本田真凜「昔の自分で、今の自分にプレッシャーをかけないように」。8度目の全日本で初のSP落ちに明かした心中
12月22日、全日本選手権SPの本田真凜
12月21日、大阪。全日本選手権の公式練習、本田真凜の表情はどうも晴れなかった。
曲かけ練習。途中でリンクサイドのコーチのもとに駆け寄るほど、フリップがうまくいかない。その後も感覚がつかめず、跳ぶたびにコーチにアドバイスを求めた。
「こっち(大阪)に入ってから、なかなか思うようにジャンプができなくて。もともとはループだったんですが、自信を持って跳べる状態ではなかったので。自信を失ったわけではないですが、不安でした」
案の定、ショートプログラム(SP)は26位に低迷している。肩甲骨の柔らかさや指先まで音をとらえるセンスは際立っていたし、いつものように華やかだった。
しかし懸案の3回転フリップは転倒し、そのミスが大きく響いた。24位までがフリースケーティングに進むため、初めての"足切り"に遭った。わずか0.64点差とは言え、彼女の全日本は呆気なく幕を閉じた。
「スケートをやっていてよかった、という演技がしたくて。それが今の一番の目標です」
SP後、本田が口にした言葉に彼女のスケート人生が投影されていた。【「天才の典型」】
2019年、筆者は本田のインタビューをしている。
彼女は不思議な気配をまとっていた。可憐で和やかにも映る一方、凜とした頑固さも残し、幼いのにほのかな色気を漂わせる。本性が見えない危うさこそ、「スター性」とも捉えられた。
選手キャリアの分岐点にあったのもあるだろう。胸中に抱える葛藤さえも、魅力のように映った。
2016年の世界ジュニア選手権、本田は華々しく優勝を果たしている。2017年の世界ジュニアも五輪女王となるアリーナ・ザギトワとしのぎを削り、「ジュニア史上ふたりだけの200点超え」でパーソナルベストをつくった。
2018年の平昌五輪を次の年に控えて、ジュニアながら全日本選手権で4位に輝いていた。人気は急上昇し、大手スポンサーが食いつき、スポーツ雑誌の表紙も堂々と飾った
ところがシニア1年目で挑んだ2017−2018シーズン、嘘のように失速し、全日本は7位で五輪出場も逃した。2018−2019シーズン、アメリカを拠点にした2年目も散々で、全日本は15位に低迷している。
ーー本田真凜の理想像がパズルのピースになっているとすれば、どのような状態か?
そう聞いた時、彼女はこう答えていた。
「ちょっとずつ組み立てたのが、まだバラバラって感じです。今までは、考えてスケートをすることがなくて。小さい時は感覚で何でもできるのがあったんです。でも、それはもうできなくて。普段の生活から、一つひとつ考えて行動するように心がけています。おかげで前年より(ピースが)そろってきている感じで。粘り強く頑張りたいです」
彼女はそこからも苦心惨憺(さんたん)だった。調子が戻ってきたら、遠征先でタクシーに後ろから追突されたこともある。そのたび、ピースは弾け飛んでいった。
「いいときも悪い時も、自分はすぐに過去のことになっちゃう。ショート、フリーの切り替えの部分ではいいですけど(苦笑)。もうちょっと、自分のなかに何か残したい」
彼女の言葉は真に迫っていた。誤解を恐れずに言えば、天才の典型だった。11歳にして5種類の3回転を習得し、音楽が鳴ったら即興で滑ることができた。感覚だけで、大概のことはできてしまったのだ。
しかしどの分野のアスリートも、早熟の天才は積み上げが難しい。反復ができず、鍛錬が甘くなる。一方で、その儚さが強烈な引力も放つ。
筆者は、フィギュアスケートを題材にした小説『氷上のフェニックス』(角川文庫)で、本田をモチーフに準主役の「福山凌太」という人物キャラクターをつくっている。
福山は天才的スケーターで、類い稀なセンスで著しい飛躍を見せる一方、周りに祭り上げられる。本人はスケートが好きだったが、時間の流れのなかで自分を失う。やがてスケートが人生そのものだったことに気づくのだが......。
本田の人生はそのキャラクターとは無関係だが、彼女はフィクションのインスピレーションを与えるほどの人間的魅力があった。
なぜ本田の記事が多く出るのか。理由はたくさんあるはずだが、単純にひとりの天才の行方を知りたいのだろう。いつか復活するかもしれない、その日を待ちわびてしまうのだ。
「2018年くらいはすごく苦しくて。その時も(全日本は)大阪で、辛い思い出しかないですが。その時に比べると、楽しくできているんじゃないかと思います」
今回の全日本、SPが終わったあと、本田はそう心中を明かしている。
「今シーズンは『全日本に出る』って目標にしてきて、達成することができました。今回ジャンプは悔しかったですが、他は丁寧に滑れて、プラスもたくさんついてよかったなって。『ステップでレベル4をとる』ってやってきてとることができました。小さな目標をつくって、達成することができたのはうれしくて。昔の自分で、今の自分にプレッシャーをかけないように」
本田はそう言って少し微笑んだ。
「自分の人生、よくないと思うとやっぱりよくないし。同じことでもいいほうに捉えられるように。それが少し前からできるようになったかなって」
かつての天才少女は、ピースを一つひとつ拾い上げる。たとえパズルが完成されなくても。小さなピースに彼女の人生が詰まっているのだ。