エプソングループは、2026年までにオフィス向けレーザープリンタの本体販売を終了し、新規に販売するオフィス向けプリンタを、インクジェットプリンタに一本化することを発表している。セイコーエプソンの小川恭範社長は、「発表以降、混乱といえるものは一切なく、むしろ、お客様からの反応はいい」と手応えを示す。昨今のエネルギー価格の高騰も、圧倒的な省エネを実現するインクジェットプリンタの導入には追い風になっているという。

また、2月10日には、複合機のボリュームゾーンとなる40枚機、50枚機、60枚機の出荷を開始。この分野でもインクジェットによる本格攻勢をスタートした。小川社長は、「動きは想定以上にいい」と初速に自信をみせる。

そして、大容量インクタンクモデルは、2022年度に前年比10%増となる1,280万台の出荷を計画。2022年度中には累計出荷台数が8,000万台に到達する見込みだ。すでに同社のインクジェットプリンタ全体の73%を占め、さらなる事業拡大を目指している。

Epson 25 Renewedで掲げる「環境」「DX」「共創」

これらの取り組みのベースにあるのは、Epson 25 Renewed ビジョンのなかで注力分野のひとつに掲げた「環境」である。

エプソンのプリンティング事業を中心に、2023年の事業戦略を追った。

セイコーエプソンの小川恭範社長は、2022年11月に発表したオフィス向けレーザープリンタからの「撤退」について、「エプソンは、インクジェットで、オフィスから世の中を変えていく構想を持っている。また、地球環境に貢献するという点でも、レーザープリンタを止めるのは必然であった」とする。

エプソンは、2008年にエプソン内製のレーザープリンタの生産を終了。それ以来、レーザープリンタのエンジンを他社から調達して事業を継続しながらも、徐々にレーザープリンタの販売構成比を減らしていった。

つまり、撤退の方向性は決まっていたが、「いつ」が決まっていなかった状態にあった。それが、生産終了から約15年の歳月を経て、いよいよ「いつ」を明確にしてみせたのだ。

計画では、2026年までに、新規で販売するオフィス向けプリンタを、すべてインクジェット方式とし、2026年を目標にレーザープリンタの本体販売を終了。レーザープリンタ向けの消耗品および保守部品は引き続き供給することになる。

セイコーエプソン 代表取締役社長 CEOの小川恭範氏

小川社長は、「エプソンが得意とする技術がインクジェットであることを理解しているパートナーやお客様が多く、環境に対してもインクジェットが優れていることが浸透してきた。オフィス向けプリンタとして、インクジェットに対する抵抗感が薄れてきていることも背景にある。オフィス向けインクジェットのラインアップがしっかりと揃い、環境に対する意識も高まってきた。ここで決断すべきであると考えた」と語る。

オフィスにおけるインクジェットプリンタの提案は、2月10日から出荷を開始したインクジェット複合機のLM-C6000(60枚機)、LM-C5000(50枚機)、LM-C4000(40枚機)によって、さらに加速している。

2月10日から出荷を開始したインクジェット複合機のLM-C6000(60枚機)、LM-C5000(50枚機)、LM-C4000(40枚機)

これまでは高速印刷の100枚機であるLX-10020MFシリーズや、24枚機のPX-M7110Fシリーズなど、市場の上下にはラインアップしていたものの、市場全体の5割以上を占める40〜60枚機には製品がなかった。その領域を埋める製品が、いよいよ出荷されたことになる。内部構造を大きく見直すことで、既存の複合機からの置き換えが可能なフットプリントを実現。オフィスのセンターマシンとしての提案を本格化できるというわけだ。

小川社長は、「世界各地でいい手応えを得ている。欧州では環境に対する意識が高く、北米では交換部品が少ないため、ディーラーにとっては作業効率が高まり、トータルコストとしてメリットが出ると判断している。これまで抜けていた領域の品揃えができたことで、ディーラーからの関心も高まっている。すでにプレオーダーがかなり入ってきている。動きは想定を超えるものであり、いい感触を得ている」とする。

