西武新宿線には特急「小江戸」が本川越駅まで走る。通勤時間帯の着席需要にも対応(撮影:鼠入昌史)

東京は、何かとお金がかかる街だ。そもそも物価も高いし家賃も高い。東京で働くというだけで手当が付く会社も多いとか。だから、職場のあるような都心に家を構えて暮らすというのは、かなり恵まれなければ難しい。

庭付き一戸建てなどを所望すれば、もう山手線の内部は諦めて、郊外で探すのが手っ取り早いしお手頃ということになる。そんなわけで、東京の都心で働いている人の多くは、郊外に暮らしている。そして朝な夕なと電車に乗って都心に通勤しているのだ。そのときに使っている電車、だいたいの場合は私鉄である。

東京を中心とした首都圏の鉄道ネットワークをわかりやすくまとめれば、都心を取り囲む山手線が中心にあり、そこから放射状にいくつもの路線が延びて郊外と都心を結んでいるということになる。そして、放射状の路線の多くが、私鉄なのだ。

私鉄が都心と郊外を結ぶ

もちろん、中央線や総武線、常磐線に東海道線、宇都宮線、高崎線と、同様の役割を担うJR線も多い。これらの路線はもともと、ほかの都市と東京を結ぶ中長距離の輸送を目的としていた一面がある。

が、戦後の人口急増を受けて、1960年代には通勤五方面作戦として輸送力を増強した。同時に新幹線の登場などもあって中長距離輸送における重要性が相対的に低下し、いまでは通勤通学路線としての地位を確立している。

だがしかし、やはり郊外から都心への通勤通学は、私鉄の本領といっていい。そもそも、私鉄は郊外に住宅地をもたらした立役者でもあった。いわゆる“私鉄経営”というやつで、沿線に住宅地(や学校、レジャー施設)を設け、そのアクセス線として鉄道を通すことによって収益を確保した。

いまの東急沿線などはまさに代表例であり、他の私鉄沿線もだいたいそうした形で発展してきた歴史を持つ。つまり、東京都心から郊外へ、は第一に私鉄によって担われるものなのである。そんなわけで、東京の私鉄を概観してみようと思う。

実はほとんどの私鉄路線は東京都内にとどまらず、都外に出て行ってしまう。山手線の駅をターミナルにする郊外私鉄で、東京都内で完結するのは京王線と京王井の頭線、あとは東急池上線くらい。まずは、そのあたりから旅をしてみることにしよう。

京王線は、新宿駅をターミナルとして西に走る。高尾方面に分かれる高尾線や多摩ニュータウンを目指す相模原線などもあるが、新宿―京王八王子間の京王線が中核だ。ほとんど同じ区間を結んでいるJR中央線は横一文字に一直線。一方、京王線は甲州街道に沿ってくねくね曲がりながら走る。


京王線には座席指定列車「京王ライナー」が走る(撮影:鼠入昌史)

途中には、調布市や府中市、多摩市、日野市。終端の高尾山はむろんのこと、味の素スタジアムに東京競馬場といった行楽施設も沿線に連なる。朝のラッシュ時間帯などはそれはもうたいそうな混み合いだが、休日もレジャーでこの路線を使う人が多かろう。

なお、同じ京王電鉄では、井の頭線が渋谷と吉祥寺を結ぶ。途中、下北沢駅で小田急線と、明大前駅で京王線と接続。だいたいが住宅地の中を走っている通勤通学路線である。

池袋と新宿から西へ延びる西武

京王線と同じように、東京多摩地区と都心を結ぶアクセスを担う私鉄に、西武鉄道がある。池袋がターミナルの路線が池袋線で、新宿(正確には歌舞伎町の脇の西武新宿駅)をターミナルとするのが新宿線だ。

池袋線は練馬区内を抜け、東久留米や清瀬を経て、秋津―所沢間で埼玉県に入る。新宿線は中野区・杉並区・練馬区から西東京市や小平市、東村山市を経てこちらも所沢へ。いずれも秩父や川越方面へのレジャー輸送、埼玉西武ライオンズの本拠地・ベルーナドームへのアクセスを担う側面もあるが、基本的には都心への通勤通学輸送が主たる役割だ。


西武池袋線の通勤電車。休日は秩父方面へのレジャーの足としても活躍する(撮影:鼠入昌史)

この西武鉄道は、多摩エリアにおいていくつもの小路線を持っている。1つは西武新宿線の事実上の延伸区間のような位置づけの拝島線(小平―拝島間)。座席指定列車の「拝島ライナー」が走るのもこの路線だ。終点の拝島駅ではJRの青梅線・八高線・五日市線と接続している。


多摩地域の南北連絡を担う、多摩モノレール(撮影:鼠入昌史)

多摩エリアでは実に貴重な南北連絡を担うのが、国分寺線と多摩湖線。どちらもJR国分寺駅から北に延びていて、国分寺線は小川駅で拝島線、東村山駅で新宿線、多摩湖線は萩山駅で拝島線とそれぞれ接続する。ちなみに、多摩エリアにおける南北連絡は、ほかに多摩モノレールも同じ役割を担っている。

神奈川県へ走る路線

東京・多摩に充実した路線を持っている私鉄は、実はこの京王と西武だけである。ほかの私鉄は小田急多摩線が多摩ニュータウンを走っているがそれくらいで、だいたい都外に線路を延ばす。小田急線も、新宿駅から世田谷区内を南西に走って、区部から出ると狛江市内を経て和泉多摩川―登戸間で多摩川を渡って神奈川県川崎市に入ってしまう。そのあと、少しだけ町田市内をかすめるが、基本的には神奈川県中部の通勤通学輸送を担う路線だ。

