ゲームの電源を切られて暴れた少年は「ゲーム依存」なのか? 医師が投げかける疑問
「ゲーム依存」「ゲーム障害」という言葉が生まれて10年以上になる。子どもがゲームに熱中していると、ゲーム依存ではないかと不安になる保護者は多いだろうか。ベネッセの調べによると小中学生が1日にゲームをする時間は1時間程度が最も多く39%、次点が2時間の24%となっている。1日のプレイ時間を決めている家庭は8割に上る。
だがその約束を守らせるのに苦労している保護者もまた多いのではないか。中学生の息子を持つ母親は「学校の保護者会でも、担任の先生から必ずゲームとの付き合い方についての話があります。保護者たちの集まりでも、子どもがゲーム依存ではないか、と心配する声は必ず聞きますし、反抗期とゲームは2大テーマです」と話す。
とはいえ、子の成長にともなって親がコントロールし続けることもできなければ、一概にゲーム=悪と切り捨てることもできない。親はどのように向き合うべきなのだろうか。ゲームと医療で人々を健康にすることを目的として、医師たちが発信を始めている。その一人の医師を取材した。(ライター・和久井香菜子)
●「ゲームの電源を切られて暴れ出した」「不登校でゲーム三昧」
亀田ファミリークリニック館山の家庭医である近藤慶太医師は、「安易に『ゲーム依存』という診断を得ることで問題を片付けないでほしい」という。近藤医師は、クリニックで家庭医として働くかたわら、ゲームと医療で人々を健康にすることを目的とする一般社団法人Dr.GAMESの代表理事も務める。
近藤医師のところには、このような相談があったという。
「中学生の息子Aが、時間になってもゲームをやめない。怒って親がゲームの電源をプツリと切ると、Aが怒り狂って暴れ出した」 「子どもが不登校になり、ゲーム三昧の生活をしている。ゲームのせいで不登校になったのではないか」
これらの行動はゲーム依存が問題なのだろうか。近藤医師は、「なぜゲームに夢中になるのか」の原因を考えて欲しいと言う。
「特に思春期には、学校や友人関係、進学、就職、家族との関係など、ストレスが山積している場合があります。一方でゲームによって発散できたり、自己表現ができると、子どもにとってそこは安全地帯となるのです。
ゲームの問題だけを解決しても、現実世界の問題を解決しなければ改善には向かいません。まずは子どもがゲームの世界にのめり込む理由を理解する必要があります」
●「ゲームは悪だ」は本質的な問題に蓋をする
ゲームは、努力しただけ成果が出やすい。成果を出せばメダルがもらえたり、キャラクターや仲間から喝采されたりといったご褒美がある。現実ではなかなか味わえない達成感が得られるのだ。この高揚感に依存してしまうのは無理のないことだろう。
しかし単純に「ゲームは悪だ」としてしまうのは、本質的な問題に蓋をしてしまうことだという。
「ゲーム依存、ゲーム障害などいろいろな呼び方がありますが、近年医学界ではゲーム症やゲーム行動症と呼び、名称が統一されてきています。しかしゲームに没頭して寝食を忘れたり、学校や仕事に行かないなど日常生活が送れなくなり、『ゲーム症』と診断される事例は非常に少ないです。
そしてゲーム症の診断をつけなくても、我々は援助を行うことができますし、そう診断をつけることに、現状あまりメリットを感じません。特有の治療法が確立されているわけではないですし、ゲームをしなくなる治療薬があるわけでもない。
例えば発達障害は、診断を下さなくても療育などの支援を受けることはできますが、自分の得意不得意を理解するのに役に立つことがありますし、ADHDでは薬物治療の適応になることもあります。
でもゲーム依存症の場合、『自分はゲーム依存症だったんだ』と理解しても、すごく生きやすくなるわけではありません。患者さんやその家族の目的は、病名を知ることではなく、症状がよくなることや、本人にとって過ごしやすい生活を送れることのはずです。大事なのはゲームを完全にやめさせることではなく、本人が使用をコントロールすることです。学校や職場、家族との関係を改善したり、ゲーム以外の楽しみを探してゲームの優先度を下げることが、解決の一助になります」
気持ちが弱っているときには、救いが必要になるもの。もしかしたらゲームで未知の世界に冒険に出たり、可愛い動物と触れ合ったりすることが心の慰めになっているのかもしれない。安易にゲームを取り上げてしまうのは、より心を傷つけることになってしまう。