そして、「本来は、もう少し早く市場投入したかったが、テクノロジーをしっかりと固めて、慎重に開発を進め、問題がない状態でボリュームゾーンに打って出たいと考えた。同時に、エプソンのスマートチャージによる提案など、販売体制も固めた上での投入になる。これから積極的に展開して行く」と意気込む。

販売現場では、オフィス向けインクジェットプリンタの優位性を提案する動きが加速している。

高速印刷や耐久性といった複合機に求められる基本性能のほか、印刷待ち時間の解消や、消耗品交換の手間の削減、消費電力とCO2排出量の削減というメリットを訴求。さらに、リモート監視ツールや課金システムとの連携による一括管理や運用メリットも提案している。

なかでも、昨今のエネルギー価格の高騰は、インクジェットプリンタへの関心を高める大きなきっかけになっている。

国内の販売を担当するエプソン販売の鈴村文徳社長は、「エプソンのインクジェットプリンタは、レーザープリンタと比べて低消費電力化と、省資源化を実現できるのが特徴だ。とくに、電気代が高騰するなかで、インクジェットプリンタに注目が集まっている」とする。

エプソン販売 代表取締役社長の鈴村文徳氏

鈴村社長は、価格高騰により、エプソン販売社内の電気代が大きく上昇していることに触れながら、次のように語る。

「エプソン販売の2022年12月における社内の電気料金は、前年同月に比べて41%も増加した。こうした電気代の上昇は多くの企業が直面している課題である。だが、使っているレーザープリンタを、エプソンのインクジェットプリンタに変えるだけで消費電力量は47%の削減ができる。コンパクトに高速機をオフィスに配置できるため、プリンタ台数を削減することも可能になる。これにより、消費電力を7〜8割削減できたというオフィスもある」とする。

電気代高騰の今、インクジェットプリンタの利点はさらに効果が見込める

オフィスにおいて、プリンタや複合機の電気使用量は約10%を占めるという。インクジェットプリンタへの置き換えは、大幅な電気代の高騰に対抗するための手段のひとつになるというわけだ。

エプソングループでは、プリンティング領域において、「環境」をキーワードにした取り組みをいくつか推進している。

その推進役となっているのが、2022年4月にエプソン販売内に新設したDX推進部である。同組織では、顧客の脱炭素に向けて協業するパートナーの発掘活動を推進し、協業による新たな環境ソリューションを提供している。具体的な成果として、キャプランとの協業によって、同社のCO2排出量可視化BPOサービスと、エプソンの出力環境アセスメントサービスを組み合わせることで、印刷業務に関わるCO2排出量を詳細まで明らかにし、排出量削減のシミュレーション結果をもとに、消費電力の低減を実現するインクジェットプリンタへの切り替えを提案している。

エプソン販売内にDX推進部を新設。環境パートナーとの共創をはじめた

鈴村社長は、「環境負荷低減に向けた取り組みの第一歩は、状況を見える化することが大切である」として、同サービスの提案に力を注ぐ。

また、DX推進部を通じて、環境パートナーとして、10数社との共創を実現していることにも触れ、「これにより、企業が持つ複雑な課題に対応できる」とする。

環境を切り口にしたいくつかの活用事例も出ている。

たとえば、阪急うめだ本店では、百貨店業界で年間数億円規模の装飾物が廃棄されている課題に着目。繰り返し利用できるリサイクル素材とプロジェクターによる映像演出を採用することで、廃棄物を削減し、持続可能で魅力的な売り場づくりを実現しているという。

環境を切り口にした活用事例も出てきた

また、エプソングループでは、新たな取り組みとして、2022年2月から、商業プリンタを対象にした再整備プログラムを開始。2023年春からは、認定整備済み製品であるリファービッシュ品の販売を開始する。リファービッシュ品の購入後も、最長10年間に渡って、利用できるほか、寿命に達していない製品の廃棄を削減でき、CO2排出量および地下資源消費の抑制につながるとしている。

