スカイラインの1番列車を待ち構える乗客たち(記者撮影)

「開業初日、どのくらいの人数が乗りに来るのか、まったく予想できない」――。

ハワイ・ホノルルで建設中の鉄道路線「Skyline(スカイライン)」の関係者たちが6月30日午後2時の開業を前に気をもんでいたのは、この一点に尽きた。

ホノルルでは多くの人が鉄道の開業を期待している。一方で、自動車での移動に慣れ切って鉄道には関心のない人もいるし、鉄道の建設財源を学校教育の充実や福利厚生などほかの用途に使うべきとして、鉄道に反対する人もいる。

そこで、少しでも多くの人に鉄道を体験してもらうため、本来の運賃は路線バスと同じ3ドル(約430円)だが、30日から7月4日までは無料のトライアル期間とした。

運賃無料ということで、大勢の人が押し寄せるかもしれない。しかも鉄道は未体験という人も多い。思わぬトラブルが起きる可能性がある。このため、各駅に多数の臨時スタッフを配置して開業に備えた。

起点となるアロハスタジアム駅には多くの人が改札口に殺到せず一列に並んで待てるよう、長い誘導柵を設置した。ところが、開業の1時間前になってもアロハスタジアム駅の改札口前に並んでいたのはわずか10人ほどだった。

歓声はどこで沸いた?

だが、30分ほど前から待つ人の数がぽつぽつと増え始め、開門直前には多くの人が列をなした。開門後、ホームはアロハスタジアム発の1番列車を待つ人であふれかえった。多くの乗客を詰め込んで1番列車のドアが閉まった。

列車が動き出すと、「ワオ」「イエーイ」と、車内のあちこちで歓喜の声が上がった。ガッツポーズをしている人もいた。感情を声や仕草で示すところがいかにもアメリカらしい。

車窓から見える風景の遠くにダイヤモンドヘッドが見えた。しかし、乗客が気にする様子はない。むしろ、普通の住宅街や畑でなぜか歓声が上がることが多い。よくよく注意してこうした声を聞いてみたら、「自分の家が見えた」「○○さんの畑が見えた」といった理由で喜んでいるようだった。

およそ20分後、1番列車は終点のイーストカポレイに到着した。その後も10分間隔で列車は運行を繰り返し、どの列車にも多数の客が乗っていた。老若男女。車いす利用者も多く見かけた。これもアメリカらしい。

どの途中駅でも列車に乗りにやってくる人の列が絶えなかった。途中駅のホオピリという駅は、4年前に訪れたときは駅前には畑が広がっていたが、宅地開発が始まっていた。それでも住宅が多いとは決して言えない。駅の改札前で人数を数えていたスタッフに聞くと、午後3時の時点で「駅にやってきたのは67人だけ。アロハスタジアム駅の賑わいとは大違い」と苦笑い。でもこれほど周辺に何もない駅に67人もやってきたというのはむしろすごい。

この鉄道路線は「Honolulu Rail Transit(ホノルル・レール・トランジット)」という名称で計画がスタートした。路線バスが「The Bus(ザ・バス)」というそのものズバリの愛称で呼ばれているため、鉄道には「The Train(ザ・トレイン)」とか「The Rail(ザ・レール)」といった愛称が付く可能性があった。ところが愛称は「Skyline(スカイライン)」に決まった。

ホノルル市のリック・ブランジャルディ市長は、スカイラインという愛称にした理由について、「全線で高架上を走るため、乗客は自動車よりもずっと高い目線で車窓の風景を眺めることができるということをわかりやすく示すため」と話す。乗客たちが何でもない風景に歓声を上げていたことを考えれば、ネーミングは的を得たものといえるだろう。

車両は日立製

路線の建設、事業運営を担うのはホノルル高速鉄道公社(HART)。日立製作所のグループ会社が車両製造や鉄道システム等を受注している。車両はデジタルを活用した信号・通信システムにより、無人で運行する。アメリカでは初めてのシステム。日立のアリステア・ドーマー副社長は「このシステムをアメリカの各都市に売り込みたい。スカイラインの開業はマーケティング的にも有効だ」と意気込む。ホノルルといえば、日立の企業CM「この木なんの木」で有名な「日立の樹」があることでも知られる。ドーマー副社長に「日立の樹とスカイライン。日立を象徴するものが2つになりましたね」と聞いてみたら、「日本人はハワイが好きだが、鉄道も好き。日本人がハワイに来れば、好きなことが2つ楽しめるよ」と返された。

HARTのロリ・カヒキナCEOは、「日立とは何度もお互いにバトルをしてきた」と、開業式典の挨拶でこんな話を披露した。「今日だけはリラックス。明日からまた、ハードワークの日々が始まる」。式典の後、カヒキナCEOはスタッフと同じ制服に着替え、1番列車に乗る人たちを出迎えた。

6月30日に開通したのはホノルル市街地の西側に広がる新興住宅エリアのイーストカポレイとアロハスタジアムを結ぶ9駅からなる約17kmの区間だ。途中の駅には大型の商業施設があり、鉄道は沿線住民の買い物の足として便利そうだ。また、ハワイ大学ウエストオアフ校や地元の短期大学の最寄り駅もある。


