チャンピオンズリーグ(CL)決勝。マンチェスター・シティにとっては下馬評との戦いでもあった。1.5倍対4.5倍。ブックメーカー各社が設定したこの3倍程度の差は、両軍選手の耳には当然入っている。

 こう言っては何だが、クラブサッカー人気より、代表サッカー中心の日本では実感しにくい感覚である。相手が強敵でも、メディアは高揚しがちな国単位のナショナリズムに便乗し、「勝てる、可能性はある」と煽る。躊躇なく応援報道に走る。それが欧州では起こりにくい。都市対抗戦であるクラブサッカーの場合はなおさらである。

 ましてやCLという、マンチェスター・シティ、インテル以外のファンも目を凝らす欧州サッカー最大のイベントだ。今回の決勝を視聴した人は、世界の200以上の国と地域に及んだと言われるが、そうしたいわゆる第三者も、両軍の1.5倍対4.5倍の関係を把握したうえで観戦していただろう。

 決勝戦はしかも、180分の戦いではない。90分1本勝負だ。時間は準決勝までの半分になる。さらに言うなら、サッカーは結果に及ぼす運の割合が3割を占めるとされるスポーツだ。精神的にキツいのは、絶対的に負けられない立場に追い込まれやすい、勝って当然とされる側だ。

 マンチェスター・シティは、欧州サッカー史にあってはまだCLを1度も制したことがない新興チームであるにもかかわらず、予想どおり、そうした強者特有の症状に悩まされることになった。

 攻撃的なマンチェスター・シティ対守備的なインテルというスタイルの違いも輪をかけた。マンチェスター・シティが試合を優勢に進めても、それはある意味で当然のことで、インテルにとって不利な材料にならなかった。前半は0−0。後半も半ばまで0−0で推移したが、これはインテルのペースに他ならなかった。

 だが、マンチェスター・シティは焦れずに"らしさ"を貫いた。根競べで負けなかった。

 後半22分、中盤でイルカイ・ギュンドアンが中盤でボールを拾うと、そこからマンチェスター・シティは相手陣内でパスをつないだ。その数12本。ジャック・グリーリッシュがフィル・フォーデンに送った13本目の浮き球のパスは、マルセロ・ブロゾビッチに頭で遮られたが、それをギュンドアンが再び拾うと、さらにマンチェスター・シティはパスを4本つないだ。計16本のパスは時間にするとおよそ70秒間に及んだ。

【ゴールへの近道「マイナスの折り返し」】

 マヌエル・アカンジが送った16本目のパスに反応したのは右ウイングのベルナルド・シウバで、ライン際の最深部でボールを受けると17本目のパスをマイナスに折り返した。インテルCBフランチェスコ・アチェルビに当たり、コースが変わったこともマンチェスター・シティにとって幸いした。

 ゴール正面に転がっていったボールに合わせたのはロドリ。右隅に冷静に蹴り込み先制点とした。それがそのまま決勝点になったわけだが、見逃せないのはラストパスがライン際からのマイナスの折り返しだった点だ。

 マンチェスター・シティの監督、ジュゼップ・グアルディオラと言えば、現役時代は、クライフ・サッカーの申し子として知られた。バルセロナの監督だったヨハン・クライフが当時、最もこだわっていた点がこの両ウイングからのマイナスの折り返しだった。

「それが決まった瞬間こそが、得点の期待が最も高まる瞬間だ。バルサの攻撃的サッカーのシンボルである」と、口角泡を飛ばして筆者に力説したものである。

 Jリーグの発足と時は重なる。それから30年。サッカーの競技性は格段に進歩した。しかし、当時も現在も最深部からのマイナスの折り返しこそが得点への近道であることに変わりはない。そのことを再認識させてくれたロドリの決勝ゴールだった。最深部までいかにボールを運ぶか。ゴールから逆算したようなその計17本に及ぶパス回しだった。

 結果は1−0。だがインテルも最大限、可能な限り頑張った。大きなチャンスが訪れたのは2回。1度目は先制点を奪われた直後の後半25分だった。左ウイングバック、フェデリコ・ディマルコのヘディングシュートがクロスバーを叩く。さらにディマルコはその跳ね返りに再び反応。ヘディングシュートを試みるも、自軍FWロメル・ルカクに当たってしまう不運に見舞われた。

 2度目は最終盤の後半43分。ブロゾビッチのクロスを受けたMFロビン・ゴセンスがファーポストで折り返すと、ルカクがそれを真ん中で合わせたシーンだ。GKエデルソンの好守に阻まれたが、もう幾ばくかの運に恵まれれば、試合は延長にもつれ込んでいたに違いない。

【「3か4」対「3か5」の戦い】

 インテルの頑張りで試合が最後まで盛り上がった。しかし別の見方もできる。マンチェスター・シティが時間稼ぎはもちろん、最後まで守りに入らずキチンと攻めたことを見逃すことはできない。少々危なっかしい終わり方だったが、きれいな終わり方だった。アップアップになりながら逃げきったわけではない。非マリーシア的な、とでも言える正攻法なサッカーを貫きながら、タイムアップの笛を聞いた。1.5倍対4.5倍の関係をそこに見ることができた。初優勝ながら、連覇を狙えそうな終わり方だった。


チャンピオンズリーグ初制覇に沸くマンチェスター・シティの選手たち

 攻撃的サッカー対守備的サッカー。価値観の対立軸が鮮明な両チームが決勝で相まみえ、攻撃的サッカーが勝利を収めた。ひと頃に比べ、守備的サッカーがじわりと台頭し始めたなかでもたらされたこの結果には大きな意味がある。

 両軍ともマイボールの時は3バックを布くが、相手ボールに転じるとマンチェスター・シティは4バックとなり、インテルは5バックになる。

 今回のCL決勝は「3か4」対「3か5」の戦いでもあった。日本に浸透している価値観はインテル的な「3か5」だ。森保ジャパンがそうであるように3バックと言えばその大半が守備的なスタイルになるである。マンチェスター・シティ的な、もっと言えばクライフ的であり、かつてのバルサ的、アヤックス的な3バックを見ることは滅多にない。

 2002年の日韓共催W杯で、フース・ヒディンク率いる韓国はまさに「3か4」だった。3−3−3−1と4−2−3−1を、右SB(ソン・ジョングク)の上げ下げで調整していた。典型的な「3か5」のトルシエジャパンとは一戦を画していた。

 CL決勝は日本と欧州との差を痛感した一戦でもあった。これを機に、長年変われずにいるその旧態依然とした価値観にピリオドが打たれることを願わずにはいられない。