●バラエティ好きの視聴者や業界関係者から支持

今春スタートの新番組で最も話題を集めているのは、『まつもtoなかい』(フジテレビ系、毎週日曜21:00〜)で間違いないだろう。松本人志と中居正広の強力MCに加えて、初回ゲストに香取慎吾を迎えたほか、次回放送でも小栗旬の登場が予告されている。

しかし、バラエティ好きの視聴者や業界関係者から支持されているのは、同じフジテレビの新番組『私のバカせまい史』(毎週木曜21:00〜)だ。これまで誰も調べたことがないような、せま〜い歴史=“バカせまい史”を紹介するという番組だが、この「くだらないことを愚直に検証する」制作姿勢は、フジテレビが過去に放送した『カノッサの屈辱』『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』『FNS地球特捜隊ダイバスター』などでも見られたものであり、同局に息づくイズムのようなものを感じさせられる。

なぜフジテレビは、このようなスタイルのバラエティを作り続けているのか。テレビ解説者の木村隆志が掘り下げていく。

『私のバカせまい史』MCのバカリズム

○■「カラオケビデオ俳優史」に「寝起きドッキリ50年史」も

『私のバカせまい史』のコンセプトは、「これまで誰も調べたことがないような“せま〜い歴史”=バカせまい史を紹介する、バカバカしくも知的好奇心をそそる新趣向のバラエティ」。これまで、「カラオケビデオ俳優史」「箱の中身はなんだろな?史」「ものまね番組の辛口審査員 淡谷のり子の低得点史」「大スターじゃない芸能人のプロ野球始球式盛り上げ方史」「ザ・たっちの人体実験20年史」「クイズおバカ枠史」「ものまねレジェンド コロッケの間奏詰め込み史」「いつからおかしくなった!? 寝起きドッキリ50年史」などの“研究発表”が放送されている。

「『くだらない』のひと言で片付けられそうなことをあえてピックアップし、時間とお金をかけて愚直に検証する」という制作姿勢が分かり、ネット上にはマニアックな切り口と掘り方の深さを称賛する声や、「これをやってほしい」というリクエストが飛び交っている。

○■スターのバラエティに負けない熱気

「フジテレビを代表するバラエティは?」と聞かれたら、今なお『オレたちひょうきん族』から『とんねるずのみなさんのおかげです』『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』『ダウンタウンのごっつええ感じ』『SMAP×SMAP』『めちゃ×2イケてるッ!』などを思い浮かべる人が多いのではないか。

昼の帯番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』なども含め、フジテレビがスターを軸にした華のあるバラエティで80年代から2000年代のテレビシーンをけん引していたのは間違いないだろう。その一方で地道に制作されてきたのが、前述した「くだらないことを真面目に検証する」スタイルのバラエティ。スターを軸にした華のあるバラエティが“太陽や光”なら、こちらは“月や影”に当たる地味な存在だが、スタッフと視聴者の熱では負けていなかった。

フジテレビにとってはそんな両極端な番組を併せ持つことこそが強み。スターを軸にしたバラエティが放つパワーが強烈だからこそ、『カノッサの屈辱』や『トリビアの泉』などのくだらなさや、そこに向けられる制作陣の愚直さが際立って見える。さらに、こうした番組を真面目にやり続けることで、スターを軸にしたバラエティがよりまぶしく見えるものだ。

「太陽と月の番組を併せ持つ」という意味でフジテレビのバラエティは視聴率以上に視聴者の支持が厚く、その印象で民放他局を凌駕(りょうが)していた。現在30〜40代の同局員に「フジテレビのバラエティに憧れて入社した」という人が多いことなどからもそれがうかがえる。

そんな彼らと話しているとき、しばしば話題に上がって盛り上がるのが『JOCX-TV2』で放送されたバラエティ。これは87年から名前を変えながら96年まで放送された深夜番組の総称であり、特にバラエティは「スタッフも視聴者も熱が高い」と感じるものが多かった。

●伝説の深夜帯『JOCX-TV2』を彷ふつ

印象的な番組名を挙げていくと、当時では珍しいマーケティングを掘り下げた『マーケティング天国』、市場を歴史に置き換えて解釈していく『カノッサの屈辱』、静止画を背景に官能小説を朗読する『曼荼羅図鑑』、視聴者置き去りのカルトクイズで競い合う『カルトQ』、哲学でさまざまな事象を考察する『哲学の傲慢』、映画の撮影技法をフィーチャーした『アメリカの夜』、芸術と裁判を掛け合わせた『宣誓』、体や病気を過激に深掘りした『完全人体張本』、文学作品の予告編を放送する『文學ト云フ事』、一般人1,000人にインタビューを重ねる『インタビューズ』などがあった。

まだまだ挙げればキリがないし、「くだらなさ優先か、教養寄りか」の違いこそあるが、「スタッフがやりたいことを愚直に追求する」というスタイルは同じ。だからこそ、その愚直さが視聴者に乗り移るような形で盛り上がりが生まれていた。『私のバカせまい史』はそんなフジテレビの四半世紀における“バラエティ史”を感じさせる番組であり、しかもゴールデンタイムでレギュラー化したところが意義深い。

平成中期あたりから後期にかけて、いつのまにか同番組のような「せまい」を狙った企画は、「テレビ東京の十八番」という印象に変わっていた。それ以外の主要4局で放送されるとしても、ほとんどが視聴率の不安が少ない深夜帯やBS・CS。ゴールデンタイムでのレギュラー化はハードルが高かった。

しかし、フジテレビがそんなハードルを乗り越えてゴールデンタイムのレギュラー番組として放送することで、「せまい」ながらも「より深い」ところまで掘ったものを制作できる。言わば、フジテレビとゴールデンタイムだからこそのスケール感を出せることになり、それは『JOCX-TV2』から続く同局のイズムであり、意地のようなものなのかもしれない。

ただ気がかりなのは、フジテレビの象徴であったスターを軸にしたバラエティが不発続きであること。他局も厳しい状況ではあるものの、フジテレビがバラエティのトップを走っていた頃のような影響力の大きい番組は見当たらない。

その意味で『まつもtoなかい』への期待は大きく、この番組がスターを軸にしたバラエティとして輝きを放てば、『私のバカせまい史』の魅力も、より伝わりやすくなるのではないか。早ければ半年後、1年後に「同じ2023年春スタートの両番組がフジテレビを支えている」という状態にしていきたいところだろう。







5月25日の放送では、バカリズムが「エイプリルフールに嘘をつく芸能人史」、阿佐ヶ谷姉妹が「海外スターお忍びグルメ史」、せいやが「中島みゆき『糸』カバーバージョン史」を発表 (C)フジテレビ

木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら