α世代やZ世代に対しブランドアクティベーションを提供するならRoblox−−そんな取り組みが国内でもトレンドとなるかもしれない。

Hondaにおいて産業用エンジンや発電機、除雪機、芝刈り機、ポンプといった製品を取り扱うブランドであるパワープロダクツが、2023年3月9日からRoblox上で8つの製品をアイテム化して提供するグローバルキャンペーン、「Honda Rewired」を開始した。

一見、ゲーミングプラットフォームとは縁のないアイテムのようにも思えるが、Honda Rewiredは単にブランドがゲームで遊ばせるという取り組みではない。「パワープロダクツは技術で人々の役に立つ、原動力になるという理念を掲げている。Robloxを通じて我々の製品を知ってもらうだけでなく、製品を使って誰かの役に立つ喜びを体験してもらえることには大きな価値がある」と、本田技研工業株式会社 パワープロダクツ事業統括部 事業企画部の金塚征志氏は語る。

今回のキャンペーンのクリエイティブディレクターを務めた株式会社CHERRYの贄田翔太郎氏も、「ブランドのファンだけに限定しない深い体験とコミュニケーションを、共創を重視するRobloxというプラットフォームだからこそ実現できた」と自負する。Robloxというプラットフォームがブランドアクティベーションをどう変えるのか、その可能性を金塚氏、贄田氏の両氏に聞いた。

なぜRobloxを選んだのか



DIGIDAYで取り上げてきた多数の記事が示すように、ブランドアクティベーションの場としてRobloxの人気は絶大だ。同社の2022年4QレポートによるとDAUは全世界で5880万人に達しており、そのうち約55%は13歳以上(レポートでは特に17〜24歳のユーザーが急成長していると強調されている)と、もはや単なる子供向けゲームプラットフォームではない。若年層にブランドをアピールする場として、確固たる地位を確立していると言える。

一方で、パワープロダクツの製品群からすると実用世代とは異なるユーザー層となる。国内に限定するとα世代が主体とされており、ターゲットはより狭まる形だが、金塚氏は「パワープロダクツは技術で人々の役に立つ、原動力になるというHondaの理念をそのまま表現している事業と言える。ブランドの認知を広げ製品を購入してもらう前に、若い世代に『誰かの役に立つことの喜び』を体験してもらう方法はないかと考えていた」と話す。

「その体験を通じ、結果的にHondaという企業がパワープロダクツという事業を展開しているということを知ってもらえることが理想だった。現代の若年層はバーチャル上での体験や経験も、リアルとの差なく受け止めている。そうした世代にはRobloxのようなプラットフォームを通じてパワープロダクツの価値を伝えることがフィットするのではないか、という仮説もあった」。

若年層とのコミュニケーション、ブランドアクティベーションの提供だけを目的とするのであればRoblox以外の選択肢もある。たとえば、Fortniteやマインクラフトなどの有名IPは、国内においてRobloxよりも高い認知度を持つだろう。しかし、贄田氏はブランドのDNAをバーチャルな空間で表現するという企画上、C2Cの側面を持つプラットフォームを利用することを重視していたと語る。「『誰かのためになりたい』『誰かの役に立ちたい』という思いは、ユーザーとの共創やユーザー間のコミュニケーションという要素が不可欠になる。そのなかでRobloxはまさにユーザーの共創思想から生まれた、最適なプラットフォームだった」。

https://youtu.be/GOnjxS5kxS8

「Robloxでの体験」という価値



前述の通り、Honda Rewiredはあくまでコミュニケーションの手段として実施されるキャンペーンであり、なんらかのコンバージョンやRoblox上でのアイテム販売などを意図するものではない。今回はあくまでもトライアルとはいえ、その「成果」をどこに求めるのか。

金塚氏はRoblox上でバーチャルな体験を提供できたことそのものに価値があると考えていると語る。「体験を提供することの難しさはよく理解している。例えば耕うん機などの体験会を開催したとしても、集客の問題や参加できる人数制限、天候などがあり、必ずしも意図した『体験』を提供できるわけではない。しかし、Roblox上であれば、ユーザーやクリエイター自身が自らの意思でパワープロダクツの製品を体験し、自分ごと化してくれる。このメリットと価値は非常に大きい」。

