「イラストが似ている」法的にアウトなラインはどこ? 海老澤美幸弁護士に聞く
「既存のイラストと類似している」。ネットではあるイラストが第三者のイラストと似ているという指摘がたびたびあがります。
4月にはイラストレーターのたなかみさきさんの作品と類似しているとして、内閣府が「若年層の性暴力被害予防月間」のポスターの使用を取りやめました。ネット上では「たなかみさきさんの絵だと思っていた」「字のフォントもそっくり」といった声が続出していたのです。
人によって「似ている」「似ていない」の判断は異なることもありますが、法的に著作権侵害となるラインはどこにあるのでしょうか。ファッション産業や知的財産権にくわしい海老澤美幸弁護士に聞いた。
●著作権侵害が認められるには、具体的な表現が似ていることが必要
--内閣府のポスターは「酷似している」との指摘が相次ぎ、使用取りやめに至りました。法的にはどう考えられるのでしょうか。
今回、多くの方が、たなかみさきさんのイラストと内閣府のポスターのタッチや世界観がよく似ていると指摘していました。
たなかさんの絵は、シンプルで線が細く、たとえば女の子は小さめの目に“く”の字のような小さい鼻、鼻の上あたりを横切るピンクの頬が特徴的です。全体的にクールで都会的な印象だけれど、ノスタルジックな世界観も感じます。イラストの近くに細い手書き風の文字でメッセージが書かれているのも、作風の一つだと思います。
一方、内閣府のポスターも、シンプルで線が細く、女の子の顔は小さな目と“く”の字の鼻、ほんのりピンクに色づいた頬で構成されています。また、イラストの脇に手書き風の細い文字で「何も言ってこないから喜んでいると思った」などの言葉が書き込まれています。 たしかに双方のイラストのタッチや作風は共通しているようにも思われます。
ただ、ネット上に公開されている情報を見る限り、たなかみさきさんの作品の中に、そうしたタッチや作風を超えて、具体的な表現(たとえば、男の子と女の子の並び方や顔・体の向き、ヘアスタイル、顔の造形、全体の構図など)まで内閣府のポスターのイラストにそっくり似ている作品は見当たらないようです。
著作権侵害かどうかは、大きく、(1)元ネタを参考にしているか(依拠性)と(2)元ネタと具体的な表現が似ているか(類似性)の2つの要件で判断します。そして、(2)の類似性について、裁判所は「表現上の本質的な特徴を直接感得することができるか」どうかを判断基準としています。
内閣府の説明や、凸版印刷が公開した「内閣府『若年層の性暴力被害予防月間』に係るポスター等の使用取りやめ等について」(以下「謝罪文」といいます)によれば、凸版印刷での制作過程で、たなかみさきさんの作品を参考にした事実があるとのことですので、(1)の依拠性は認められるでしょう。
もっとも、上述のとおり、タッチや作風を超えて、具体的な表現まで似ていると言えるものはなさそうではあり、(2)の類似性は認められない可能性が高いように思われます。今回の件は、不適切だとは思うものの、著作権侵害とまで言えるかというと厳しいのではないでしょうか。
ネット上では発見できませんでしたが、実際には具体的な表現まで似ているイラストがある場合には、著作権侵害が認められる可能性はあると思います。
●タッチや作風は著作権の保護の対象にはならない
--タッチや作風が似ていても、著作権侵害にならないのですね。
タッチや作風などのスタイルやアイデアは、クリエイターが時間をかけて一生懸命作り上げるもので、ときにはイラストそのものよりも時間や労力をかけていることも少なくありません。そのため、そうしたスタイルやアイデアを保護したいという気持ちは非常によくわかります。
ただ、法律的には、タッチや作風などのスタイルやアイデアそのものは、著作権の保護の対象にはならないとされています。
クリエイションというのは、意識的か無意識的かはさておき、先人のアイデアや作品などを参考にしながら、そこに新たな創作を加えて生み出されるものですよね。もし先人のアイデアや作品などを一切利用できないとしたら、新たなクリエイションは生まれなくなってしまうでしょう。
そこで、創作者の権利を保護しつつ、公正な利用にも留意し、適切な線引きをすることで文化の発展を後押ししているのが著作権法なのです。
著作権は、創作者がその創作物を利用し、誰かに利用を許諾したり禁止することができる権利です。創作するだけで発生し、登録なども不要で、一度発生すれば、例外はあるものの基本的には創作者の死後70年もの間、おおむね孫の代まで創作物の利用を独占できるという、結構強い権利と言えます。
仮に作風やタッチなどのスタイルやアイデアにも著作権が発生するとすれば、長期にわたり、誰もそのスタイルやアイデアを真似することができなくなってしまいます。タッチや作風などのスタイルやアイデアは、往々にしてその範囲が曖昧ですから、創作活動の萎縮にもつながってしまうでしょう。
このような理由から、著作権はあくまで具体的な表現物を保護の対象としており、その背後にあるスタイルやアイデアそのものは保護の対象から外しているのです。
●懸念されるクリエイションへの萎縮
--内閣府はすぐに謝罪し、ポスターの使用も取りやめましたが、この対応についてはどう考えますか。
今回は公的な機関による広報であることなども踏まえると、著作権侵害にあたる可能性は低いとはいえ、批判の声を受けて速やかに謝罪しポスターの使用を取りやめた内閣府の対応は妥当なものだったのではないかと思います。
公的機関が、「あのイラストレーターさんの作品では?」との声が多数上がるほどタッチや作風が似ている作品を使用することは、やはり不適切と言わざるを得ないでしょう。
