これから自動車産業はどう変わっていくのか。経営コンサルタントの竹内一正さんは「トヨタは2030年までにEVを350万台生産すると発表したが、この目標はテスラの約10分の1にすぎない。もっとEVシフトを加速しなければ、市場の変化に取り残される恐れがある」という――。
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■EVの主役はバッテリーになる

EVコストの約3分の1はバッテリーコストが占める。しかし、クルマにおいて、たったひとつの部品がここまで大きなコスト比率を占めることは今までまったくなかった。

約3万点の部品で作られるガソリン車と比べ、EVは約2万点の部品といわれ、つまりEVになれば部品の約3分の1が不要となり、なおさらバッテリーが重要な地位を占めることとなる。

トヨタは2030年にEVを350万台生産する計画だ。21年12月に発表したEVへの投資額は、30年までで総額4兆円となる。これを受けて、EVに後ろ向きといわれてきたトヨタが「EVに本気になった」という受け止めもあるが、本当にそうだろうか?

■テスラが掲げた生産目標はトヨタの約10倍

米テスラのCEOイーロン・マスクは、2030年までにリチウム電池3000GWhの生産能力を作り上げる計画を発表している。これはテスラ車で3000万台分以上に相当する。一方、トヨタのリチウム電池生産能力は、最新(22年8月)の発表では「30年時点で320GWh」だ。

つまり、テスラの3000GWhの約10分の1でしかなく、それでは先行するテスラを追撃するのに十分な量とは到底思えない。

なるほど、イーロン・マスクの発言は話が大きくなりすぎるという批判がある。約5兆円ともいわれたツイッター買収問題で世間を騒がせた前科は記憶に新しい。

しかし、テスラの最初のEV「ロードスター」を08年に出荷してから、わずか13年間でEV出荷台数を約1万倍にし、時価総額ではトヨタを抜いてテスラを世界一の自動車メーカーにしたイーロンの桁違いの実績は無視できない。

そのテスラの成功の根底にはバッテリーを大量生産するギガファクトリーの存在があった。「EVの出荷台数は、電池の生産量に依存する」と早くから見抜いていたイーロン・マスクは米ネバダ州を皮切りに、上海、ベルリン、そして、米テキサスに巨大電池工場ギガファクトリーを他社に先駆けて次々と建設し、電池供給量を大幅に増やしてきた。

■自動車メーカーと部品メーカーの力関係が変わる日

トヨタなど大手自動車メーカーが自動車産業の頂点に立ち、1次下請け、2次下請けなどの部品メーカーに仕事を与えるピラミッド構造は、長年にわたり多くの雇用を生み、日本の経済を支えてきた。

だが、そのピラミッドは、自動車メーカーと下請けの部品メーカーとのあからさまな力関係を生み出してもいた。下請け企業は自動車メーカーから出された図面通りに部品を作り、自動車メーカーから要求されたコストを達成しないと取引はできなかった。そうした下請け企業に対し、「利益を出す余裕があるなら、その分、コストを下げろ」と自動車メーカーは要求し、自動車メーカーがコストを吸い上げる構造が常態化していった。

ガソリン車でもハイブリッド車でも開発の主導権を握り、思いのままに下請けサプライヤー企業を操ってきたトヨタは、EV開発でも主導権を手放す気はない。しかし2030年、トヨタが320GWhのバッテリー全てを社内だけで製造する可能性は低く、中国CATLや韓国LGエナジーなど外部のバッテリーメーカーに依頼すると考えられる。

その場合、トヨタは自社のEVに最適の技術仕様をバッテリーメーカーに提示して電池を作らせることとなる。トヨタの設計仕様どおりに下請けメーカーに部品を生産させるのは、これまでトヨタがやってきたケイレツ管理手法と同様だ。

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■トヨタがバッテリーメーカーに対して優位な立場に立つのは難しい

しかし、EV用バッテリーではここで問題が起きる可能性が高い。

CATLなどの大手バッテリーメーカーは、自分たちが標準で作っている電池仕様で大量生産したいと考えるだろう。なぜなら、そのほうがコスト力もあり、品質も納期も問題なく対応できる。それはトヨタに対してだけでなく、どの自動車メーカーにでも標準の電池仕様で量産したいと考えるのは当然だ。そのため、トヨタがいままで通りのやり方でバッテリーメーカーと付き合うことになれば、ある程度の衝突が起きても不思議ではない。

このとき、もしトヨタのEV販売量が世界一なら、バッテリーメーカーはトヨタ仕様での電池生産対応を喜んで受けるに違いない。だが、2030年で年間350万台程度のEVしか作れないトヨタでは、バッテリーメーカーはそれなりの対応しかしないだろう。しかも、「コストはもっと下げろ」、納期は「ジャストインタイムでキメ細かく納品しろ」と販売台数世界一を誇ったガソリン車時代のようにうるさい注文を付けるなら、バッテリーメーカーは果たして取引に応じてくれるだろうか。

なんといっても、EV用バッテリーは引く手あまたとなっていて、電池の売り先は他にいくらでもある。かくして、自動車メーカーとバッテリーメーカーとの力関係は、かつての下請け会社との関係性のような主従関係にはなりえず、対等あるいは下剋上のような関係性になると考えられる。

