雑誌創刊から約50年。「POPEYE(ポパイ)」のらしさに迫ります(撮影:今井康一)

企業を取り巻く環境が激変する中、経営の大きなよりどころとなるのが、その企業の個性や独自性といった、いわゆる「らしさ」です。ただ、その企業の「らしさ」は感覚的に養われていることが多く、実は社員でも言葉にして説明するのが難しいケースがあります。

いったい「らしさ」とは何なのか、それをどうやって担保しているのか。ブランドビジネスに精通するジャーナリストの川島蓉子さんが迫る連載の第11回は、出版大手のマガジンハウスが展開する『POPEYE(ポパイ)』に迫ります。

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ウェブの常識を破った「POPEYE Web」

1976年に創刊された『ポパイ』は、ファッションはもとより、商品や店、旅行、スポーツ、音楽、イベントなど、“若者”のライフスタイルにまつわる情報を載せ、男性のバイブル的な存在となった。

インタビューのきっかけは、2021年に開設された『POPEYE Web(ポパイウェブ)』を担当する宮本賢さんと知り合ったことだった。『ポパイ』がウェブ版を立ち上げるということで、リーダーを務める宮本さんの話を聞いたのだ。

「自分たちが面白いと思ったことを、どんどんやっていこうと思っているのです」(宮本さん)

そう語る姿が楽しそうで、どんなウェブになるのか好奇心が湧いた。

実際に動き出したポパイウェブはとにかく斬新だ。文章中に写真を入れている記事など、一見すると読みにくいものもある。


2021年に開設された「POPEYE Web(ポパイウェブ)」。文章の中に写真を入れるなど、斬新な表現方法を取り入れている(出所:POPEYE Web)

「ウェブの常識でいうとめちゃくちゃ見づらくなるし、ページビューを考えたら絶対やっちゃいけないんですけど、紙じゃできない、ウェブでしかできないことをやりたかった。これをやることによって、『ウェブの記事でここまでできるんだ』ってみんなスイッチが入った」(宮本さん)

ユニークなことを次々と仕掛けており、さまざまな企業とのタイアップが入ることで、利益も出ているという。それは宮本さんの発想力と実行力に拠るところが大きいのだが、それをやらせている編集長の度量も大きい。

創刊から約50年、雑誌の意味がさまざまに問われる中にあって、『ポパイ』は確かな位置を築いている。『ポパイウェブ』も好調で、新しい読者が広がりつつある。

『ポパイ』が、どこに“らしさ”を置いているのか、これからどちらへ向かっていこうとしているのか――編集長を務める町田雄二さんと、ウェブを担当している宮本さんのダブルインタビューをお願いした。

開口一番、町田さんのコメントは「『ポパイとは何か』といった問いに対する答えを僕自身が持ち合わせていないので、この手の取材は今まで遠慮してきたのです(笑)」だった。

つまり、明確なターゲットを設定して、その人たちの嗜好を分析し、求めるであろうコンテンツを組んでいくといった手法をとっていない。


町田雄二(まちだ・ゆうじ)/2001年マガジンハウス入社。『anan』『BRUTUS』を経て、2019年より『POPEYE』編集長。2021年にPOPEYE Web開設。ファッション、カルチャーにとどまらず、新しいシティボーイ像を模索(撮影:今井康一)

大事にしているのは「これはイケる、イケない」という感覚だという。だが、その“感覚”が読者を得て、ファンがついていっている。判断する基準について聞いてみると、「『売れる、売れない』は、けっこう気にしていることの1つです」と返ってきた。

「ブルータス」編集部から異動して感じた違い

町田さんは2019年に『ポパイ』編集長に就任したが、それ以前は『ブルータス』の編集部にいた。『ブルータス』は、あるテーマに基づいた特集雑誌として、月2回、年23冊発行されていて、編集は1人1冊、丸ごと任される。テーマが毎回大きく変わり、発行回数も多いことから、必ずしも大ヒットしなくても、企画の切り口が面白いことを求められる。

町田さんが編集部に入ったときはいちばんの若手だった。先輩たちはそれぞれ、ファッション、グルメ、アート、音楽など、自分の専門分野を持っている。新人の町田さんが勝負しても勝ち目はない。そこで「まだ担当者がついていないジャンルを探してみよう」と、過去にないものを題材に企画を組んでいった。

「読者がページをめくっていくと、『そうきたか』という驚きがある雑誌を作ろうと、いろいろトライしたのです」(町田さん)

