イギリス爆撃機トリオ「3Vボマー」で唯一のデルタ翼。

アメリカの強固な防空網を突破しニューヨーク上空を飛行

 1952(昭和27)年の8月30日。イギリスのアブロ社が開発したジェット戦略爆撃機「バルカン(ヴァルカン)」が初飛行しました。

「バルカン」は、ヴィッカース製の「ヴァリアント」、ハンドレページ製の「ヴィクター」とともに「3Vボマー」と呼ばれることの多い機体です。これは3機種とも名前がアルファベットの「V」から始まるため。これらはイギリスの核戦力の一端を担う軍用機として同時期に開発されています。


イギリス空軍のアブロ「バルカン」爆撃機(画像:アメリカ国防総省)。

「3Vボマー」のなかで唯一、水平尾翼のないデルタ翼形状を採用したのが「バルカン」です。当初は垂直尾翼すらない無尾翼機として計画されましたが、後に垂直尾翼は備えるようになりました。なお胴体中央部と主翼が一体構造となった大きなデルタ翼であるため機体構造が頑丈で、「ヴァリアント」や「ヴィクター」よりも低空侵攻能力に優れているという特徴も有していました。

 この優れた低空侵攻能力が存分に発揮された例が、1960(昭和35)年に行われたスカイシールド演習での出来事です。このとき「バルカン」は仮想敵機としてキューバを発進したソ連爆撃機に扮しましたが、レーダーにキャッチされないよう電子攻撃(ECM)をかけつつ低空を飛行したことで、なんとアメリカの防空網を突破してニューヨーク上空への進入を成功させてしまったのです。

 ほかにも「バルカン」は、デルタ翼構造に起因する副次的な効果として、特定の角度では機影がレーダーに映りにくいというメリットも持ち合わせていました。

「ヴィクター」11機の支援で往復約1万2000kmを飛行

 のちにイギリスが国防戦略の方針転換を図り、核戦力の主軸を潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)に置き換えたことから、維持運用コストのかかる大型戦略爆撃機3機種は退役または運用形態の変更が図られます。「ヴァリアント」は全機退役、「ヴィクター」は空中給油機や写真偵察機に転用されましたが、「バルカン」は戦術爆撃機に役割が変わっただけで、引き続き爆撃機として運用が継続されました(一部の機体は空中給油機へ転用)。

 そういったなか、1982(昭和57)年に起きたフォークランド紛争で「ヴァルカン」は、爆撃機としての本来任務である長距離爆撃任務に就きます。「ブラック・バック」と呼ばれたこの作戦は、南大西洋の中央にあるイギリス領アセンション島から長駆約6300kmを飛行し、フォークランド諸島に展開するアルゼンチン軍を攻撃し、戻ってくるという壮大なものでした。


イギリス空軍のアブロ「バルカン」爆撃機(画像:アメリカ国防総省)。

 往復約1万3000kmを飛行する「バルカン」爆撃機1機(ほかに予備機1機)をサポートするために「ヴィクター」空中給油機11機が用意されましたが、こうした大掛かりな支援により7回行われた作戦中、5回の爆撃任務を成功させています。

 その後、後継となる「トーネード」攻撃機や新型の「トライスター」空中給油機の充足に伴い、「バルカン」は1984(昭和59)年3月に全機退役しました。

 ただ、前出したような実績から、退役後もイギリス各地に約30機が保存展示されており、うち2機は地上滑走可能な状態で維持されているそうです。