責任を取らない、現場のせいにする無責任なリーダーは世界中にいますが……(写真:mits/PIXTA)

社員のやる気を奪う会社の仕組み、部下に責任を押しつける上司――。キャリアの節目の年齢に入った40代は苦しい立場に置かれることも多いでしょう。なぜこのような状況に追いやられねばならないのか。900人超にインタビューを行い、働く人たちの思いを聞き出してきた健康社会学者の河合薫氏が、鋭く、そして温かく40代のキャリアを考察します。

河合氏の新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』(ワニブックスPLUS新書)より一部抜粋・編集のうえ、お届けします。

会社はやる気を奪おうとしてる?

米国CIAの前身組織であるOSS(Office of Strategic Services:戦略情報局)が、日本中の会社員が膝をうつ文書を公表しました。その名は「サボタージュ・マニュアル」。

第二次世界大戦中の1944年1月にOSSがレジスタンスに配布した、「敵の組織のやる気をなくさせる指南書」です。長い間極秘資料として非公開だった、心理戦争と名付けられた「敵への妨害工作の手法」が、「うちの会社あるある!」と話題を呼んだのです(以下、一部抜粋し要約)。

〈組織や生産性に対する一般的な妨害〉
○組織と会議
・何事をするにも「決められた手順」を踏んでしなければならないと主張せよ
・「演説」せよ。できるだけ、頻繁に延々と話せ
・議事録や決議の細かい言い回しをめぐって議論せよ。あらゆる決断に懸念を示せ

○管理職
・指示を誤解せよ。長ったらしい返信を送れ
・士気を下げるために、不相応な作業員を昇進させよ
・できる作業員は冷遇し、仕事に不条理な文句をつけよ
・重要な仕事は必ず会議を開け
・もっともらしい方法で、ペーパーワークを増やせ
・手続きに必要な承認者は、ひとりで十分でも3人の認可を徹底せよ

○従業員
・のろのろと働け
・できる限り自分の仕事を中断せよ
・何回も繰り返し尋ね、不要な質問で主任を困らせよ
・質問をうけたら、長ったらしい、理解し難い説明をせよ
・とぼけよ
・面倒なことに巻き込まれないように、できる限り不機嫌にふるまえ

さて、いかがでしょうか。「まるでうちの上司!」「まるでうちの会社!」「まるでうちの働かないおじさん!」と失笑した人も多いのではないでしょうか。

しかし、なぜ、「サボタージュは、悪質ないたずら以上のものであり、一貫して、敵の資材や労働力に対して弊害をもたらす行為である」とマニュアルの中で強調されているこれらのサボタージュ行為が、日本の会社組織の「あるある!」になってしまうのか。識者の中には、「いやいや反対だよ。サボタージュ・マニュアルは戦争中の日本を参考に作られたんだよ」と指摘する人もいます。

サボタージュ・マニュアルが作られた1944年1月といえば、“進め一億火の玉だ”をスローガンに、日本のたくさんの兵士の命を奪う消耗戦をやっていた時期です。「日本が坂道を転がり落ちるようにダメ組織になった原因を、OSSが調べて参考にした」という説も、あながち間違ってないかもしれません。

しかし、その真偽がどうであれ、サボタージュ・マニュアルさながらのルールがいまなお日本の会社組織に存在し、サボタージュ・マニュアルに書かれているような振る舞いをする管理職がいるという現実、さらには、周りのやる気を奪っていくような困った会社員がいるというリアルを鑑みると、そうすることで「得する人たちがいる」、あるいはそうせざるをえない「人間の心理」があると考えるのが妥当でしょう。

部下に責任を押しつける上司

例えば、日本の会社では意思決定には、稟議が必要という旧態依然とした制度が存続していますが、これは「責任の分散」です。下からすれば「ちゃんとハンコもらったし」と言い訳になるし、上からすれば「同意したのは私だけじゃない」と責任逃れし、現場に責任を押し付けることもできます。

【証言 某大手企業の部長カトウさん(仮名)48歳】

「常務の口利きで大口のクライアントと契約を結びました。ところが、3カ月間で契約を解約されてしまった。担当者は僕の部下。常務の指名でした。

クライアントはけっこうなクレーマーで、担当者(部下)もお手上げ状態でした。トラブっていることは常務にも伝えましたし、何度か『担当を替えたほうがいいのでは?』と進言もしました。でも、常務は『替えなくっていい』の一点ばり。仕方がないので、担当者に補佐をつけ、僕もこまかな指示を出して、なんとか対処していたんです。