1人1冊丸ごとだから、企画が当たったかどうかは数字を見れば一目瞭然。「自分が担当した号が売れるかどうかがすごく気になって、当たると思って作ったのに全然ダメだったという経験もありました」。試行錯誤を繰り返すうちに、「少しずつわかるようになってきた」のだという。

ところが、『ポパイ』の編集長になってみて、『ブルータス』のときのように、思い切ったチャレンジをするのは、リスクが大きすぎて難しいとわかった。「『ポパイ』は年12冊しか出さない雑誌なので、ホームランとは言わないものの、どの号も打って出塁するところまでいかなくてはいけない。そこのところは全然違うと感じました」(町田さん)

編集長として、事業の責任を負う役目もある。「ちゃんと数字を作っていける構成を組んでチームを回していく。マネジメント寄りの仕事を意識するようになりました」(町田さん)。

『ポパイ』については、創刊から年月を経ていく中、読者層が高齢化するなどの課題が出てきていた。それを踏まえて2012年、大々的なリニューアルをはかり、勢いを盛り返した経緯がある。

「僕の仕事は、リニューアルで得た成果を大事にしながら、次の世代に向け、最適なパスを出していくことだと思うのです」(町田さん)

トップが代わると人事や仕事のやり方をガラリと変えることは少なくない。が、町田さんは「今の読者が求めているものに、ちゃんと答えていくことが肝要」ととらえ、過去からの財産の中で売れているものを大事にしていく――“らしさ”を継承する道をとった。

ただそれは、同じことを続けていく、繰り返していくことを意味しているのではない。読者が楽しんでいる文脈を大事にしながら、そこを掘り下げたり、新しい切り口で見せたりという工夫を重ねている。

「編集者とは『変えよう』と強く意識しなくても、たぶん変えたい願望が出てきておのずと誌面に表れてくると思うのです」(町田さん)

会社組織におけるマネジメントと同様、雑誌の編集におけるマネジメントについては、編集長が明確な方針を出して副編集長に伝え、それがキャップから編集員に下りてくる、というトップダウン式で動かしていくパターンもある。だが、町田さんは、「もっと自分たちでやっていくようにしてほしい」と考えた。

「言ってみれば、僕は外部から来た異分子みたいな存在。そんな僕が指示を出して雑誌作りをするより、編集員たちに動いてもらったほうがいいに決まっていると思うのです」(町田さん)。その意味では「編集部の人間に、どうやって火をつけていくかは、けっこう大事なことだし、僕がやれることの1つ」ととらえているという。

時には思い切って若いリーダーに任せる

現状の『ポパイ』は2〜3人のチームを組んで3班で回している。

「時には思い切って、若い子にリーダーをやらせてみることもしています」(町田さん)

ただ、それはリスクを抱えることでもある。

「そういう場合は、一緒に助走しながら、走り出すところまでは持っていくようにしています」(町田さん)

2021年3月には『ポパイウェブ』を立ち上げた。リーダーは30代に入ったばかりの宮本さんだった。ウェブを立ち上げた経緯はどんなところにあったのか。

紙の雑誌としての『ポパイ』は、大きく変えるわけにはいかないものの、「そろそろ次の『ポパイ』を作っていく時期に入っているので、まずは“飛び地”みたいなものを作ろうと考えました」(町田さん)。

“紙の支配から抜けられる場所=飛び地”を作る実験的な試みを、ウェブでやってみようと考えた。

宮本さんを抜擢したのは、「面白いヤツがいないと、面白いものは絶対にできないと僕は考えていました。まずは国分優くん(現・POPEYE Webクリエイティブディレクター)に声をかけ、編集者は誰にしようかと思ったとき、宮本くんが思い浮かんだのです」。

人柄に魅力があるから、世代や年代を超えて人が寄ってくる、集まってくる。宮本さんと国分さんに担当してもらうことにしたという。


『POPEYE Web』エディトリアルディレクターの宮本賢さん(撮影:今井康一)

『ポパイ』に限らず、さまざまな雑誌の編集部と話していると、「紙のほうが本道」「ウェブはあくまでサブ的な役割を担っている」といった感覚が意外と強い。マガジンハウス内でも、何となくそういう空気が漂っていたという。

