2021年に資生堂が売却した日用品事業には「TSUBAKI」「uno」「fino」などお馴染みのブランドがずらりと並ぶ(写真:ファイントゥデイHPより)

「生産・研究開発機能も合わさり、ようやく手足がそろった」

2021年7月、資生堂はヘアケア「TSUBAKI(ツバキ)」やメンズ化粧品「uno(ウーノ)」といった有名ブランドを、投資ファンドのCVCキャピタル・パートナーズに1600億円で売却した。引き受け先のファイントゥデイ資生堂は2023年1月にファイントゥデイへ社名変更、現在は資生堂の名が外れている。

発足時からファイントゥデイの舵取りを担うのは、小森哲郎社長。マッキンゼー・アンド・カンパニーや投資ファンドのユニゾン・キャピタルの出身で、過去にカネボウ(現クラシエホールディングス)が経営破綻しかけた際、カネボウの社長兼CEOに就いて再建に携わった経歴を持つ。

事業再生を専門とするターンアラウンドマネージャーとして、ファイントゥデイが4社目の社長就任となる。「今回のテーマは再建ではなく成長」という小森社長は、どのように軌道に乗せるのか。

資生堂からの独立を急いだ2年間

会社発足からの2年間は「何もない状態から自分の体を作り、もらい物は再編集し会社に合うように組み替えてきた」(小森社長)。まずは日用品事業の組織を資生堂から徐々に切り離し、生産拠点があるベトナムまで統合するのに約1年かかったという。事業本部の状態から、経営企画、人事や財務など会社になるために必要な組織を1つずつ作ってきた。

事業立ち上げ時に約300人だったファイントゥデイグループの社員数は、2023年4月時点で約1900名にまで増加している。出身業界は原料メーカーなど多岐にわたるが、資生堂をはじめとする複数の化粧品会社からの転職者が多いという。

資生堂に間借りしていた生産機能も徐々に移行していった。2023年3月末までは資生堂が商品供給を行い、ファイントゥデイは販売やマーケティングを行うファブレスメーカーだった。

しかし4月に資生堂から久喜工場を譲り受け、7月には東京豊洲に自社の研究開発施設をオープンする。2023年後半には資生堂からベトナム工場の日用品事業部分の取得も予定しており、ようやく独り立ちが見えてきた。

インバウンド最盛期、資生堂の生産体制において、日用品事業の優先度は低下していた。というのも、中・高価格帯化粧品が旅行客向けに好調な時は、原価率が日用品よりも低い化粧品を優先した方が収益性が高かったためだ。

化粧品の欠品を回避するために、日用品事業はかなり先まで生産スケジュールを事前に決めることを迫られた。すると消費者のニーズや競争相手は次々に変わっていき、商品開発は遅れていく。このときの反省を踏まえ、新体制では生産のリードタイムを短くし、需要変化の早い日用品事業に適した体制に変更していく方針を掲げる。

かつてカネボウは稼ぎ頭の化粧品を花王に譲渡し、残された日用品事業の再建で苦戦を強いられた。クラシエに社名変更したことで、カネボウの看板を失い知名度が低下してしまったことが響いた。

資生堂の看板なしに戦えるのか

ファイントゥデイも資生堂の看板を失ったが、小森社長は「幸い残っているのは百戦錬磨で生き残ってきたブランド。以前は大企業の信頼性など企業ブランドが重視されたが、現在は商品自体が注目される時代」と語る。


小森哲郎(こもり・てつお)マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、アスキー社長、ユニゾン・キャピタル、カネボウ社長、建デポ社長などを歴任。2021年7月より現職(記者撮影)

既存ブランドはドラッグストアで展開し、認知度もある。ただ日用品最大手の花王に加え、新興企業が台頭するなど競争環境は厳しい。そんな中でファイントゥデイが目指すのは、ニッチ市場での高単価商品の拡充だ。デオドラント市場で高シェアの「エージーデオ24」など特定領域に強みを見出している。

メンズ化粧品「uno」のブランドマネージャー、山粼剛氏は「2019年に発売したunoの男性用BBクリームが、男性のメイク市場を作り、男性用ファンデーション市場でのシェアが今でも9割を超えている」と説明する。「コンセプト勝負で、お客さんの行動や認識を変えるような商品を作れるかどうかが要になる」(小森社長)と意気込む。

工場を自社で持つ場合、固定費負担のリスクも伴う。ヘアケアブランド「ボタニスト」で成功したI-neなどのファブレスメーカーが、低リスクでヒットを生み出す現状とは逆行している。

だが商品を作る際の原料の選定や、混ぜ方の工夫など細かなレシピ変更ができる体制を優先させた。現在は既存ブランドの新製品に注力しているが、ファイントゥデイとしての新ブランド立ち上げも検討中だ。

2022年度の売上高は1000億円超、営業利益率は10%を超えているという。同じく低価格帯のヘアケア等を展開する花王のヘルス&ビューティーケア事業の同年度の営業利益率は9.3%。ROIなどの指標が細かく意識されていなかった部分も数字で可視化し、株式上場も視野に入れた厳格な管理体制を整えていく構えだ。

ファイントゥデイの海外売上構成比は、2022年時点で5割を超えている。海外全体で最も売り上げが大きいブランドは「SENKA(専科)」だが、ベトナムではヘアケアの「TSUBAKI」、中国ではボディソープの「KUYURA(クユラ)」と、国ごとに好調な商品は異なる。

そのため海外全体で広げるブランドと、限られた地域でスター商品として展開すべきブランドなど、地域と商品の2軸で棲み分けを図る。こうした改革を進めたことで「事業の成長率は市場平均を超えることができている」(小森社長)。

ただ業界アナリストは「日用品事業の海外展開は難易度が高く、採算が合いにくい」と指摘する。P&Gやユニリーバなど海外大手のマーケティング力や資本力に対抗するのは、容易ではないためだ。

海外は営業利益率20%も目指せる

だが小森社長は「海外事業は営業利益率20%を目指せるポテンシャルがある」と自信を見せる。資生堂が海外進出を強化する際、一番最初に展開する先鋒隊が低価格帯の日用品事業だった。進出国の経済水準が向上するにつれて、知名度を生かし高価格帯の化粧品を展開してきた歴史がある。

一方で、ブランド戦略はバラバラだったという。商品の開発、製造、販売の連携が十分に取れておらず、地域に合わせたマーケティングや商品展開を行う体制が整っていなかった。資生堂にとっては売上高の1割未満にすぎない部門であり、投資が優先されてこなかった。

現在は開発から販売まで一気通貫で展開できるよう、社内体制を変えている。国ごとに競争環境や需要動向は異なるが、小ロットの生産体制で対応する方針だ。海外大手が手がけないようなニッチ需要を拾い上げ、付加価値の高い商品展開を進めていく。

資生堂の看板が外れて独り立ちした日用品事業。国内外で成長し、さらなる飛躍ができるのか。研究開発から生産までの体制が整ったこれからが本領発揮となりそうだ。

(伊藤 退助 : 東洋経済 記者)