一時はモスクワから約200キロメートルのところまで進軍したプリゴジン氏。ロシアで「プーチン体制」が揺らいでいるのは間違いない(写真提供:Wagner Group/ZUMA Press/アフロ)

6月23日に発生した「ワグネルの乱」にはビックリしましたな。

民間軍事会社の創設者エフゲニー・プリゴジン氏は、なんと言ってもあの怪異な容貌に味わいがある。筆者などはあの顔を見るたびに、『水滸伝』に登場する「花和尚魯智深」(かおしょう・ろちしん)というキャラはこんな感じだったのかな、と考えてしまう。

完全にブチ切れてしまったプリゴジン氏


この連載は競馬をこよなく愛するエコノミスト3人による持ち回り連載です(最終ページには競馬の予想が載っています)。記事の一覧はこちら

梁山泊では第13位に位置する好漢で、62斤の錫杖を振り回す怪力の持ち主だが、情には厚くて、弱い者に優しい。いやもう、草食系ばかりが多くなってしまったこの国では、もはや滅多に見られないド迫力の面構えではありませぬか。

しかもこのプリゴジン氏、ただの荒くれ武者ではないのである。ロシアにおける「コンコルド」という企業グループの総帥であって、レストランやケータリング、クリーニングから建設業まで、さまざまな事業を展開している。かつては「大統領の料理人」の異名を取ったというから、おそらくは極度に毒殺を恐れているはずのウラジーミル・プーチン大統領から、絶大な信頼を勝ち得ていたことは間違いなさそうだ。

この企業コンツェルン「コンコルド」の傘下には、民間軍事会社ワグネルも入っている。さらにワグネルは、ロシア政府からシリアやアフリカにおける軍事行動という「汚れ仕事」を下請けで受注している。しかもそのことで同社は、アフリカの鉱物利権なども握っていているらしい。いやもう、どこまで「ワル」なのでありましょうか。

このプリゴジン氏、最近は2万5000人の兵士を率い、お国のためにウクライナ東部戦線で頑張っていた。ところがご本人曰(いわ)く、ロシアの正規軍から「武器弾薬を回さない」「督戦隊が後ろから迫ってくる」「逃げ道に地雷を敷かれる」などの嫌がらせを受けて、とうとうブチ切れてしまった。セルゲイ・ショイグ国防相とワレリー・ゲラシモフ参謀長にケンカを売った挙句、「わが敵はバハムトにあらず、モスクワにあり!」とばかりに逆方向に向かって進撃を開始した。

いやもう、このままプーチン政権がひっくり返るんじゃないかと思ってワクワクしていたけれども、途中でベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の仲介を受けて、軍隊を同国に向かわせることになった。

ロシア人は権力に従順でも「弱い指導者」には容赦しない

プーチン氏との間でどんな駆け引きや葛藤があったのかは想像もつきませぬが、限りなく戦国武将たちの世界に近いものだったのでありましょう。「狡兎(こうと)死して走狗(そうく)烹(に)らる」は世の習い。後世になって、「どうする、プーチン?」という大河ドラマが作られるとしたら、この辺が大きな見せ場となることだろう。

これから先のロシアがどんな風に展開していくのか、かの国にさほど詳しいわけではない筆者としては判断を留保するしかないのであるが、これだけ予想外の事態が続くということは、プーチン体制が揺らいでいることは間違いないのでありましょう。

ロシア人民は普段は権力者に対して従順だが、対外戦争で負けるような弱い指導者には容赦しない。かつてのロマノフ王朝は、日露戦争と第1次世界大戦の緒戦で敗れたら、なんと滅亡してしまった。

旧ソ連時代には、キューバ危機でジョン・F・ケネディ大統領に屈したニキータ・フルシチョフ書記長はのちに失脚した。そしてアフガニスタン侵攻失敗後は、ミハイル・ゴルバチョフ政権下でペレストロイカとグラスノスチ運動が始まり、ついにはソ連そのものが消えてしまった。「ワグネルの乱」平定後のプーチン政権には、はたしてどの程度の余命があるのだろうか。

マネーの世界にかこつけて言うならば、「ああ、これで『フローズン・アセット』の議論が急速に進むのだろうな」と思われてならない。「フローズン・アセット、何それ? おいしいの?」と思ったそこのあなた、そろそろこの言葉をマークしたほうがいいですぞ。

ウクライナ戦争が勃発した直後の昨年3月、西側諸国がロシア政府の外貨準備凍結に動いたことはご記憶であろう。総額6000億ドルといわれるうち、金地金や中国などに預けてあった分はさすがに無事に済んだが、西側諸国の中央銀行が預かっていた約3000億ドル(約43兆円)分のロシア資産は凍結されたままなのである。

願いましては、フランスが710億ドル、日本が580億ドル、ドイツが550億ドル、アメリカが380億ドル、英国が260億ドル、などとなっている (出所:statista)。おそらくロシアは、この順番で西側諸国を「信用」していたのであろう。われらが日本銀行には、実に約8兆円ものロシア資金が保管されていることになる。

