映画「ハリー・ポッター」の製作の舞台裏を体感できるスタジオツアー東京。ワーナーがハリポタをテーマに作ったスタジオツアーは、ロンドンに次いで2カ所目となる。写真はホグワーツ特急(写真:Wizarding World’ and all related names, characters and indicia are trademarks of and © Warner Bros. Entertainment Inc. - Wizarding World publishing rights © J.K. Rowling.)

6月16日、東京・練馬区のとしまえん跡地にオープンした「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京 ‐ メイキング・オブ・ハリー・ポッター」。映画ハリポタシリーズの世界観を体感できるスタジオツアーは、本場ロンドンに次ぐ世界で2カ所目のオープンとなる。今年創業100周年を迎えたワーナー・ブラザースが、この節目の年を見据えて建設を進めてきた。

プロジェクトを主導したワーナー・ブラザース・ジャパンの高橋雅美社長兼日本代表は、今年同じく創立100周年を迎えたディズニーから転籍した経歴を持つ。コロナ禍を経て、満を持してオープンしたハリポタ新施設に懸けた思い、ワーナーが力を注ぐ「360度ビジネス」について聞いた。

ハリポタビジネスはもう一段拡大できる

――スタジオツアー東京が6月16日にオープンしました。ハリー・ポッターの新施設をいま作った狙いはどこにあるのでしょうか。

スタジオツアーは、ハリー・ポッターのフランチャイズビジネスを伸ばしていくための切り札になる。

ハリー・ポッターが最初に映画になったのは2001年とずいぶん前で、それから約10年間で全8作品を作り、大きなヒットとなった。最後の映画の公開から約5年が経過した2015年に、「ファンタスティック・ビースト」というスピンオフを作った。


ハリポタの屋内型施設としては世界最大規模。ダイアゴン横丁など、再現された映画のセットに足を踏み入れることができる(写真:Wizarding World’ and all related names, characters and indicia are trademarks of and © Warner Bros. Entertainment Inc. - Wizarding World publishing rights © J.K. Rowling.)

イギリスではハリー・ポッター作品はずっと人気だが、日本はアニメや漫画などさまざまなコンテンツがあって埋もれやすい。そして日本人は熱しやすく冷めやすいので、長い間新作が出ないと忘れてしまう。そんな中で、ファンタスティック・ビーストをヒットさせるために考えたのが(グッズなどの周辺ビジネスを含めた)「360度ビジネス」だった。

(USJの施設などで)ファンと作品のタッチポイントを増やし、さまざまな形でハリー・ポッターの世界を思い出してもらう仕組みを作った。結果的にそれらがうまくいき、ファンタスティック・ビーストは日本でアメリカに次ぐ大きな収益を上げた。

その後も丸の内のクリスマスイベントや赤坂の舞台・カフェ、ゲームを出すなど、いろんな形でビジネスを展開してきた。今回オープンしたスタジオツアーが加わることで、ハリー・ポッタービジネスがもう一段階上にいけると期待している。

――スタジオツアーの建設は、コロナの感染拡大のさなかに進められました。

コロナ期間中は、Netflixのようなサブスクリプションサービスが育ってきたこともあり、映画館離れが起きていた。そこで映画がもたらせるものは何なのかを考える機会になった。

コロナ期間に多くの人が質の高い映像・音で見ることのできる「IMAX」で映画を見るようになり、映画館ならではの体験が重視されるようになったと思う。

以前だと、映画はできる限り多くの人に向けてやっていた。でも今、アニメがうまくいっているのはコアなファンがついているから。彼らが見てくれて、(SNS等で)発信もしてくれる。


高橋雅美(たかはし・まさみ)/1959年生まれ。広告会社、コカ・コーラを経て、2004年にディズニー入社。「アナと雪の女王」等のアニメーションビジネスを手がけた。2015年にワーナー・ブラザース・ジャパンに参加、2016年から現職(撮影:今井康一)

