「8番・ショート」の起用というのは、おそらくは「まずはしっかり守ってくれ。打つほうはそれなりでもいいからさ......」というのが、使っている側のホントのところじゃないか。だが、その起用で打率.289(6月5日現在/以下同)を残してくれたら、これほど助かる話もない。

 しかも出塁率は.339をマークしており、9番が投手でもしっかりバントで送ってくれたら、得点のチャンスが生まれる。この下位から上位につなぐ形ができているのが、今シーズンの阪神が強いひとつの要因になっている。


今季、攻守で阪神の快進撃を支えている木浪聖也

【高レベルで三拍子揃った選手】

 今年、阪神の「8番・ショート」を任されているのが木浪聖也だ。青森山田高、亜細亜大、ホンダとアマチュア時代は名門チームに所属し、早くからレギュラーとして活躍したが、失礼ながらこれまでは強烈な印象がない。

「ああ、言われてみれば、たしかにそうかもしれないですねぇ」

 そう語るのは、ホンダの元監督である長谷川寿氏だ。

 当時、亜細亜大の内野手だった木浪を、ホンダの監督としてチームに導いた方だ。金足農高(秋田)時代は3年夏の甲子園で桑田真澄、清原和博らのPL学園相手に奮闘し、青山学院大では1年春のリーグ戦から「4番・キャッチャー」として活躍。

 ホンダでの監督生活6年間で都市対抗に5回出場し、秋の日本選手権では準優勝を果たすなど「社会人の名将」のひとりである。

「亜細亜大の生田(勉)監督が『木浪って、いいのがいるよ』って勧めてくれたんですよ」

 生田監督と長谷川氏は、ともに「戦国・東都」でしのぎを削ってきた同期だ。

「最初から名前も評判も聞いていたんで、実際に見た時は『いい選手だなぁ』と思いましたけど、たしかに予備知識なしにたくさんの選手のなかにいたら目立たなかったかもしれませんね。何かひとつ飛び抜けているタイプの選手は、パッとこっちの目に飛び込んでくるんですけど、木浪はそういうタイプではなかった。よく見ると、足は速いし、守備範囲も広いし、どこでも守れるし、バッティングもいい。高いレベルで三拍子揃った、総合力の選手ですからね」

 ホンダ同期には同じ大卒の、投手では齋藤友貴哉(桐蔭横浜大/現・日本ハム)、野手では松田進(中央大/現ロッテスカウト)がいた。いずれもホンダで2年間プレーして、プロに進んだ逸材たちだ。

「木浪は能力も高かったし、ウチは少ないメンバーでやっていましたから、すぐレギュラーで使うつもりで獲りました。だから、多少のことは目をつぶりながらずっと使ったんです。大学時代は部員も多くて、厳しい指導の生田監督のもと、何かあったら代えられたり、メンバーから外されたり......そういう厳しい環境でやってきたヤツですから。社会人になって、なにか解き放たれたような感覚でのびのびやれたんじゃないですか。

 当時のホンダは、イケイケドンドンがチームカラーでしたから。気持ちの余裕みたいなものを持ちながら、思う存分プレーできたんじゃないでしょうか。その代わり、社会人野球のトップレベルで戦う苦しさとか、一戦必勝のトーナメントの厳しさを、2年間で散々味わったと思いますよ」

 ホンダの1年目に都市対抗で決勝3ラン。その後もコンスタントな働きを見せ、社会人2年目でのドラフト3位指名につながった。

【今年はのびのび野球をやれている】

 そしてプロ5年目で台頭した木浪だが、昨年は悔しいシーズンを送った。開幕まもなくして故障し、夏場まではリバビリとファーム生活を余儀なくされた。

「阪神って、もっと勝てるチームですよね。ファームにも木浪とか、島田(海吏)とか、前川(右京)とか、すごくいい選手がいるのに」

 そう語るのは、同じウエスタンリーグで阪神と実戦を重ねていたあるチームの指導者だ。阪神の若手たちの才能を認めるなかで、最初に木浪の名前が挙がったことを思い出した。

「ふだんはいたって穏やかで、きちんと話もできるし、頭もいいし、決して野球だけの男じゃない。顔立ちもやさしいでしょ。ほんとにふつうな感じヤツですけど、コツコツ努力ができて......そういう意味では、あいつも"東北人"なのかな」(長谷川氏)

 ホンダの元監督である長谷川氏も秋田生まれの秋田育ち。木浪も青森で生まれて、高校まで青森で過ごした。

「プレースタイルもがむしゃらにいくんじゃなくて、身のこなしがきれいでスマート。でも、ここ一番の場面ではパッとギアが入る」

 三塁側のファウルグラウンドに上がった高い打球を、フェンスに体当たりせんばかりの猛烈なスライディングでスーパーキャッチ。そんなシーンをプロの実戦のなかで何度か見た。

「もしかしたら......」

 長谷川氏は一瞬ためらいながらも、こう続けた。

「まあ、プロですからね。レギュラーの椅子を用意してもらったってことはないんでしょうけど、ある程度、続けて使ってもらっているなかで、ホンダのレギュラー時代の思いきりよく大胆に、のびのび野球をやれているという感覚がよみがえったのかもしれない。そういう場面を最近よく見かけるんです」

 5月25日のヤクルト戦(神宮球場)、6回一死一、二塁から塩見泰隆が放ったセンターに抜けそうな強烈な打球を目いっぱい伸ばしたグラブに納め、ベースカバーの二塁手にトスして封殺。チームのピンチを救った。あれは、心身ともほとばしるほどの勢いのある選手にしかできないプレーだと思った。

「社会人もそうですけど、プロはそれ以上にひとつのミスが命とりになる。そこにつけ込んで、一気に攻められる。ショートは守りの要ですから、そこだけは気をつけてほしい。木浪が守っていれば、守備範囲の打球は確実にアウトにしてくれる。バッテリーから信頼されるような、そういうショートになってくれたらって思いますね」(長谷川氏)

 大谷翔平、佐々木朗希といった、東北が生んだ2つの巨星がきらびやかに輝くその傍らで、渋く光を発する木浪のような存在も、またひとつの「東北の星」なのであろう。