パワハラ上司から離れた後も「普通に眠れるようになるまで、半年から1年ぐらいかかりました」とゆりなさん(仮名・31歳)は語ります(写真:miya227/Getty Images Plus)

ブラック企業という言葉が定着して久しい日本社会。ネットで検索すれば「ブラック企業の見分け方」「ハラスメントへの対応の仕方」「過去の裁判事例」などを知ることができる。一方で「ハラスメントを受けた人の、その後の人生」が詳しく語られる機会は十分に存在するだろうか。

「ハラスメントが原因でうつ病を発症した」「働くことが怖くなり、経済的に困窮した」「夢見た業界を離れたことに、後悔を募らせている」……そんな人は、決して少なくないだろう。"加害者から離れたから終わり"ではないのだ。

そこで本連載では、ハラスメント被害者のその後に注目。被害者へのケアのあり方について考えていく。

話を聞いたのは、IT企業でパワハラの被害に遭ったゆりなさん(仮名・31歳)。上司による壮絶かつ陰湿なパワハラ、それを把握しつつ対策を取ってこなかった会社側の問題が浮き彫りになった前回に続き、今回は「ハラスメントによる後遺症」や「被害者ケア」などについて聞いていく。

パワハラ後に生じた「後遺症」とは?

――ゆりなさんは以前在籍していた会社で、上司から「衆目が集まる中、大声で罵倒される」「あなたのせいで会社の空気が悪くなって観葉植物が枯れたと責められる」「事あるごとに『会社のお金をドブに捨てている』となじられる」などのパワハラを受けてきたということでした。

パワハラを受けた結果、被害の記憶が焼きついたり、ふとぶり返したりして、生活に困難を抱えている方もいらっしゃいますが、ゆりなさんはいかがですか?

振り返ってみて思い出したんですけど、退職してから2〜3年はあの頃の記憶に悩まされていました。トイレで手を洗っている時、鏡越しに人が入ってくるのが見えて、それが元上司と似たロングヘアで背の高い女性だとびくっと体が硬直してしまうことがあったり。

あとは睡眠の問題。まず、在職時は毎日2〜3時間しか眠れていませんでした。私はもともとストレスが睡眠に影響しやすい体質で、だから職場のストレスだけが原因だったとは思わないですが、それでも普通に眠れるようになるまで、退職してから半年から1年ぐらいかかりました。

でも、そういう話で言うと、私はけっこう当時の記憶が飛んでいるというか、曖昧な部分が多いんですよ。さっきお話ししたことはあまりにも極端なエピソードなので覚えていましたけど、逆にこれまでに話したこと以外だとあんまり思い出せなくて。

――これまでの聞き取りでも、記憶が鮮明でなかったり、主観的に歪曲しているかもと負い目に感じたりして、被害体験が語られにくい状況はありました。長時間労働のせいで朦朧としていて記憶が定かでないというケースもあります。

あとは、私はパワハラによって病名がつくようなレベルで体調を崩したり、通院したりということはないので、少し気が引けるところがあります。だから今回の取材でも「私レベルでも話していいのかな?」という思いはあるんです。

――本連載はパワハラによる心身へのダメージを主軸にしていますが、扱うのは疾患として顕在化しているケースに限定しないことにしています。具体的な症状として表れていないからといって、傷ついた度合いが「大したことない」わけではないという観点を大事にしたいからです。

でも、それもそうですよね。同じだけのダメージを受けても、いろんな要素が複合的に関係しあって、結果としての反応はそれぞれになりますよね。

パワハラ中、自分を守るためにしていたこと

――では、パワハラを受けていた時期、何か自分のケアのためにしていたことはありましたか。

友達に話してはいましたね。でも、それ以外で特に何かしていたというわけではなかったと思います。

――ハラスメントを受けていることを周囲に相談できず孤立してしまうケースは多いですが、ゆりなさんはそうではなかったと。

はい、友達付き合いは好きですし、家族仲もいいです。もともとなんでもおもしろおかしく受け止める性格なので、当時の職場で自分に降り掛かっていたいろんなことを「おもしろ話」として話していましたね。

私はつらいことをそのままつらいこととして話すのが苦手で、「これは笑い話として話せるな」と思ったら人に言う、そうでなければ言わないで済ませてしまうことが多いと思います。笑ってほしいと思って話すと友達が笑って聞いてくれたので、当時はひとりで抱え込んでいるという気持ちはなかったですね。

――とはいえ、「それって笑って済ませていい話かな?」と踏み込まないことにはケアに繋げられない場面もあるかと思います。

それは本当にそうですね。

――この連載の第1回で取材したハラスメント被害者支援NPOの代表・今野晴貴さんも、「支援窓口に来る前の段階には介入できない」「周囲の人が追い込まれているサインに気づいたら、支援窓口へ向かう背中を押してあげてほしい」とおっしゃっていました。

そうですね。私も他人が自分のように笑い話として話していたら、それはやっぱり気になります。実際、友達にパワハラに関する相談を笑い話のような態度でされた時は、自分がそうしてしまいがちだからこそ、「それって笑って聞いていい話? 無理に笑い話にしなくてもいいんだよ?」って伝えていますね。ときには踏み込むことも必要だし、それができる人にしか獲得できない信頼はあると思います。

ハラスメント被害者へのケア認知拡大に向けて

――ここまで過去の自分を振り返って、どのようなことを思いますか?

そうですね……過去の自分に対して、どういう言葉をかけてあげればいいかわからないですね。

私自身、上司が意図的にパワハラしていたと知るまで、ハラスメントだとちゃんと認識できていない部分があったので、当時の自分に「あなたはハラスメントを受けている」という前提で話したとしても噛み合わなかったかもしれません。

それに、今でもそういうシリアスな話をシリアスなまま友達に伝えるのは苦手だと思います。話すことはできるけど、「相談」っていう感じにできないというか。

――当時、ご家族には話されていましたか?

はい。親は心配してくれていたんですけど、転職を促されるのがつらくて。転職活動をして、今より条件のいい会社に行けるとも限りませんし、その気後れが本当に大きな壁になっていました。

親以外にも、この人は「辞めちゃいなよ」って言ってきそうだなと思う友達には仕事の話ができませんでしたね。

――今、自分が置かれている環境がまともでないことは自分でもよくわかっている、だからといって変化に迷いなく踏み出せるわけではない、と。

働いてる自分が一番よくわかってるんですよね、いい環境じゃないっていうのは。ただ、そうは言っても転職のことを考える気持ちの余裕がないし、すべてを失ってしまうんじゃないかっていう恐怖をないことにはできない。

――異なる意見をぶつけられるから、相談することが億劫になり、誰にも言わなくなり、かえって孤立してしまう。親であれば世代間での仕事に対する考え方の違いもありますし、相手に専業主婦/主夫の経験しかない場合、働くということ自体のイメージにすれ違いが生じる。

軽い感じで「辞めちゃいなよ」と言われるのもつらかったですし、「大丈夫だよ! 気にしないで働き続けてればきっとよくなるよ!」 みたいなことを言われるのも、それはそれでつらかったです。

――お話を伺って、つくづく相談に乗るということは本当に難しいのだなと感じます。

本当に難しいですよね。私自身も、相談を受けてなにか言葉をかけてみても、「これでよかったんだろうか」って不安になります。

ハラスメント被害者の「周りの人」は何をすべき?

――この連載では、被害者を取り巻く第三者がどう助力していけるかについてもフォーカスしているのですが、当事者としてはどうお感じになりますか?

難しいですね……励ますにしたって安易に背中を押したくない。責任を負えないですし。

ただ、友達が何人かいる中から私を選んで相談してくれた、あるいは他にも何人か相談をしているうちの1人である私の意見を聞いているわけなので、いずれにしても、変に忖度しない私の考えを聞きたいんだと思うんです。だから、あくまで私はこう思うよ、という前提で、自分が思うことを率直に話すのが、結局一番いいのかなと思います。

――なるほど、ありがとうございます。

ちなみに、元上司はつい最近退職したそうです。


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あらゆる引き継ぎ事項を引き継がず、彼女しか持っていない権限を移譲せず、資料の在り処も知らせず、倉庫の鍵も持ったままいなくなってしまって、社内が大混乱になったらしいんです。

それにしたって彼女が重要な存在だったからではなく、適切な情報共有を怠ってきた彼女の不手際によるものなんですけど。何せ大騒ぎで、結局倉庫は力ずくで扉を壊してなんとか開けるしかなかったそうです。

次の職場では社歴ゼロから再スタートだから、私にしたみたいな仕打ちをまた別の人にはしにくいかもしれませんけど、過去の過ちを顧みて自ら辞めたわけではないので。またどこかで同じようなことをするかもしれないと思うと、なんともやり切れない気持ちです。

本連載では、お話を聞かせてくださる、ハラスメント被害者の方を募集しています。パワハラ、セクハラ、モラハラ、アカハラ……など種別は問いません。応募はこちらからお願いします。(ヤフーニュースなど外部サイトの方は、お手数ですが東洋経済オンラインをご覧ください)

(ヒラギノ 游ゴ : ライター/編集者)