ではどうしたら「ゲームとうまく付き合う」ことができるのだろうか。
●ゲームと良好に付き合う4つのポイント
近藤医師は、子どもがゲームと良好に付き合うために次のように指導しているという。
(1)家族関係が良好であること
(2)親が子どものゲームに興味を持つこと
(3)子どもが自分の力でゲーム時間をコントロールすること
(4)ゲームの時間を減らすのではなく、他の時間を増やすこと
「子どもがネットやゲームの世界に逃げ込まなければいけなかった理由があるかもしれません。そんなときに、家族が一番の相談相手であることが理想です。従って家族関係が良好ではないときは、そこをまず調整する必要があります。家庭の問題は一概には言えませんが、家族で解決しなければ第三者を入れるのも有効です」
子どもとの会話を増やすには、親がまず子どもに歩み寄ることだという。自分の好きなものに親が興味を持ってくれたら嬉しいもの。近藤医師が子どもの患者と関わる場合、相手の好きなものを話してもらい、次の診察までにそれを試しておく(もちろん就業時間外にだ)。
それが例え自分の不得意なゲームであっても、会話ができる程度にはプレイするという。こうして大人から自分を理解し、歩み寄ってきてくれたら、子どもはどんなに嬉しいだろうか。また、親が子どもの遊んでいるゲームを知ることも大事だという。ゲームのよりよいやめ時は、ゲームの種類によって異なるからだ。
「『マインクラフト』や『どうぶつの森』などは、プレイ中に一段落つけるのが難しいので、時間で区切るのが適切かなと思います。
『スプラトゥーン』や『APEX』といった、オンラインでチーム戦をするようなゲームの場合、試合途中にゲームから離脱すると仲間に迷惑がかかってしまいます。こうしたゲームは『1日何試合』というようなゲームの状態を区切りにするのがよいでしょう」
冒頭のAくん(時間を守らなかったため、親がゲームの電源をプツリと切ると、怒り狂って暴れ出した少年)がプレイしていたのは、「APEX」というゲームだった。
「チームで戦っていて、もうすぐ勝利、という時に電源を切られ、残った仲間は不利な状態で戦わなくてはいけなくなってしまいました。Aくんが怒ったのは、ゲームを中断させられたというよりは『仲間に迷惑をかけることになった』からだったのです」
●「ルールそのものより、話し合う過程が大事」
親がゲームの中身を理解し、ルールを決めるには、子どもとの対話が必須だという。子どもが遊んでいるのがどんなゲームか知るのは、ルール作りの上でも欠かせない。「親だから」と子どもにポジショントークをしたのでは、「大人は分かってくれない」と、ますます子どもは心を閉ざしてしまうだろう。
「ルールそのものよりも、話しあう過程が大事です。子どもがルール作りに参加し、ルールの必要性やそれを守ることの大切さを意識することで、『親から押さえつけられている』という不満はかなり軽減されるでしょう。そしてゴールは、子どもが自分の力でゲームの使用をコントロールすることです。むしろ親は、ルールは破られて当たり前くらいの心構えでいるのがよいでしょう。
ゲームは面白く、ハマりやすいように作られています。そのプレイ時間を減らすのなら、その時間を埋める、楽しいことが必要です。目指すのは、『ゲームの楽しさは知っているけれど、現実世界の楽しさも知っている』こと。
『ゲームの時間を減らす』というマインドセットではなく、家族旅行や習い事、スポーツ、友達と遊ぶ、恋愛などの『楽しいことの選択肢を増やす』ように誘導していくのもいいでしょう。中学で部活にハマって、ゲームの時間が減ったケースもあります」
ゲームが学びになることも大いにある。より効率よくレベルアップするために計算したり、ロジカルに考えることは計算力や思考力を育てるだろう。『桃太郎電鉄』は地理を学べるし、『はじめてゲームプログラミング 』は、名前の通りプログラミングが学べるゲームだ。
ゲームを買うときに、子どもに「いかにこのゲームが教育的か」をプレゼンしてもらっても面白いだろう。「ゲームは悪」と決めつけず、上手な付き合い方を探してほしい。
【取材協力】近藤慶太医師。一般社団法人Dr.GAMES代表理事。「Dr.GAMES」はゲームニートから一念発起し医学部に進学して医師になった阿部智史氏や、eスポーツプレイヤーとしてアジア大会に出場するなど活躍したあと奈良県立医科大学に通う中澤有佐氏などが所属。その他ゲーム好きの医療従事者が集まっており、ゲームに没頭することが即“悪”ではないことを発信している。