他人が欲しいモノに魅力を感じてしまう理由とは(写真:hachiware/PIXTA)

最新のスマホ、インスタ映えする旅行先、誰もがうらやむ仕事――多くの人は自分が欲しいモノを手に入れ、望むような生活をしたいと考えている。だが、その欲望が実は、あなたが無意識のうちに意識している人物の欲望だったとしたら……。

『欲望の見つけ方』の著者でフランス人起業家のルーク・バージス氏は、自身が設立した会社の倒産危機を経験した後、フランス人哲学者、ルネ・ジラール氏の「Memesis=ミメーシス(模倣)理論」に出会う。この理論によると、人の欲望は内からわくものではなく、意識的あるいは、あるいは無意識的に自分が意識している人が欲しいと思っているモノを欲する。つまり、何かを欲しいと思うのは誰もがそれを欲しいと思っているからで、バージス氏はこれが今日における激しい競争や、対立につながっている、と説く。

なぜ人は、他人が欲しいモノにそれほどまでの魅力を感じてしまうのか。バージス氏に私たちが欲望を抱く仕組みと、薄っぺらい欲望から解放される方法を聞いた。

「同じモノ」を求めるから対立する

――私たちはこれまで、それぞれがまったく違う方向を向き、違うゴールを目指しているからこそあちこちで対立しているのだと思っていました。それこそ多様性追求のために。ところが、本書によると、人は「みんな同じモノを求めているから対立する」と。

実際はそうです。なぜなら人間は基本的に模倣する生き物だからです。私たちはほかの人が望む・欲しいと思うものを求めますが、それはつまり、ほかの人もあなたと同じものを追い求めているということです。同じモノを求めている人同士で対立することになります。

それは、同じ目標だったり、同じ地位だったり、同じ物質的なものであったりします。ところが、私たちは通常、自分がほかの人が欲しているものを欲していること、あるいは、誰かが自分が欲しいと思っているものを欲していることに気づいていません。

大事なポイントは、私たちは自分で思っている以上にライバル意識が強い、ということです。例えば、2人兄弟の場合、弟は兄がやっていることや、望んでいることを見ています。そして、兄が自分の欲望のモデルとなって、自分自身の考え方や、自分の成功を測る方法に影響を与えます。こういうことは職場でも起こりますし、企業間でも、国同士でも、あらゆるものの間で起こります。

つまり、「模倣の欲望」のせいである意味、世界は私たちが思っている以上にライバル意識に満ちているのです。ビジネスの世界で2つの企業がつねに互いの顔色を窺っているように。私たちが対立するのはみんな違うから、と考えがちですが、よくよく見てみると、そこには模倣の欲望という原動力があり、私たちは互いにシグナルを求め合っている。それが対立の根本的な原因なのです。

保守とリベラルが「対立」するワケ

――つまり、政治の世界でも保守とリベラルは同じ方向を見ている、あるいは、同じモノを欲していると。にもかかわらず、お互いまったく違う方向へ向かうのはなぜでしょうか。

政治の世界では、しばしば完全にライバル関係にある2つの政党が、互いの政党の行動に影響を与えていることがあります。実際、アメリカではそういうニュースを連日目にします。


Luke Burgis/1981年生まれ、作家・起業家。ニューヨーク大学スターン経営大学院でビジネスを学び、ローマの教皇庁立大学で哲学と神学を学ぶ。23歳で最初の会社を立ち上げ、ビジネスウィーク誌の「25歳未満の起業家トップ25」に選ばれた。以後、ウェルネス・消費財・テクノロジーの分野で複数の会社を企業。現在は米カトリック大学で客員起業家として起業家教育を行っている。ワシントンD.C.在住。(写真:ⒸKirth Bobb)

例えば、保守派が改革やある法案の成立を望めば、リベラル派はそれとは違うことを望まなければならない。これは、いわゆる「負の模倣」の一種です。彼らが何かを望むなら、私たちはその政党とは違うから同じモノは望めないというわけです。でもそれは、実は他者を基準にしていることに変わりはない。

私たちは通常、模倣というと、相手がやっていることを自分も真似るというポジティブな意味でしか考えませんが、実はネガティブな意味でも模倣は起きる。相手の行動を参考にしながら、自分は違うことをしなければならない、と考えるのです。

ライバルがこんなクルマを持っているなら、自分は同じクルマは絶対に持てない、というような発想です。政治からビジネスまで、あらゆる場面でそういうことが起こっている。政治の場合、両党とも、権力が欲しいんです。それが根本であり、根底にあることは変わらない。