昨今、言われ始めているのは「このロシア資産をウクライナ復興に使ってしまえ!」という議論である。ウクライナはすでに戦争で甚大な被害を受け、人口の3分の1に当たる1300万人が国外に脱出している。

ウクライナ復興に必要な額は「4110億ドル以上」

世界銀行とウクライナ政府が、今年3月時点で推計した復興の必要額は4110億ドル。ウクライナのGDP(国内総生産)の2.6倍に相当する。しかもこれは、ロシアが占拠している地域や、先日のカホフカ・ダム決壊に伴う被害を含んでいない数字なのである。

6月21〜22日にロンドンで行われた「ウクライナ復興会議」には、61カ国の政府関係者や企業、国際機関、市民団体などが参加した。EU(欧州連合)、英国、アメリカなどが相次いで財政支援や融資保証を表明したし、日本からは林芳正外相が参加して、「地雷対策やがれき除去、基礎インフラ整備」などの日本型協力を申し出ている。

各国ともに財政事情が厳しいのは同じ。さらに言えば、「ウクライナよりも国内でカネを使うべきだ!」という政治勢力はどこの国にもいる。だったら「復興資金はロシアに払わせろ!」という声が高まるのは無理もないことだ。

事実、5月に行われたG7広島サミットでは、共同宣言に伴う5本の個別声明のうちの1本として、「ウクライナに関するG7首脳声明」が取りまとめられている 。その中には、以下のような文言も入っている(外務省ホームページの仮訳から)。日本もまたG7議長国として、しっかりとこの問題には関与しているのである。以下を参照されたい。

8 損害の責任

我々は、ロシアがウクライナの長期的な再建の費用を支払うようにする我々の取組を続ける。・・・(中略)・・・我々は、ロシアによる侵略に関連して制裁を受けている個人及び団体の資産を特定し、制限し、凍結し、差し押さえ、適切な場合には、没収又ははく奪するために、我々の国内の枠組みの中で利用可能な措置を引き続き講じる。・・・(中略)・・・我々は、それぞれの法制度と整合的に、ロシア自身がウクライナにもたらした損害を支払うまで、我々の管轄下にあるロシアの国家が有する資産を、引き続き動かせないようにしておくことを再確認する。(下線は筆者)

この議論をコンパクトにまとめているのが、3月20日にローレンス・サマーズ教授(ハーバード大学)がワシントンポスト紙オピニオン欄に寄稿した”The moral and legal case for sending Russia’s frozen $300 billion to Ukraine”(ロシアの凍結された3000億ドルを、ウクライナに送るべき道義的、法的理由)である 。

アセット移転はできても、「返り血」を浴びる危険性?

サマーズ氏曰(いわ)く「ロシアの外貨準備を移転することは、道徳的に正しく、戦略的に賢明であり、政治的には好都合なのである」。過去には1990年に、イラクのクウェート侵攻後に、イラク国家資金500億ドル以上が被害国に支払われた例がある。

今回のロシアの場合はさすがに規模が大きいし、しかもオリガルヒ(新興財閥)のヨットなどの差し押さえ資産を流用することは、私有財産権の問題があって法的に難しい。しかるに国家の外貨準備であれば、合衆国憲法上の問題もクリアできるはずである。

ただし、とサマーズ氏は元財務長官だけあって、最後に「ドルに害が及ぶ可能性」について言及している。こんな前例ができてしまったら、将来の対米投資が減るおそれがある。「グローバルサウス」の国々から見れば、「やはりアメリカは油断ならない」と警戒されるのではないか。同様のことは、現職のジャネット・イエレン財務長官も指摘している。

さらに欧州に視点を移すと、こちらはウクライナと地続きであることもあって、「フローズン・アセット」に関する議論はさらに活発である。英国が積極的で、ドイツが消極的というのは「さもありなん」だが、6月29日にブリュッセルで行われたEU首脳会議においても、本件が討議されたもようである。

とくにフォン・デア・ライエン欧州委員長は、以前からロシアの凍結資産を没収はしないまでも、そこから発生する金利を流用する可能性を示唆している。確かに今の欧米の高金利であれば、1年間でもかなりの額になるはずだ。

そうでなくても、欧州経済はインフレと低成長で苦しい立場である。また、財政に少しでも余力があるのなら、もっと再生可能エネルギーなど「脱炭素」に回したいという思惑もある。

それでは「ま、金利くらいはいいか」といえば、それもやや違和感がある。「他国の凍結資産の利子を転用していい」という前例ができてしまうと、EUが他国から同じことをされたときにどう対抗すればいいのか。

例えば、グローバルサウスのどこかの国が、過去の欧州による植民地支配に対する賠償を求め、国内にある欧州資産を差し押さえた場合、はたして対抗できるのだろうか。韓国における「旧・徴用工問題」がかわいらしく思えるような事態に発展するおそれもある。