契約解除されてから一週間ほど経った頃です。いきなり常務に呼ばれ、『今回のことは、おまえの責任だ』と。耳を疑いました。

あとから知ったのですが、その前日、常務は契約破棄を知った社長に呼び出され、『今回の案件は、常務直々の管理下で行われていた事業である。契約解除にいたった最終責任は常務にあり、すべての責任を常務が負う立場にある』と迫られたらしい。

慌てた常務は『私はカトウに担当を替えろと何度も言ったが、カトウは替えなかった。責任は担当を替えなかったカトウに取らせます』と弁明して、社長を納得させた。たしかに、担当を替える権限は僕にあります。でも、頑としてゆずらなかったのは常務です。結局、私は始末書を提出させられ、3カ月間の減給処分となりました」

見るからに誠実そうなカトウさんは、私のインタビューに協力してくれたひとりです。インタビューで、私が「今まで会社を辞めようと思ったことはありませんか?」と質問したところ、興奮気味に、それでいて時折大きなため息をつきながら、この“事件”を教えてくれました。カトウさんの事件はものの見事に上司の無責任さを物語る、極めて優れたケースです(ちょっと変な評価ですが)。

上司は思いつきでものを言うものですが、思いつきはたいてい、責任転嫁です。責任を押しつけた常務さんは「俺ってズルいかも?」なんて微塵も感じていません。“ジジイの壁”に巣くう役員クラスのスーパー昭和おじさんたちには、内省の回路がないのです。

「担当者を決める裁量権」はカトウさんにありましたから、それを逆手にとり、常務さんはカトウさんに責任を取らせることが自分の責任と都合よく解釈しました。その間のプロセスなどまったく関係なし。「会社を辞めようかな」とカトウさんがやる気をなくそうとも関係なし。

「サボタージュ・マニュアル」に書かれていることは、「保身」に役立つ行為であり、人間のネガティブな一面をあぶり出しているのです。

そもそも人間の記憶は川のように流れていて書き換えが可能です。ですから「言った言わない」「聞いた聞いていない」の議論はつねに不毛で、権力なき者に勝ち目はありません。人間には自分の主張を裏づける意見しか見ない、聞こえないという習性もありますから(「確証バイアス」と呼びます)、「無責任な上司」は相当に手強いのです。

もの言わぬ組織のつくり方

おまけに日本の会社組織には「サボタージュ・マニュアル」に書かれていないサボタージュが結構あります。そのひとつが「精神論」です。スーパー昭和おじさんは精神論が大好物。二言目には「頑張ればなんとかなる!」と部下に無理を押しつけます。

社員が身を粉にして働き、体を壊すか精神を病むかの直前で「いい結果」を出すと「ほら、やればできるじゃん」と表彰したりするのです。組織がブラックであればあるほど「下」は本音が言えなくなり、社員のやる気を奪う残念な組織ができあがっていきます。

日本の文化にされてしまった「OMOTENASHI=おもてなし」も、ある意味「お客さまは神様」という精神論の強要です。本来、いいサービスとは、サービスする人とサービスを受ける人とが互いに「敬意」を払うことで成立するのに、おもてなしはサービスする側の自己犠牲のうえに成り立っている側面が多分にあります。

そもそも「おもてなし」をウリにするなら、「おもてなし特別手当」をつけてもいいと思うのですが、「上」にはそんな発想は微塵もありません。

“立ち枯れた木々”はサボタージュをやめない

責任を取らない、現場のせいにする無責任なリーダーは世界中にいます。しかし、日本が欧米と大きく違うのは「ファクトに情をかぶせる文化」です。


欧米ではとんでもない決定をしたリーダーや、会社に損失を出したリーダーはクビになったり、地位を剥奪されたりします。これに対して日本では、とんでもないリーダーをかばう人たちがいるのです。

情は必ずしも悪いわけではありません。しかし、“ジジイの壁”に巣くう輩は、自分たちが築き上げた楼閣を守るために結託する術にも長けているので、現場は永遠に上の怠慢のツケを払わされ続けます。

つまるところ、会社はやる気を奪おうとしているのです。「保身」という2文字が大好物の“立ち枯れた木々”はサボタージュをやめません。このありのままの現実を受け入れてください。

しかも、しかもです。超スーパー昭和おじさんたちの集団である経済界が、40代以上の会社員のやる気を奪おうとするサボタージュに手を貸しているという現実も忘れてはなりません。

(河合 薫 : 健康社会学者・博士、気象予報士)