「最初に町田さんから言われたのは、ウェブは楽しい仕事という空気にしてほしいということでした」と宮本さん。

編集者の顔が見えて、体温が伝わるウェブに

『ポパイウェブ』がユニークなのは、紙とウェブの関係を「主と客」「上と下」といった価値観でない、つまり「楽しい、楽しくない」といったところに持っていった点だ。

人は誰でも本当は、つまらないと思って仕事するより、楽しがって仕事したいものだから――宮本さんと国分さんが、楽しそうにウェブを作る姿が、編集部や会社にとって、ある刺激になったのでは?と想像が及ぶ。

「宮本くんと国分くんに、コンテンツについては、編集者の顔が見えて、体温が伝わるようなウェブにしてほしい。つまりコミュニティサイトみたいなものを作ってほしいと依頼したのです」(町田さん)

そこから2人は約1年間、技術的なことについて勉強しながら、「どうしたら『ポパイ』らしくて面白い場が作れるか」について、徹底して話し込んだ。それも企画書をまとめて練り上げていくのではなく、延々と雑談のような話を積み重ねていったのだ。

「雑誌の企画は、基本的に雑談の中から生まれると思っているのです。最初から効率を求めると、結果的に今までと同じものになってしまうので、あまり枠を作らず自由にやっていいと思っていました」(町田さん)

立ち上げてみてどうだったのか。

ほかの編集部の人が『ポパイウェブ』を見て、「自分たちも変えないといけないと思った」「こんなに効率を無視したウェブを作ってうらやましい」といった声もあり、狙ったことをある程度は達成できたと町田さんはとらえている。

「ウェブの存在によって『ポパイ』の幅の広さが出ているのは、ブランド的にはいいことかなと思っていますが、楽しそうになりすぎていると思うところも少しありますね(笑)」(町田さん)

改造したバンで「移動式編集部」を展開

宮本さんは、ユニークな試みを次々とやっている。例えば「移動式編集部」と称して、専用の改造バンを持っているのだ。

「面白いことがあったら、クルマで出かけていって取材し、その場でアップすることも可能なんです」(宮本さん)


移動式編集部(出所:POPEYE Web)

『ポパイウェブ』の存在を面白がっている外部の人の助けを得て、協賛的なかたちで実現したというストーリーもユニークだ。

例えば、「パルコ」とのタイアップは、移動式編集部のクルマの外装を「パルコ」仕様に変え、渋谷、吉祥寺、広島、大阪、名古屋、松本の「パルコ」を回って、それぞれの地でポップアップイベントをやりながら、道中のことを記事にしてアップしていった。「ウェブというベースがあるからできたタイアップでした」(宮本さん)。客からもパルコからも高評価を得たという。

タイアップについて、紙媒体ではファッション系が主たるクライアントなのだが、ウェブでは飲料やクルマのメーカーなどからの依頼もあり、領域が広がっている。広告も入っていて、それなりの数字を弾き出すまでに成長を遂げているという。

『ポパイ』の飛び地としてスタートした『ポパイウェブ』は、これからどのような方向に向かっていくのか。

「今年は3年目に入っているので、成長期が一段落して、次の段階に入るところ。そろそろもっと広く読者に届くようにしたいと考えています(笑)」

もう少し読者を増やしたほうがいいと考えていると町田さん。ただし、それはPVを増やすというより、ほかのウェブサイトにはない根強い読者がついている現状を踏まえ、ここまで作ってきた深く濃い要素を、もう少し広げていくイメージを持ってほしいという。

ECを新しいビジネスに

また、町田さんは宮本さんに新しいビジネスの芽を育ててほしいとも要望している。その1つが、好調な伸びを見せているECだ。

「メディアにおける物販の可能性について、僕はかなりあるのではととらえています。もっと挑戦していってほしい」(町田さん)


今後の方向性について語る町田さんと宮本さん(撮影:今井康一)

実際、この秋に向けて、『ポパイウェブ』としてのオリジナル商品を、ある程度の群として売ってみる試みが進行中とのこと。「面白いことを、もっとやってみます」という宮本さんの姿は清々しいし、「楽しいことしかできないんです」という言葉には、混じり気のない誠実な説得力がある。

不思議なキャラクターの持ち主だが、実はこの“楽しさ”が、周囲を動かし、読者を惹きつけ、結果を出しているのではと思った。幸福な働き方が、宮本さんの仕事ににじみ出て『ポパイウェブ』の魅力につながっているのかもしれない。


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(川島 蓉子 : ジャーナリスト)