例えば興行収入100億円を達成するには1000万人に来てもらう必要があるが、今は最初から1000万人を目指すよりは、50万人や100万人の熱いファンを元にして、口コミで盛り上げていくようになった。

その意味ではファンベースを作ることが大事。ファンは映画以外の場所でも作品の世界を体験し、より深く作品を好きになる傾向がある。

スタジオツアーが切り札であるのも、そうした「体験」を生み出すからだ。映画がどう作られてきたのかを見れば、ワクワクして、グッズも買いたいと思うはず。単に街のお店でグッズが売っていても買わないが、スタジオツアーを1周まわった後なら買いたくなる。それが体験によってもたらされる効果だ。

ディズニーから転籍して強化したこと

――ディズニーと同じく、ワーナーは今年創立100周年を迎えました。エンタメ業界における、自社の現在の立ち位置をどう見ていますか。

ディズニー映画の場合、”ディズニーだから”見る人がいる。一方で”ワーナーだから”という理由で映画を見る人はなかなかいない。ワーナーのマークがあるとワクワクするな、と思ってほしい。

「物語を伝える」という会社のDNAは今後も変わらない。IPの価値を最大化することも大事だが、われわれの根本はコンテンツ屋。どれだけすごいコンテンツを作れるかに懸かっている。

――ワーナーの強みは何なのでしょうか?

コンテンツ(作品作り)に特化しているということ。ただそこに特化しすぎると、ファンが作れずフランチャイズビジネス(グッズ等の周辺ビジネス)の展開ができない。だから僕がディズニーから入ってきて以降、フランチャイズビジネスを大きくしてきた。

映画は当たり外れが大きい。そんな中でフランチャイズビジネスを伸ばしていけば、経営的にも楽になる。もともとワーナーにはそうした考えがあまりなかったが、自分がディズニーから持ち込んでやっている。「良いストーリーを作る」ことと、「360度でビジネスを展開する」こと、これらを両輪でやっていくことが重要だ。

――拡大が続く動画配信サービスやプラットフォームへの対応については、どう考えていますか。

配信のいいところは世界に発信できることだ。日本のアニメも、配信によって世界中で見てもらえている。ただ、気をつける必要があるのは、配信は「次はこれ」「次はこれ」といった具合に“消費”されてしまうということ。

フランチャイズ作品(同じ世界観を共有して展開される作品群)を育てるには、ある程度時間がかかる。長い期間、作品を目にしてもらい、イベントなどで体験してもらう必要がある。一方で配信では、新しい作品が次々と入ってくるので、流れ作業のような感じになってしまう。

ワーナーは映画の会社なので、配信よりは映画館(向けのコンテンツ)を大事にしたい。映画館で多くの人に見てもらい、うまくいけばそれをドライバーにして周辺ビジネスを引っ張っていくことでコアのファンを作りたい。

ストリーミング業者にはならない

――配信では現在、U-NEXTと独占パートナーシップ契約を結び、HBO(ワーナー傘下のテレビ放送局)のドラマコンテンツを提供しています。今後、ワーナー独自の動画配信サービス「Max」を日本で展開する場合、既存のパートナーシップはどうなるのでしょうか。

もちろんU-NEXTとずっと一緒にやっていけたらいいが、われわれがMaxを日本でやるのがいつになるか次第だ。

そのときに動画配信市場がどうなっているかもわからない。後発組なので、何をやったらいいかわからないという面もある。その意味では、U-NEXTも含めてさまざまなパートナーとコラボしてやっていきたい。

ただ、ワーナーはストリーマー(配信事業者)にはならない。IPを作るのはすごく大変なことで、多くのお金と人材が必要になる。どれが当たるかわからない中で懸命に作っている。その価値を最大化することが最も大事なことだ。

われわれはあくまでもコンテンツカンパニー。テレビ局や配信事業も運営しているが、すばらしいコンテンツを作って、その価値を最大化するという点で一貫している。逆にいえば、今後もすばらしいコンテンツを作り続けないといけない。

(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)