松尾汐恩〜Catch The New Era 第3回

 日々、新しい経験と発見。プロの世界に飛び込んで5カ月以上の月日が経過したDeNAのドラフト1位ルーキーの松尾汐恩は、以前よりも少しだけ精悍になった表情を見せて言った。

「成長できている実感はありますし、いい一日一日を過ごせていると思います」

 ファームでの打席数も140を超えてきたが、数を重ね手応えはどうだろうか。

「最初はやはり慣れていない部分も多かったのですが、だんだんとプロのボールに目が慣れ、少しずつですが対応できるようになってきましたね。真っすぐも速いし、変化球もキレがあるので戸惑うこともあったのですが、やっと"自分の間(ま)"を意識してバットが振れているのかなって」


大阪桐蔭時代は高校通算38本塁打のスラッガーだった松尾汐恩

 右腕の脇を開いた大きな構え。少しだけ外に開いた左足をスッと引き上げタイミングを計り、ヘッドを効かせてスイングをする。フォームそのものは高校時代とあまり大きな差はないように感じられるが、どのように自己評価しているのだろうか。

「学生時代と比べると、少しコンパクトになったと感じています。大事なのはタイミングだと思うので、日々、そこを探りながらやっていますね。始動に関しては、以前とあまり変えず、自分の間を長くとりたいので、少し早めにとるようにしています」

 しっかりとボールを呼び込んで、自分のポイントで鋭く振りきる。

「どうしても振り負けてしまうこともあるので、とにかく自分の間で強く振ることは意識していますね」

【大阪桐蔭の先輩から公式戦初アーチ】

 松尾のここまでのファーム成績は、43試合に出場し打率.277、本塁打4(6月14日現在、以下同)。5月20日のロッテ戦(市原)では、公式戦初のホームランを放っている。相手投手は大阪桐蔭の先輩である澤田圭佑。8回表、3対5のビハインド、無死ランナー二塁の場面、初球のカットボールを捉えレストスタンドへ。同点の一発だった。

「自分が一番びっくりしました」

 そう言うと、松尾は笑みを見せた。

「次につなごうという意識でしたが、気持ち的にも一発出たことによって落ち着いたというか、自分のスイングをすればスタンドインするんだと。いいイメージを持つことができましたね」

 爽快な一発も魅力だが、泥臭い一打も印象深い。4月28日のロッテ戦(横須賀)では、4対4の10回裏、無死ランナー三塁の場面で打席に入ると、6球目、ゾーンから逃げていく外角低めのスライダーを完全に体勢を崩されながらセンター前へはじき返し、サヨナラ勝利を演出した。松尾の粘り勝ちだった。

「あの打席は、自分有利のカウントでしっかり振れていましたし、ボールの見極めができていたことで結果が出たのかなって思います」

 先のホームランもしかり、ここぞという場面で松尾は集中力が増すように感じられる。

「一打席一打席が大事なのには変わりはありませんが、やっぱりチャンスのほうが、チームの勝利に貢献したいという気持ちがバッと上がってくるので、そういう意味では集中でき、結果が出やすいのかもしれませんね」

 勝負師として大事な資質。松尾のこの言葉には、頼もしさを感じずにはいられなかった。

【早いカウントでの空振りはOK】

 また特筆すべきは、打席数から考えると三振の数がほかの選手と比べ極端に少ないということだ。現在、わずか10しか三振をしていない。積極的にコンタクトできていることの証明ではあるが、自分としてはどのように考えているのだろうか。

「あまり気にはしていなかったのですが、ボールにコンタクトすることには自信を持っているので、結果的にボールにしっかり入っていけているのかなって。自分の打てるゾーンは早いカウントから振っていかないとタイミングが合ってきません。だから『早いカウントでの空振りはOK』という気持ちでスイングしています。そうすることでタイミングも合ってきますし、三振が少ないことにつながっているのかなって思います」

 相手投手のデータの研究は日常的に行なっており、どのようなアプローチで打席に入るのか、まだ手探りながら自分のスタイルを確立しようとしていることがわかる。さらなる高みを目指す松尾の援軍になってくれているのがファーム打撃コーチ陣である。

「いろいろな方に指導していただいていますが、たとえば大村(巌)コーチからは、バッティングのバランスについて教えてもらっています。調子を崩した時に、どう立て直すのか。体のバランスなのか、それともスイングのバランスが問題なのか......いろいろ参考にさせてもらっています」

 そして今年41歳になる大ベテランの藤田一也の存在も大きいという。

「自分の調子が悪い時に『股関節の移動がぜんぜんできていないぞ』とか、守備面についてもいろいろと教えてくれるので、本当に頼りがいのある偉大な先輩ですね」

 周りからのサポートを受け、また自身で研鑽(けんさん)し成長を続ける松尾。理想としている場所へは行けそうなのだろうか。

「はい。行けそうというか、行かなければいけないと思っています」

 力強い声の響き。ではこれまでファームで一軍クラスのピッチャーとも対戦しているが、印象に残っている選手はいるだろうか。

「ヤクルトの高橋奎二選手ですかね。自分が考えていたよりも真っすぐの質がすばらしかったし、フォームも独特でタイミングをとるのが難しかったですね。高橋選手のようなピッチャーを打てるようにならなければ、上では通用しないと理解できましたし、これからも頑張っていきたいなって」

 そう語る松尾は、圧倒的なピッチャーに困惑しながらも、どこか楽しそうだ。次から次と超えなければならない壁は現れるが、それも新たな挑戦だと心を弾ませているように感じられる。

【高校時代は遠征が楽しかった】

 さて、プロとなりアマチュア時代と大きく異なるのが遠征をしてのビジターゲームが多いことだろう。イースタン・リーグは、楽天以外は関東近郊なのでバスによる移動が多いが、やはり今までとは違う疲労があるのではないか。

「そうですね。遠征は移動時間もそうですし、逆に時間が空くこともあって難しさはあるんですけど、そこは何とかコントロールしようと思ってやっています。バスのなかですか? 音楽を聴くなど、今は最適なリラックス方法を探っているところですね」

 先日はファーム交流戦で大阪や下関、宇部などに行ったが、遠征先での楽しみは何だろうか。

「やっぱり食事で、一緒に行くのはキャッチャー陣とですね。仲がいいので一緒に行動することが多いんです。あと自分は基本、ホームの球場が好きなんですけど、ビジターの球場でプレーするのも楽しみのひとつです」

 そういえば出身の大阪桐蔭高は、週末になると各地へ遠征に出ていたが、なにか当時の思い出はあるだろうか。そう訊くと、松尾は少しだけテンションを上げて答えた。

「高校は寮生活でしたし、遠征の時に外に出られるのがすごくうれしかったんですよ。極端なことを言うと、3年間、そのために頑張っているというのもありましたね」

 松尾はそう言うと笑った。1年前までは、そのような生活をしていたと思うと、感慨深いものもあるだろう。今ではプロとして一歩一歩、確実に前へ進んでいる。

 関東地方は梅雨入りし、ほどなくすれば暑い季節がやってくる。これからの1カ月、何を目標にプレーをしていくのか。

「夏は好きなんですけど、それでも暑さ対策はしっかりと練って体調管理していきたいと思います。また、ここまでチームに馴染むという部分ではうまくやれてきていると思うので、これからは自分の結果というものにさらにこだわってプレーしていきたいと思います。結果だけではなく、野球への向き合い方や日々の過ごし方、いろんな部分で"こだわり"を持っていきたいですね」

"こだわり"とは、つまりプロとして自己形成を促すということ。会うたびにたくましさを増していく松尾の成長曲線やいかに──。