ただ、今のところ想定されるスカイラインの乗車目的はこの程度にとどまる。その利便性がフルに発揮されるためには全線開業を待つ必要がある。

現在決まっている計画はアロハスタジアムからダニエル・K・イノウエ空港(ホノルル国際空港)、ダウンタウンを経て、市の中心でオフィス街であるシビックセンターまでの全長約30kmに、19駅を設置するというものだ。沿線全体にはショッピングセンターや学校、オフィスに加え空軍・海軍統合基地もあり、全線開業すれば多くの買い物需要や通勤通学需要を取り込めそう。今回の開業区間が第1フェーズとすれば、第2フェーズがアロハスタジアムから4駅先のミドルストリートまで建設する計画で、2025年に開業する計画だ。

第3フェーズは6駅先のシビックセンターへの延伸で、2031年の開業を目指している。

事業費増大、開業時期も遅れ

開業に至る道のりは決して順調ではなく、開業は何度も延期された。ネックとなったのが建設費などの事業費だ。財源は税収などだが、当初30億〜40億ドル(約4330億〜5770億円)とされた事業費は、人件費や機材コストの増加でどんどん膨れ上がり、2022年に公表された報告書では100億ドル(約1兆4330億円)を優に超えると試算されていた。

想定を大きく超える事業費の手当てに時間を要し、工事は何度もストップした。アラモアナセンターまでの延伸計画も棚上げとなった。今回開業したイーストカポレイ―アロハスタジアム間は、本来なら2017年に開業しているはずだった。その後、設備がほぼ完成した2020年1月には「10月中には開業できる」としていたが、その約束も反故にされた。

カヒキナCEOは「新型コロナウイルスの拡大でハワイの観光収入が落ち込んだことが影響した」と明かす。建設費は税収頼み。しかも完成後の当局による安全性の検査も新型コロナの影響で中断を余儀なくされた。今年の5月10日、「6月30日に開業する」とブランジャルディ市長がついに正式発表した。

最終目標はシビックセンターからさらに2駅先のアラモアナセンターまでの延伸だ。アラモアナセンターまで延伸すると日本人観光客にとってもメリットがある。ハワイ名物の交通渋滞に巻き込まれることなく、空港とアラモアナセンターの間を行き来できる。

しかし、事業費を抑えるためアラモアナセンターへの延伸は中断となった。着工・完成などのスケジュールについてカヒキナCEOは、「シビックセンターまで開業した後の計画である」というコメントにとどめ、明言していない。日本人観光客が空港―アラモアナセンターの間の移動を満喫するのはだいぶ先の話になる。

スカイラインには、アラモアナセンターからさらに東側のハワイ大学マノア校まで延伸する構想もある。しかし、カヒキナCEOは「現在のところ計画はない」と、半ば立ち消えの状態だ。

観光目的の利用は可能か?

開業初日、運賃が無料ということもあって列車内は多くの乗客で賑わった。この状況がいつまで続くのだろうか。

前述のように現在の一部開業では普段使いの需要は限定的だ。シティセンターまで開業すれば1日8万5000人の乗車が見込めるが、これに対してブランジャルディ市長は、「第1フェーズは1日5000〜1万人程度。第2フェーズは1日2万5000人程度」との予測を示す。

利用者を増やすためには、観光目的の利用推進が欠かせない。1番列車の乗客の中には、「パーティートレインだ」と表現する人もいた。車窓を流れるバラエティに富む景色を楽しめるからだという。そこで、関係者の間にはスカイラインを観光資源として活用するというアイデアも出ている。日本からホノルルに到着する航空便は朝に到着することが多いのでホテルにチェックインするまで時間が空く。その時間を利用してスカイラインに乗ってもらおうというものだ。

確かに車窓からはダイヤモンドヘッドのほか、アリゾナ記念館も見える。何より、ハワイの太陽の下、広い大地の合間を縫って列車が疾走する魅力は日本では決して味わえない。とはいえ、このアイデアも空港まで延伸しないことには成立は難しい。

開業2日目の7月1日の午後にもスカイラインに乗ってみた。さすがに初日のような混雑は見られなかったが、多くの人が乗っていて、車窓の風景をスマホで撮影していた。こうした写真や動画がSNSで拡散されれば、一度は鉄道に乗ってみようと考える人は増えていくに違いない。

しかし無料期間が終われば、賑わいは落ち着くだろう。日常的に使う目的がない人が、一度乗った後にまた乗るかどうかも疑問だ。

少しでも利用者を増やすため、さまざまな施策を打つ必要がある。延伸工事も粛々と続けていかなくてはいけない。アラモアナセンターへの延伸計画も固めたい。課題は山積している。

ただ、列車に乗った誰もが笑顔だったように、今だけは、鉄道の開業を祝いたい。これから多くの困難が待ち受けるが、乗客の笑顔の記憶があれば、きっと乗り切れるだろう。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)