他方で、あくまで個人的な感想にとどまりますが、今回のケースが、「誰かの作品を参考にしてるからアウト」「タッチや作風もまねしてはいけない」といったメッセージにつながるとすれば、それは少し残念だなと感じます。
先ほどもお話ししたとおり、創作というのは、誰かの作品を真似したり、作風を参考にしたり、アイデアを借りたりしながら、そこに個性や世界観、経験などを重ねて新たに生み出していくものですよね。誰かの作品などを参考にすることは創作に不可欠のプロセスといっても過言ではなく、それ自体は特に問題のない行為といえます。
クリエイターが過度に萎縮してしまわないよう、もう少し丁寧な説明があったほうがよかったのではないかと感じました。
●投稿する前に立ち止まって考えることの重要性
--今回の件に限らず、SNSでは何かと何かの絵が似ているという指摘がたびたび話題になります。
近年は、IT技術の発達により似ている絵をすぐに特定できますし、それをすぐにSNSなどで発信することができます。法律上違法とはいえない場合でも、一気に拡散され炎上することも多いですよね。
クリエイターのイラストが、本当は著作権侵害には当たらないにもかかわらず「パクリだ」と炎上してしまったような場合、「パクリクリエイター」のレッテルを貼られてイメージが低下し、本業に影響が及ぶなど大きなダメージを受けることになります。
クリエイターは炎上をおそれ、著作権的には問題がない場合でも消極的になってしまう。個人的には、昨今の炎上の傾向は、クリエイションを萎縮させることにつながりかねないのではないかと懸念しています。
「パクリだ」と発信する際は、少し立ち止まって「本当に似ているのか?」をよく考えてみていただけるといいなと思います。
また、先ほどお話しさせていただいたとおり、具体的な表現の裏側にある作風やスタイル、アイデアそのものは著作権では保護されないことや、作風やスタイル、アイデアなどを著作権で保護したり誰かの作品を参考にすることまで禁止すると、かえって自分自身のクリエイションも制約されることになるということを知ることが重要なのではないでしょうか。
なお、あくまで一般論ですが、著作権侵害の判断は難しく、専門家でも意見が分かれることもあります。たとえば事業者であるクリエイターが、実際には著作権を侵害されていないにもかかわらず「××社にパクられた!」などと投稿するのは、虚偽の情報を流すものとして損害賠償請求など(不正競争防止法2条1項21号)の対象になる可能性もありますので、注意が必要です。
●企業はクリエイターへのリスペクトをもって
--今回の件を受けて、制作現場ではどういった点に気をつけたらいいのでしょうか。
クリエイター側も発注者側も、法的なリテラシーを高めることが重要だと思います。
制作の現場では、「こんなイメージで」「こういう雰囲気を出したい」と誰かの作品を参考にすることはよくおこなわれますし、それ自体は基本的には問題ありません。
ただ、発注者が「この通りにしてほしい」「これに似せてくれ」とオーダーすることはやめるべきだと思います。
今回のポスターの制作過程でどのようなやり取りがなされたかはわかりませんが、「たなかみさきさん風のイラストにしてほしい」といったオーダーがあったのだとしたら、それはたなかさんへのリスペクトを欠くものなのではないかと思います。それであれば、たなかさんご本人に依頼することを検討すべきですよね。
また、もしイラストの制作をさらに受託したイラストレーターがいたとしたら、そのようなオーダーは、そのイラストレーターに対してもリスペクトを欠くものと言わざるを得ないでしょう。
クリエイターへのリスペクトの欠如が、今回の問題が発生した原因の一つなのではないかと考えています。
●多くの人の目を通してチェックできる体制を
少し視点が異なりますが、炎上を防ぐという観点からは、多くの人の目を通してチェックできる体制を整えておくことが重要だと考えています。
また、どのようなテーマで、どのような資料を参考にし、どういった流れでそのデザインが制作されたのかという経緯を詳細に残しておくとともに、外部に説明できるよう準備しておくことも大切です。
さらに、事業者・クリエイターともに、著作権などについて学び、知ることで、法的なリテラシーを高めることが重要だと考えています。社内で研修やセミナーを実施したり、外部のセミナーなどに積極的に参加するのもよいと思います。
現代は、インターネットやSNSを通じて常に創作物に触れることができ、スマホで誰でもカメラマンになれる時代です。学校などで著作権を学ぶ機会がもっとあってもよいと思いますし、大人も学び直せる場所がもっと増えるとよいのではないでしょうか。
私自身も、微力ではありますが、セミナーや講演を通じて、著作権などについて学べる場をもっと作っていきたいと思います。
【取材協力弁護士】
海老澤 美幸(えびさわ・みゆき)弁護士
1998年に慶應義塾大学法学部を卒業後、自治省(現・総務省)に入省。99年に宝島社に入社し、ファッション誌の編集担当を経て、2003年ロンドンにてスタイリストアシスタントになる。2004年に帰国し、フリーランスファッションエディター・スタイリストとして活躍。2017年に弁護士登録し、現在は三村小松法律事務所に所属。ファッション関係者のための法律相談窓口 「ファッションロー・トウキョウ」を立ち上げている。文化服装学院非常勤講師も務める。
事務所名:三村小松法律事務所
事務所URL:https://mktlaw.jp/