というか、これを読んだ中国政府が「そうか、その手があったか!」とひざをたたいて、早速、グローバルサウスの国々に対する扇動活動を始めかねない。

資本主義社会の根幹をなす原則は、財産権の不可侵である。俺のカネは俺のもの、アンタのカネはアンタのもの。だからこそ、商業活動が成り立つのである。

しかるに、「お前は道徳的にケシカランから、お前のカネは召し上げてやる。お前に文句を言う資格はない!」と言ってしまうと、この原則が崩れてしまう。

「フローズン・アセット」は西側のカードとして残す

いやもう、確かにロシアはケシカランのである。ウクライナ侵攻は国連憲章違反であり、その被害たるや誠に甚大であり、しかもロシア軍による残虐行為も露見している。

「落とし前をつけさせろ!」と雄々しく言いたくなる気持ちはわかる。そしてロシアには、この1年だけで1000億ドルを超える石油ガスの輸出代金が流れ込んでいる。さらにまじめな話、ロシアという国は財政保守主義の伝統があるので、西側諸国に差し押さえられた3000億ドルはとっくの昔に「減損処理」している公算が高い。

ウクライナの悲惨な状況を見るにつけ、西側諸国としてはロシアの「フローズン・アセット」に手をつけたくなるのは人情といえる。しかるにそのことは、マネーの世界における「国連憲章」のようなものに違反する行為となるのではないか。西側諸国としては金融制裁の乱用を、戒めるべきだと思うのである。

できることなら「フローズン・アセット」は、いずれ来るかもしれないロシアとの和平交渉の際に、西側が使えるカードとして残しておくのが賢明なのではないか。「ロシアに復興資金を払わせろ!」というのは確かに正義の議論だが、マネーと正義はかならずしも相性がよろしくない。そのことはマーケット関係者であれば、誰もが体験的によく知るところではないかと思うのである。

(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)

いよいよ7月、夏競馬の幕開けである。7月2日は初戦、福島競馬場でラジオNIKKEI賞(G3)が行われる。春のクラシック戦線に出遅れた3歳馬が、小回り平坦な福島の芝1800メートルをハンデ戦で争う難解なレースである。どれくらい難しいかといえば、直近4年間の戦績がこんな感じである。

    1着   2着   3着   3連単馬券配当
2022年 3番人気〜8番人気〜2番人気  5万9280円
2021年 4番人気〜11番人気〜7番人気 31万6180円
2020年 8番人気〜7番人気〜5番人気 17万3020円
2019年 3番人気〜9番人気〜6番人気 14万2140円

とにかく過去10年さかのぼってみて、1番人気、2番人気、3番人気がそれぞれ2勝ずつしかしていない。これだけの荒れるレースということになると、人気馬から買うのは避けるべきだろう。そこで過去10年のパターンを振り返って、次の法則を抽出してみた。

* 牝馬はほとんど来ない
* 外国人騎手も滅多に来ない
* 斥量で56キロ以上と52キロ以下は来ない

ラジオNIKKEI賞の本命は? 福島民報・高橋記者が頼りだ

上記に基づいて消去法を行うと、小気味よく人気馬が消えてくれるのでありがたい。かなりスッキリした中から、本命にはグラニットを選択する。先行馬なので、開幕週の芝によく合いそうだ。未勝利戦をここ福島1800メートルで勝っていることも心強い。

対抗にはマイネルモーントを。初出走から続けて連を外したことがなく、大崩れはしないタイプである。福島競馬場とは相性のいいゴールドシップ産駒で、いかにもこの舞台には合いそうだ。

穴馬にはコレぺティトールを。今年のダービー馬、タスティエールが4着だった共同通信杯において、勝ち馬から0.6秒差の7着につけている。鞍上が、地元・福島県出身の田辺裕信騎手であるという点もプラス材料だろう。

3頭とも人気薄の馬ばかり。うまく組み合わせて高配当を狙ってみたい。3連単なら文字どおりの宝くじ馬券になりそうだし、ワイドでもそこそこの配当になるのではないか。もっとも、大きな金額を賭けるようなレースでないことも確かである。

最後にもう1つ、YouTubeで毎週金曜日に配信となる「福島民報競馬担当記者、高橋利明の競馬のはなし」をご紹介しておこう 。地方紙では日本で唯一の競馬専門記者である高橋氏が、毎週末のレースについて「個人の見解」を語ってくれる。ちょうど丸1年続いていて、いつも楽しく聞かせてもらっている。

予想は「百発百中」とはいかないまでも、地元・福島競馬場の最新情報を知るにはうってつけの存在だ。ぜひ参考にしていただいて、読者諸兄が荒れる夏競馬の勝利者となられることを願ってやまない。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(かんべえ(吉崎 達彦) : 双日総合研究所チーフエコノミスト)