セイコーエプソンの小川社長は、「長期使用による商品の廃棄削減と、資源の有効利用を図ることで、地上資源を最大限活用し、地下資源に依存しない循環型経済へ貢献することができる」と位置づける。

具体的には、サイン・ディスプレイ市場向けのエコソルベントインク搭載プリンタ「SC-S80650」を対象に開始。新品を製造したときに比べると、再整備プログラムでは約93%の部品を継続しようすることから、91%のCO2削減。リファービッシュ品では約86%の部品を継続使用することから、79%のCO2削減が可能になるという。

再整備プログラムとリファービッシュ品の提供で資源循環へ

「今後は、商業プリンタだけでなく、パソコンやプロジェクター、家庭用インクジェットプリンタの一部でもリファービッシュ品を販売していく」(エプソン販売の鈴村社長)という。すでにビジネスプロジェクターの買い取りサービスは2022年5月から開始している。

セイコーエプソンの小川社長は、「エプソンが掲げる『環境』に対して、しっかり貢献していくという姿勢のひとつである。その観点から見れば、避けては通れない取り組みである」とする。その上で、「新品の販売に比べると、売上げへの貢献は少ないが、クラウドサービスやソリューションビジネスとの組み合わせで、長く使用してもらうことで収益を生み出す仕組みを構築していきたい」と語る。

環境貢献と収益確保の両立に向けた模索を開始しており、その成果を幅広い範囲へと展開していく姿勢をみせている。

一方、大容量インクタンクモデルも、エプソンのプリンティング事業の柱のひとつとなる。

2022年度第3四半期時点での販売台数は、当初の年間計画に対しては未達であり、2022年度通期見通しを下方修正したが、それでも前年比10%増となる1,280万台の年間出荷を計画。累計出荷台数は2023年3月までに8,000万台に到達する見込みだという。

大容量インクタンクモデルの累計出荷台数は、2023年3月までに8,000万台に到達する見込み

2022年度のインクジェットプリンタの全体の出荷計画は、前年比5%増となる1,750万台。逆算すると、大容量インクタンクモデルは、すでに同社のインクジェットプリンタ全体の73%を占めており、構成比は毎年上昇している。とくに新興国での大容量インクタンクモデルの販売が拡大している。

先進国では、依然としてインクカートリッジモデルの販売が中心となっているが、日本では約25%の構成比を占めるまでに高まってきた。

エプソン販売の鈴村社長は、「確かに海外に比べると、日本における大容量インクタンクモデルの構成比は高くはない。だが、そこに焦りはない。日本では、コストを優先するユーザーの比率は約25%であり、その構成比から見ても、大容量インクタンクの最大の特徴である印刷コストの削減というメリットは伝わっている。今後は、環境貢献をはじめとして、コストメリット以外の部分を訴求していきたい」とする。

環境領域からの提案のひとつが、カラリオスマイルPlusである。

カラリオスマイルPlusは、2017年から、インクカートリッジ方式のカラリオプリンタを対象にサポートを提供してきた「カラリオスマイル」を進化。大容量インクタンクモデルにも対象を広げたほか、修理料金を全額サポートするプランと半額サポートする2つのプランを用意し、落下破損や水こぼし、火災・落雷などの物損にも対応した内容となっている。プリンタの買い替え時には、手元に残った未開封の純正インクカートリッジをエプソンダイレクトショップの300ポイントと交換できサービスも提供している。

家庭での環境負荷低減を実現する「カラリオスマイルPlus」

エプソン販売の鈴村社長は、「故障したら捨てる、買い替えるという考え方から、修理して使い続けるという考え方に変えてもらうことを積極的に促す施策になる。家庭向けプリンタでも安心して5年間利用してもらうことができる。使い慣れたプリンタを継続利用してもらうことで、環境負荷への低減に貢献できる。これはエプソンにとってもビジネスモデルの転換になる」とし、「2017年にサービスを開始した当初は、環境に対する意識が、いまほど高くなかったこともあり、量販店店頭でも積極的な提案が行われていなかった。だが、昨今ではカラリオスマイルPlusの提案が増え、急成長している。2021年11月から2022年12月までの販売数は6万件の実績となっている。しかも、最も高いプランが一番売れている」とする。

