球審が見た完全試合、ロッテ佐々木朗希の105球。「やはりモノが違う」「球場は普通の状態ではなかった」
2022年4月10日、佐々木朗希投手(ロッテ)がオリックス戦(ZOZOマリンスタジアム)で完全試合を達成した。当日の試合の球審を務めた橘郄淳審判員の話を収めた記事は、本邦初公開となる。
今年4月10日のオリックス戦で史上16人目の完全試合を達成したロッテ・佐々木朗希
── 通算38年、3001試合のジャッジ、お疲れ様でした。また完全試合の球審は、2022年シーズンを最後に38年間の審判生活を退く橘郄審判員(60歳)に対して、「野球の神様」からのご褒美だったのかもしれませんね。過去、球審以外でもノーヒット・ノーランの経験はありますか?
橘郄 球審では、2017年に山口俊投手--スコット・マシソン投手--アルキメデス・カミネロ投手(巨人)がセ・パ交流戦のソフトバンク戦(東京ドーム)で「継投でのノーヒット・ノーラン(参考記録)」を達成した試合、2022年に大野雄大投手(中日)が延長10回二死まで完全試合を継続した阪神戦(バンテリンドーム)をジャッジしました。
塁審では、1996年野口茂樹投手(中日)の巨人戦(東京ドーム)でのノーヒット・ノーラン、98年川尻哲郎投手(阪神)が中日戦(倉敷)ノーヒット・ノーラン達成の試合を経験しました。2007年日本シリーズの日本ハム戦で山井大介投手--岩瀬仁紀投手(中日)の「継投・完全試合」では、右翼線審として経験しました。そういった意味で「球審でノーヒット・ノーラン(完全試合)」は初めてでした。
── 橘郄審判員は以前、佐々木朗希投手の登板日にマスクをかぶった経験はありましたか?
橘郄 ありません。22年開幕カードの楽天戦(楽天生命パーク宮城)で、二塁塁審で初めて佐々木投手のナマの投球を見ました。最速164キロと言われていますが、後ろから見ていて「やはり、速いな」と思いました。完全試合を達成した4月10日は佐々木投手に対して初めての球審でしたが、間近で見て「おっ、やはりモノが違う」と感じました。
── その試合の何回くらいから「もしかしたら大記録?」と思いましたか?
橘郄 5回終了時、水分を摂りに審判控室に戻ったのですが、「どんどんストライクをほうってきている。ひょっとしたら(完全試合を)やるんちゃうか」と、同僚に冗談半分で言ったのを覚えています。
── 完全試合もさることながら、「1試合19奪三振(日本タイ記録)」「13連続奪三振(日本新記録)」という記録も更新しました。「なにがしかの奪三振記録もあるだろうな」という感じはありましたか?
橘郄 「走者が出ていないな」とは思っていましたが、三振のことはまったく意識していませんでした。それこそ5回終了時に(控え審判の)敷田直人審判員に「すごい。ここまで13連続奪三振ですよ」と言われ、「そういえば、打球がしばらく前に飛んでいないな」と、初めて連続奪三振に気づいたくらいです。
── 中盤に奪三振ペースが落ちましたが、終盤にまた4連続奪三振。意識的にギア(球速、気持ち)を上げた感じでしたか?
橘郄 私はとくに感じませんでした。
【ルーキーの松川虎生にも驚き】── 審判の方は、「ボール、ストライクをジャッジするのが仕事なので、投手や打者の様子はあまり覚えていない」とも聞いたことがありますが、そんな感じだったのですか?
橘郄 中盤以降、球数が増えて「少しへばってきたかな」と感じる投手もいますが、この日の佐々木投手は全部で105球。1イニング11〜12球平均。特段、そんな疲れを感じることもなく試合は進んでいきました。投球テンポもよく、試合時間はちょうど2時間30分でした。
── カギを握る打者は、誰もが3番・吉田正尚選手だったと思っていました。2打席目の4回二死、普段はあまり投げないカーブを吉田選手に2球投じました。三振の少ない吉田選手が1試合3三振(吉田は前日まで14試合で1個。21年計26個、22年計41個)。この対決をどう感じられましたか?