■「EVでは、電池がクルマの価値を決める」

世界的な半導体不足で自動車メーカー各社は工場停止、減産を余儀なくされた。その結果、自動車メーカーは半導体メーカーに対しこれまでしてこなかった特別対応を迫られた。

従来、自動車用の半導体調達は、「ティア1」と呼ばれる自動車メーカーに直接納品する1次サプライヤーが行ってきた。そのために、自動車メーカーは半導体の生産からサプライチェーンに至る詳細を理解せず、半導体事業のリスクを共有する姿勢はなかった。

しかし、半導体不足は状況を一転させた。半導体製造の世界最大手である台湾積体電路製造(TSMC)のCEO魏哲家は「半導体不足が深刻化するまで自動車業界の幹部から電話をもらったことは一度もない」と最近のイベントで語っていた。ところが、半導体不足が深刻化すると「まるで親友のように電話がかかってくるようになった」と皮肉った。自動車メーカーは、“半導体”をティア1の陰に隠れた部品のひとつとしか見てこなかったということだ。

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2022年8月18日、中国南京市で行われた世界半導体会議2022のTSMCブース - 写真=CFoto/時事通信フォト

半導体の重要性を痛感した自動車メーカーはこれまでの姿勢を改め、慌てて半導体メーカーと直接交渉をするようになったと聞く。

だが、EVでのバッテリーは半導体より桁違いに重要な部品となる。

EVのコストも性能も、バッテリーが決めると言って良いだろう。EVシフトを加速するフォルクスワーゲンの前CEOであるヘルベルト・ディースが電池工場「SalzGiga(ザルツギガ)」の起工式で「EVでは、電池がクルマの価値を決める」と語った言葉が象徴している。

■いまの状況は、PCメーカーとマイクロソフトの関係に似ている

自動車メーカーは長年にわたって自動車産業の頂点に君臨してきたが、EV時代にはその王座がバッテリーメーカーに取って代わられるかもしれない。それはまるでPC時代の覇権争いとダブって見える。

PC時代において、黎明(れいめい)期ではPCメーカーが主役だったが、一般に普及していくに従ってコモディティ化し、主役の座から転げ落ちた。そして、OSを握ったマイクロソフトと、CPUを牛耳ったインテルが主役の座を射止め、大儲けをした。EV時代が本格化すれば、クルマはコモディティ化し、自動車メーカーはかつてのPCメーカーと同じように主役の座から転落する可能性は大いにある。

トヨタがバッテリーメーカーに頭を下げて取引を乞う日が来るかもしれない。その時、ピラミッド型だった日本の自動車産業が根底から覆る。そうならないために、世界の自動車メーカーはスピーディーでスケールの大きいバッテリー戦略で主導権を奪われないよにとしている。

慎重な経営姿勢で「石橋を叩いても渡らない」と揶揄(やゆ)されたことのあるトヨタだったが、石橋どころか、いまにも壊れそうなボロ橋でも、「橋があるなら、猛スピードで駆け抜けてしまう」ような姿勢がグローバルなEV戦国時代には必要なのだ。

そして、それはトヨタや日本の自動車メーカーだけでなく、「失われた30年」で企業の内部留保を貯めることしか能のなかった多くの日本企業に共通する宿題でもある。

■日本でEV化が進まない理由

欧米中で進むEVシフトの流れがなかなか日本で進まない原因は、日本の大手自動車メーカーにある。トヨタをはじめとする日本の大手自動車メーカーはハイブリッド車を得意としているが、そのハイブリッド車は欧州・米国・中国では販売禁止となる見込みだ。

振り返ると2021年1月、菅義偉首相(当時)は「2035年までに電動車を100%にする」という目標を発表した。この「電動車」にはハイブリッド車が含まれていた。海外では販売禁止になることが固まっているのに、なぜ日本政府はこんな方針を立ててしまったのか。そこには大手自動車メーカーの意向が働いたと考えられる。

竹内一正『イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを超えたのか』(PHPビジネス新書)

この発表に先立つ2020年12月、日本経済新聞電子版に「車大手『HVは残して』と要請」という記事が出ていた。

この記事によると、経済産業省は2030年代半ばに国内でガソリン車の新車販売をなくすことを検討していた。そこにトヨタなど大手自動車メーカーが「HV(ハイブリッド車)を排除しないようアピールした」というのだ。前述した菅首相の発表の裏にはこうした動きがあった。

だが、新たな変化を受け入れず、大手自動車メーカーという既得権者のご都合に合わせていては、日本経済の未来は描けない。

日本の自動車、家電、半導体が世界をリードできた最大の要因は、新たな変化を受け入れ積極的に対応してきたからだ。ここで変化に挑む姿勢を失えば、失われた30年が、40年になってしまうだけだ。

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竹内 一正(たけうち・かずまさ)
経営コンサルタント
1957年生まれ。徳島大学大学院工学研究科修了。米国ノースウェスタン大学客員研究員。松下電器産業(現パナソニック)に入社。PC用磁気記録メディアの新製品開発、PC海外ビジネス開拓に従事。その後アップルコンピュータ社にてマーケティングに携わる。日本ゲートウェイを経て、メディアリングの代表取締役などを歴任。シリコンバレー事情に精通。現在、コンサルタント事務所「オフィス・ケイ」代表。著書に『イーロン・マスクはスティーブ・ジョブズを超えたのか』(PHPビジネス新書)、『TECHNOKING イーロン・マスク 奇跡を呼び込む光速経営』(朝日新聞出版)、『アップル さらなる成長と死角』(ダイヤモンド社)などがある。
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(経営コンサルタント 竹内 一正)