家庭向けインクジェットプリンタ事業においては、大容量インクタンクの提案とともに、カラリオスマイルPlusによるサービス提案により、環境という観点からもビジネスモデルの転換に取り組んでいる。

エプソングループの2023年の取り組みについて、セイコーエプソンの小川社長は、「半導体の調達難による供給制約や物流の混乱は改善傾向にあるものの、部材費の高止まりに加えて、世界的なインフレの継続、中国のコロナ影響などがある。世界経済は先行きが不透明であり、本格的に景気後退局面を迎えているが、エプソンでは、部材の共通化による調達の合理化、積載効率の向上や輸送ルートの効率化による物流コストの抑制、メリハリをつけた費用執行や固定費抑制など、利益確保に向けた費用コントロールを継続している」としながら、「2023年は、長期ビジョンであるEpson 25 Renewedの実現に向けて、確実に取り組みを進める1年になる」と述べた。

世界経済の先行きに不透明さがあっても、2023年に向けて、Epson 25 Renewedで定めた方向性に変更はない

「成長領域においては、オフィス向けインクジェットプリンタのラインアップ拡充により、レーザー方式からインクジェット方式への置き換えを中心にした戦略を強化していく。大容量インクタンクモデルは、今後は低印刷コストでの分散印刷の需要が見込まれることから、販売をさらに強化していく。商業産業領域ではテキスタイル、ラベル領域の成長の余地が大きいほか、エプソンの重要課題であるマテリアリティにおいて、産業構造の革新の実現に向けた新製品の投入などにより、事業強化に取り組む。さらに、産業用ロボットでは、世界シェアナンバーワンのスカラーロボットに加えて、6軸ロボットの製品展開を拡充するほか、欧米および日本市場での展開強化を進める」と、各事業の方向性を示す。

また、「環境については、2023年のグローバルの全拠点での再生可能エネルギーの100%活用を確実に達成し、その先にある2050年のカーボンマイナスと、地下資源消費ゼロという高い目標に向けて、技術開発をはじめとして課題解決に向けた取り組みを強化する」と述べた。

環境ビジョン2050では、2050年にカーボンマイナスと地下資源消費ゼロを目標にしている

2021年3月に打ち出した長期ビジョン「Epson 25 Renewed」では、「環境」、「DX」、「共創」の3点を、ビジョンを実現するための要素に位置づけており、とくに「環境」については、「脱炭素」、「資源循環」、「お客様のもとでの環境負荷低減」、「環境技術開発」の4点に取り組む姿勢を示している。

エプソングループでは、2021年から2030年までの10年間で、環境費用として1,000億円を投入し、環境技術の開発を促進。さらに、環境負荷低減に貢献する商品やサービスの開発に経営資源を集中させる方針を示しており、ここでは10年間で1兆円を超える投資を行う予定だ。

2021年から2030年までの10年間で、環境費用として1,000億円を投入

「先行きの見えないいまだからこそ、長期視点をしっかりと持ち、ブレずに、自信を持って前に進んでいかなくてはならない。2022年9月に、パーパスである『省・小。精から生み出す価値で、人と地球を豊かに彩る』を制定し、社会に対してどんな価値を提供できるかを定めるとともに、エプソンならではの存在意義と思いを社内外に発信した。これを旗印に、新たな発想ややり方で挑戦を続けていく」と述べた。

エプソングループは、「環境」を切り口に事業構造を変化させようとしている。2023年は、環境に対する関心の高まりといった動きを味方につけて、変革と成長に取り組む姿勢がより明確になりそうだ。