橘郄 いいカーブでしたよ。「おっ、こんなボールも放るんだ」と思いました。それまで投げてないボールでしたから(全105球中、カーブは3球だけ)。
── 吉田選手も意表を突かれた配球だったということなんでしょうね。高卒1年目の松川虎生捕手とのバッテリー。吉田選手の直前のバレラ選手をストレートで見逃し三振に打ちとり、佐々木投手が「お前のリード(球種の選択)は正しかったよ」の仕草をしました。後日、佐々木投手は松川捕手のリードを「オシャレ」と表現しました。橘郄審判は元プロ野球選手です。同じ捕手として、松川捕手をどう感じましたか?
橘郄 すごいなと思いますよ。前述のとおり、開幕カードで(最速164キロ、150キロに迫るフォークを)上手に捕るのを、捕球がよく見える二塁塁審として見ていました。大学出身 の捕手か社会人出身の捕手かと思ったくらいです。完全試合の試合もワンバウンドになるフォークを止めていました。球審としても投球を見やすい構えで、いい捕手だと思います。
── 三回り目。このあたりから、球場全体が大記録を意識し始めました。7回表無死、1番・後藤駿太選手(現・中日)に対して、唯一の3ボールになりました(ボール、ボール、ボール、158キロ見逃しストライク、158ストレートをライトフライ)。
橘郄 その時点で完全試合が継続中だったことは私自身、認識していました。どちらかのチームの肩を持つということではなく、正直、心の中では「ストライク来い」と思いました。
── それは球場にいた全員が思っていたかもしれませんね。最終打者・杉本裕太郎選手を迎えた時の球場の雰囲気をどう感じましたか?
橘郄 9回先頭打者から、明らかに普通の状態ではなかったです。まるで優勝決定試合の「このイニングで優勝が決まる」という時にも似た、ざわつきがありました。この試合は6対0と大差もついていたことから、球場全体のお客さんが完全試合の瞬間を経験したいような雰囲気でしたね。最終打者になった杉本選手への初球、ストライクのコールから、ざわつきがさらに大きくなりました。
── 全105球。ストレート64球(最速164キロ)、フォーク36球、カーブ3球、スライダー2球。1試合19奪三振の野田浩司投手(オリックスほか)が解説していましたが、「ベース板を外れるフォークを打者が飛びついて振りにいくのだから、相当キレがいい。四球がないのだから、相当コントロールがいい」と。
橘郄 すべての球種に関してキレがよかったです。プロの打者がワンバウンドを振りにいくのだから、よほどキレがよかったのだと試合後にあらためて思いました。ストライク率がどのくらいか、気になりますね。(全105球中、ボール球は23球、ストライク率は78パーセント)。
【試合後の感想は「無事に終わった」】── 完全試合の瞬間、どう思いましたか?
橘郄 最終打者は空振り三振。「試合終了。無事に終わった」という安堵感がまず球審としての最初の思いでした。次に「(佐々木投手)完全試合、やっちゃったよ。すごいな」という感想でした。球場内の歓声もすごかったですしね。試合終了後、審判控室で塁審を務めた人たちと「完全試合、すごい球だったね」という話をしました。私は選手個々の記録達成に感情的にならないほうなのですが、1994年の槙原寛己投手(巨人)以来、じつに28年ぶりですものね。夜、スポーツニュースでも試合を振り返りました。
── この試合以後、佐々木投手の登板試合にマスクをかぶることはありましたか? 完全試合の日と比べて、投球内容の変化は見られましたか? スライダーを増やしたようですが......。
橘郄 5月13日のオリックス戦(京セラドーム)で佐々木投手が7回7奪三振1失点で4勝目を挙げた試合、私は再び球審としてジャッジしました。完全試合の投球を10とすると、その日は9とか8以下に力を抑え気味だった気がします。逆に言えば、完全試合の日は、ものすごくよかったということでしょう。
── 通算3001試合出場の橘郄審判がジャッジした記憶のなかでも、五指に入る試合だったと思います。今後、佐々木投手に期待することは?
橘郄 1985年ウエスタン・リーグの阪急戦で審判員として初出場した試合、一軍初球審の試合、2003年に日本シリーズ(阪神対ダイエー第4戦/甲子園)で初球審した試合とともに、自分の胸と脳裏に刻まれることと思います。佐々木投手が再び完全試合やノーヒット・ノーランを達成するか否かは別として、今後も剛球を投じ、プロ野球ファンを魅了してもらいたいです。