東急にしたって同じ。渋谷をターミナルとする東急線・田園都市線はいずれも世田谷区を抜けると多摩川を渡って神奈川県内に入る。都内にある東急線の駅では、三軒茶屋や自由が丘、二子玉川あたりが有名だが、武蔵小杉や日吉は、どちらも神奈川県内の駅だ。


武蔵小杉のビル群をバックに多摩川を渡る東急東横線の電車(撮影:鼠入昌史)

それでも、東急は城南地域を中心に都内だけで完結する小路線をいくつか持っている。たとえば、東急池上線は五反田から戸越銀座、洗足池、本門寺のある池上などを経て蒲田まで。西島三重子の歌った『池上線』のおかげで、ボロ電車イメージがあるとかないとか。が、実際は沿線はビッシリ大田区内の住宅地。まったくボロ電車などということはありません。

ほかにも大井町から城南地区を東西に走って旗の台・大岡山・自由が丘などを通って二子玉川・ 溝の口までを結ぶ大井町線、多摩川沿いを走って多摩川―蒲田間を結ぶ東急多摩川線。そこらへんの地方都市も驚くほどの人口を抱える世田谷区・大田区において、なかなか悩ましい地域内東西交通を担っているのがこのあたりの路線網というわけだ。東急といえば、城南地域。その面目躍如たる、小路線の数々である。

大田区には東急だけでなく、京急線も走っている。泉岳寺駅を発して快特の類いでは品川の次が京急蒲田、そしてすぐに京急川崎に出てしまう。が、この間は大田区の京浜運河沿い、旧東海道沿いの町を連ねており、いかにも私鉄沿線らしい庶民的な町が続く。京急蒲田駅からは羽田空港への路線も分かれていて、その沿線もザ・下町である。

このあたりで北に転じてみよう。西武池袋線と同じ池袋駅をターミナルに、東武東上線が走る。東京都内の東上線の駅は、池袋―成増間。急行が成増駅に停まるほか、最近は準急が上板橋に停車するようになったが、その多くは各駅停車しか停まらない。埼玉県内に足を踏み入れて最初の駅、和光市駅では地下鉄からの直通列車が合流してくる。


東武東上線の「TJライナー」は私鉄座席指定列車の先駆けになった(撮影:鼠入昌史)

東京に発する私鉄と地下鉄が、埼玉県内の駅で合流して直通運転をしているというのもなんだか不思議な話である。なお、東上線はこの先朝霞や川越、坂戸などを経て遠く秩父山地の麓の町を目指して走る。

東武鉄道は東上線ともう1つ、浅草駅をターミナルに北に向かう東武スカイツリーラインがある。スカイツリーの足元から北上して荒川を渡り、足立区内を抜けてほどなく埼玉県へ。こちらも東京都内の区間は多くない。

山手線にターミナルがない

むしろ何より特徴的なのは、ターミナルが山手線ではなく浅草駅という点だ。これがたたって郊外私鉄の中では苦戦を強いられた時代もあったようだが、戦後になって地下鉄との直通運転が始まると、山手線にターミナルを持たない問題は解消された。東武鉄道のターミナル・浅草は、浅草が東京でいちばんの繁華街だった時代をいまに伝える、貴重な存在といっていい。


スカイツリーを背に北関東への特急が走る、東武スカイツリーライン(撮影:鼠入昌史)

東、すなわち千葉方面に向かう私鉄は、京成だ。“東京”“成田”から1文字ずついただく京成本線のターミナルは、上野公園の脇に位置する京成上野駅。JR上野駅とも歩いてすぐの場所で、日暮里駅ではホームもJRと隣接しているので乗り継ぎにさしたる問題はない。


隅田川を渡って東に向かう京成線。沿線は足立・葛飾の下町だ(撮影:鼠入昌史)

が、こちらも隅田川と荒川を続けてわたって地下鉄浅草線直通列車が走ってくる押上線と合流するのが青砥駅。京成電鉄の源流でもある京成金町線を分ける京成高砂駅、京成小岩駅、江戸川駅と江戸川区内を走ると、もうすぐに千葉県に入る。成田空港は、さらに遙か遠い先である。

私鉄沿線ごとに文化圏

こうしてみると、ものの見事に東西南北各方面へと東京都心から私鉄路線が延びている。だいたい、子どもの頃、または上京して最初にどの私鉄沿線で暮らしていたかによって、その人の生活圏内がおおむね定まってしまうという。山手線のターミナルも頻繁に利用してきた駅に親しみを持つのだ。


特急「ロマンスカー」が有名な小田急線も、本質は通勤電車だ(撮影:鼠入昌史)

たとえば小田急沿線に住んでいた人が、いきなり京成沿線にお引っ越しとはなかなかいくまい。文化圏が違うとまでは言わないが、路線が変われば雰囲気も違う。利便性でいえば、どれも地下鉄に直通するし運転本数も多いし、遜色はない。だが、私鉄ごとに沿線文化が形作られて、それらすべてが都心に向けて集まって凝縮される――。それが、東京の鉄道ネットワークの生み出した帰結なのかもしれない。


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(鼠入 昌史 : ライター)