その権力への欲求が、どんな客観的な物事よりも、共通の利益よりも重要になることがある。それがすべての意思決定の原動力となり、そもそも何のために政治家になったのか、ということを忘れてしまう、というわけです。

――本書では「薄い欲望(うわべだけのはかないもの、長く続かない模倣の欲望)」「濃い欲望(薄い欲望より模倣性は低く、時間とともに形になる)」という言葉が出てきますが、権力はどちらなのでしょうか。

「薄い欲望」は、高度に模倣的で短期的で儚いものです。あまり長くは続かない。今日欲しいけど、来週は無理だろう、来年も無理だろうというものです。一方、「濃い欲望」とは、永続的なものであり、長続きするものです。濃い欲望は、最終的に満たされ、幸せにつながるような欲望である可能性が高い。

権力がその永続的な幸福感につながることはないと思うので、複雑な問題です。

権力というのは、ある程度手に入れたら、もっと欲しくなってしまうものです。それが薄い欲望の特徴の1つであり、完全に満たされることはないのです。それが薄っぺらい理由です。なぜなら権力の「量」はほかの誰かが持っている権力の量とつねに相対的に、比べることでしか測ないからです。

私の考えでは、権力とは根本的には手に入らないもので、幻想であり、薄い欲望なのです。たとえ、ある人が生涯にわたって権力を追い求め、欲望を持ち続けたとしても、それが濃い欲望とは言えません。残念ながら、こうした薄い欲望を長い間追い求めることは可能です。

SNSで欲望のモデルがとんでもなく増えた

――「薄い欲望」を駆り立てるものとして、SNSの存在は大きそうです。

私がこの本で注目したかったのは、SNSが私たちの欲望にどのように影響するかということです。

SNSでは、ほとんどの人がほかの人がモデルとなっている膨大な量の欲望にさらされています。どんな服を着るべきか、どんなキャリアを望むか、どんなライフスタイルを送るか。特にライフスタイルについては、非常に強力な影響を及ぼしています。特に若い人たちの欲望のレベルへの影響は大きい。

25年前、私が高校生だった頃、SNSの影響はありませんでした。私が触れることのできた欲望のモデルは、同じ学校にいた子たちに限られていました。彼らがどこの大学に行きたいのか、どんなライフスタイルを望んでいるのか、どんな職業に就きたいのか。私の学校は小規模で、生徒数は300人ほどでしたが、それが私の欲望の世界のすべてだったのです。

一方、今私のポケットの中にはスマホが入っていて、それを通じて何十万、何百万もの欲望のモデルに触れることができる。これは信じられないほど強力なことです。それが私にどのような影響を与えるかを理解することはとても重要です。

例えば、パンデミックの最中、私はSNSを見ていて、とても素敵なバンで国内を旅行し、至る所で美しい写真を撮っている人たちのインスタグラムストーリーを見まくっていて、ある時妻のクレアに「仕事にも行けないんだし、いいバンを買って、国中を旅して、いろんなものを見て暮らそうよ」と言ったんです。

すると、妻のクレアは笑って、「SNSでバンライフを見たんでしょう?」と言いました。けれど、1週間後には、もうそんなことをする気も起きなくなったんです。おそらく、2日以上バンを使って生活したいわけではないと気がつきました。

これは、短期間、私に強く感染した模倣的な欲求でした。そして、SNSの力が、その瞬間に自分の人生をどうしたいかを考えさせたり、その考えを持たせたりすることに気づいたことで、私は目を覚ましたのです。

SNSに振り回されないためにできること

――しかし、SNSを完全に無視して生きるのは難しいですよね……。できるだけ影響を受けないためにはどうすればよいのでしょうか。


そうやって意識することが、最初のステップです。衝動的に何かを買ったり、どこかで休暇をとったりしたくなったとき、少なくともその間に「一歩」があります。立ち止まって、待つのです。SNS上で境界線を設定することは、本当に重要です。

私がSNSでフォローしている人や物の中には、私を不安にさせるものがあることに気がつきました。それを正直に認められたとき、フォローをはずしたり、ブロックしたりすることができるようになりました。

FOMO(取り残されることへのおそれ)や、相手の発言を見逃すことへの恐怖があるので、本当に難しいことです。でも、私は境界線を設定するのがとても上手になりました。SNSは毎日使っていますが、自分に悪影響を及ぼすと思われるものには制限を設けることができるようになったのです。具体的には、さまざまなSNSが私に与える影響を視覚化したり、書き出したりして、自分への影響を制限する手段を講じています。

(倉沢 美左 : 東洋経済 記者)