対を推奨していた。

こういった動きが入り乱れ、状況は複雑化。「(株主提案の決議は)どちらに転ぶか、まったくわからなかった。社内はいつもとは違う緊張感があった」。東洋建設の若手社員は、株主総会当日朝の社内の様子をそのように話す。

決議の行方は、個人投資家の間でも注目が高かった。株主総会に出席した40代の個人投資家は、決議集計中の休憩時間に、東洋経済の取材に応じてこう答えた。「株主提案の役員候補には、全員に賛成票を投じた。YFOについては、任天堂のボス(中興の祖)である山内溥さんが(事実上)後継に指名した山内万丈氏が代表を務めている。山内家の血縁を信じたい」。

こういった個人投資家の賛成票が、一部株主提案に流れたことで、会社側が均衡すると事前に読んでいた決議の行方に影響を与えた可能性はある。

別の個人投資家は決議の結果を受けて、次のように感想を述べる。「正直驚いた。ただ、会社提案と株主提案の役員候補には、可決される人と否決されている人がいて、一方的な結果になっていない。双方の主張が反映されたという意味でよかった」。

吉田氏の就任は「ポジティブサプライズ」

株主総会の株主提案決議については、取締役の過半数を握ったYFO側が「完勝」した形となった。だが、東洋建設側から見て「完敗」だったかというと、そうでもない。


東洋建設の代表取締役社長に就いた大林東壽氏(右)。左は前社長の武澤恭司氏。5月24日、社長交代発表会見の様子(記者撮影)

株主総会では会社側から、専務の大林東壽(はるひさ)氏と副社長の平田浩美氏が取締役として順当に再選した。賛成の割合はどちらも87%超と、ほかの人物がすべて50%前後の賛成率だったのと比べて高い支持を受けた。その後の取締役会を経て、大林氏が代表取締役社長、平田氏が代表取締役副社長に予定通り就任した。加えて、取締役会では元三菱商事常務でYFO側の吉田真也氏も代表権のある会長に就くことが決まった。

東洋建設の本業である土木事業のたたき上げである大林氏と、建築畑での経験が豊富な平田氏、そして三菱商事で世界的な視野でビジネスを見てきた吉田氏のトロイカ体制となる。実は、吉田氏の代表取締役就任については、YFO側は事前に想定していなかった。「ポジティブサプライズだった。取締役会での話し合いの中で、吉田氏の代取就任が決まった」と、YFOの関係者は明かす。

ほかにもYFO側からはフジタの建設本部理事の経験がある登坂章氏が取締役として名を連ねる。さらに、元電源開発副社長の内山正人氏などが社外取締役として加わる。YFOと東洋建設の両陣営から「ハイブリッド」した形の、重厚な経営布陣になったと言える。

今後、東洋建設が洋上風力発電事業の本格化をはじめとした成長戦略を進めていくうえで、両陣営の知見が注入されるメリットは大きい。

「経営リスクを多角的に検証しながら、質の高い意思決定をする体制にしてもらいたい。前任の武澤恭司社長には権限が委譲されすぎていて、意思決定に問題があるように見えた。この先はガバナンスの健全化に努めてほしい」と、YFO関係者は言う。

「TOBの姿勢は変えていない」

気になるのは、YFOは東洋建設に対するTOB提案を引っ込めていないことだ。この先、TOBを実施し、東洋建設の未上場化を推し進めることはあるのか。

この点について、YFO関係者は「TOBの姿勢は変えておらず、今後も検討していただきたいと思っている。非公開化も実現したい。(洋上風力事業などの)新しい領域はすぐには利益を出せない。この先は腰が据えた改革が必要で、未上場化は重要だ」と話す。

一方、YFO関係者は次のように続ける。「いきなり『TOB受け入れに(経営の議論を)フォーカスしてください』と言ってしまえば、会社は回っていかない。優先順位でいうと、まずは会社として体制固めが先決だろう」。

YFOはこれまでも、強引にTOBをしかけるタイミングは何度もあった。それをしてこなかったのは、東洋建設の現経営陣の同意なしにTOBを進めることで、社内に混乱が生じ、かえって企業価値の向上を妨げることを懸念したからだ。今回の新経営陣のもと、東洋建設が新しい分野を開拓して企業価値を向上することができれば、未上場化に踏み切る意味は薄れていくかもしれない。

「1年戦争」の主役の1人であるYFO代表の山内万丈氏は、いまどのような心境なのか。今回の株主総会の結果を聞いた万丈氏は、「今回の結果を気にせずに、ひたむきにしっかりと、東洋建設の企業価値向上に向き合っていくことが必要だ」と、周囲に語っているという。

株主総会の結果を受けてYFOが6月27日に公表したリリースには、このような一文がある。「これまでの経緯から、図らずも、東洋建設の従業員やそのご家族の方々をはじめ関係者の皆様に、多大なるご不安と混乱を与えてしまったものと認識しております」。この文章は、リリースの原案を見た万丈氏が、自らの手で加えたものだという。

任天堂創業家・山内万丈氏が書き足した言葉

万丈氏は普段、最高投資責任者の村上皓亮(ひろわか)氏に東洋建設に関するリリースの内容を一任している。だが、6月27日のリリースには一字一句に目を通し、気になる表現を手直しした。そして次の言葉が添えられた。「新たな取締役会の下で、ご不安と混乱が早期に解消され、関係者の皆様にとって良い会社となることを心より望んでおり、そうなることを固く信じております」(表現を一部編集)。

TOB提案をめぐって丁々発止を続けてきた両者だが、それはもう「ノーサイドだ」との意思表示であろう。YFOの関係者は語る。「(東洋建設の協議はしばらく途切れていたが)今後は対話をしていこうと思う。われわれから、対面を申し込むつもりだ」。

東洋建設は会社コメントとして、「株主提案の決議の結果について、厳粛に受け止める」としている。今後、東洋建設とYFOサイドのハイブリッド経営で、企業価値の向上を図ることができるのか。取締役会の中で再び対立が起きれば、混乱状態となるのは必然だ。

(梅咲 恵司 : 東洋経済 記者)