Roblox自身も「体験」の価値を重視していることは明らかで、同プラットフォーム上で公開されているゲームは「ゲーム」ではなく「エクスペリエンス」と呼称されている。「もちろん、Robloxでの体験を踏まえた上でどのようなコミュニケーションをしていくべきかも重要だ」と金塚氏は言い添える。「興味関心を持ってくれたユーザーには実体験をしてもらう必要があるのかなど、今後の展開もしっかりと検討していく」。

タッチポイントである以上はアクセス数やユーザーのプレイ数、関連する動画のビュー数といった指標を追うことにはなるが、Roblox上でゲームを通じてユーザー1人が体験することは、動画広告の1PVとは違う価値があると言える。贄田氏も「Web上のブランドムービーなどと比較しても、今回エクスペリエンスを提供し各ユーザーにプレイしてもらうという動きは、体験深度がまったく異なる」と指摘する。「コミュニケーションポイントを複数設置し、それらを体験したユーザー数を量的に計測することができるが、仮に数十万回と言う数値だったとしても、同じだけの動画再生回数よりも大きな体験価値を持つものだと見做せるはずだ」。

また、今回のHonda Rewiredでの体験はプレイヤーだけでなくクリエイターも対象となる。具体的には、クリエイターにコンテストという形でパワープロダクツの8つの製品をRoblox上でアイテム化し、それを自由にアレンジ改変可能な形で提供しているのだ。「クリエイターがパワープロダクツの製品にどのくらいインスパイアされたのか。彼らの作品をひとつひとつ確認しながら、質的な評価を行う必要もある」と贄田氏は語る。

共創の場でのコミュニケーションのあり方



Robloxは単なるゲームプラットフォームではなく、ユーザーはプレイヤーでもありクリエイターでもある。共創というキーワードが意味するように、エンゲージメントを高めるためには、ユーザーとのコミュニケーションが不可欠となる。今回のHonda Rewiredのように、プレイヤーとクリエイター両者が対象となるキャンベーンであればなおさらだ。

この点について、贄田氏は「直接的にユーザーとコミュニケーションを取るというよりも、Honda Rewiredという取り組みの構造で体現できればと考えている」と語る。「最近のSNSやメタバース上でのブランドコミュニケーションやIPのコミュニケーションは、そのブランドやIPのファンだけが提供されている枠組みの中で楽しみ、一歩外に出ると誰も認識していないような状況が起こりがちではないかと感じている」。

実際に、Roblox上での他ブランドのコミュニケーションも、基本的にはブランド専用のテーマパーク的なエリアを開設し、エリア内に入ってきたユーザーとだけコミュニケーションを取る、という形になりがちだ。「ファンとは付き合うが、城壁を乗り越えて入ってこない人とはコミュニケーションしないという状態ではなく、多くの人にパワープロダクツのことを知ってもらい、コミュニティの中に入ってもらいたいという思いがあった」と贄田氏も話す。そこで、Honda Rewiredではパワープロダクツのエリアをポータル化し、今回のアイテムを使ってクリエイターが制作したエクスペリエンスを紹介。さらに他のユーザーへと体験が広がっていくような設計となっている。

「ゲーム内アクティベーションとしてHondaのロゴを掲出しただけではなく、ゲームで遊ぶことでパワープロダクツを『体験する』、『ブランドとコミュニケーションする』という構造そのものが、我々の求めるユーザーとのコミュニケーションになっている」と金塚氏は語る。「文字通りの会話ではなくても、Robloxでのエクスペリエンスによって十分コミュニケーションを実現できると考えている」。

ブランドアクティベーションが変わる



今回のキャンペーンはトライアルとなるが、現時点で金塚氏は一定の手応えを感じていると語る。「キャンペーンの起点は日本だが、日本以上にアメリカを中心としたグローバルの反応が大きかった。日本から仕掛けながらここまで展開できるのであれば、今後のさらなる活用方法も考えられる。日本国内でも一定の盛り上がりは起きていると思うが、グローバルのようにユーザー層の拡大を期待したい」。

贄田氏は、「Robloxはクリエイターのクリエイティビティこそが価値を持つプラットフォームであり、今後日本でも小中学生が製作したワールドが大ヒットするといった現象が起きるのでは」とし、共創という構造がブランドアクティベーションの新たなあり方を実現するのではないかと語る。「ブランドがアクティビティを提供してユーザーに体験させる、遊ばせるという構造ではなく、クリエイターとブランドがコミュニケーション、コラボレーションしていくことで、共創に基づく次の展開が生まれるのではないだろうか」。

Written by 分島翔平