※この記事は2021年07月16日にBLOGOSで公開されたものです

スマートフォンの普及からおよそ10年。

コロナ禍に国のデジタルシフトも相まって、若者を中心にスマホを触る時間はますます増えるばかりだ。

一方、スマホの触りすぎによる集中力の低下や精神的な不安の増加、睡眠障害といった負の側面を指摘する声も増えつつある。

2020年11月に日本語翻訳版が上梓された『スマホ脳』(新潮社)の著者アンデシュ・ハンセン氏も「スマホ中毒」の危険性を訴える1人。

スウェーデンで精神科医の傍らメディア活動にも力を注ぐハンセン氏がスマホの悪影響を指摘した同書は、累計50万部を突破し、2021年上半期ベストセラーランキング「新書・ノンフィクション部門」(日本出版販売・トーハン・オリコン)で1位となるなど注目を浴びている。



人類が経験したことがないこのデジタライゼーションという革命に、我々はどのように対処すれば良いのか? ハンセン氏に話を聞いた。

スマホ登場によって変化する社会に「問い」を投げかけたかった

ーー『スマホ脳』はいま日本でもベストセラーになっていますが、精神科医として活動されるハンセン先生が今回、スマホと脳科学に着目したのはなぜでしょうか。

現代人は、当たり前のように5~7時間もの時間をスマホにさいています。睡眠や仕事の時間を除くと、ほぼ全ての時間と言ってもいいかもしれません。

この生活の変化は、スマホの登場からたった10年で起きた出来事です。20万年の人類史上でも、極めて短い期間に起きた大変化で、この変化が人間の集中力や記憶力、幸福感(Well-Being)に関してどのような影響を与えるのかを科学的に検証したいと思ったのが執筆のきっかけです。

ーー脳科学という分野ではつねに新しい発見や仮説が生まれています。本書執筆にあたってはどのように信頼できる情報を選別されたのでしょうか。

脳についての研究は日進月歩の世界で、いまこのインタビューを受けている間にも新しい論文が発表されています。

とくにデジタルにまつわる研究はあまりに新しい分野で、適切な情報を探すのが難しいのが実情です。そのため、複数の研究が同じ結果を示しているデータを中心にピックアップするようにしました。

また、今回の書籍に関しては、「答え」ではなく「問い」をまとめるよう意識しました。

正直な話、この領域の研究は、デジタルの急速な変化に研究が追いつけていません。

現時点での答えを提供するのではなく、粗削りでもいいので新しい社会に対する問いを投げかけ、議論を活発化させたいと思いました。

電子書籍よりも紙の本が効率的?スマホに対応できない人間の脳

ーー著書では「人間の脳はデジタル社会に適応していない」と書かれています。私たちはスマホを使いこなしているように感じていますが、実際はそうではないということでしょうか。

デジタルと集中力にまつわる研究は大量に存在します。たとえば、紙の本を読んだグループとデジタル(PDF)で本を読んだグループに分け、本の習熟度を調べた研究では、書籍の全体像についても、細かな詳細についても、紙の本を読んだグループがよく記憶していたという結果が出ています。

このような研究は何年も繰り返し行われていますが、この間に、紙の本の機能が改良されているわけではありません。一方、デジタルデバイスには多くの機能が付与され、それが原因で私たちの集中が阻害されてしまっているのです。

ーー紙よりもデジタルの方が効率が悪くなるのですね。一見便利なようにも思えるデジタル機器を使うことで、むしろネガティブな影響が出てしまうのはなぜでしょうか。

我々の脳は、もともと注意散漫になるようプログラムされています。祖先がサバンナで生きていた時代には、「つねに周囲を確認し、ほかの事に気を取られること」は、外敵からの危険から速やかに避けることを意味し、生存確率を上げる立派な能力でした。

私たちが、デジタル機器を使う際につい気を散らしてしまうのは、先祖がサバンナで生き延びるために身につけた生存本能です。

この生存のための「脳のプログラム」がデジタル機器にハックされていることが集中力に悪影響をもたらす一つの理由だと私は考えています。

私たちの生活と脳は、この1万年でほとんど変化しておらず、ライフスタイルに変化が起きたのはつい最近のことです。

それゆえに現代社会とのバグがいたるところで発生していると考えています。

社会に影響を与える責任をLINEは自覚するべき

ーースマホの存在はライフスタイルだけではなくビジネスの面でも大きな影響を及ぼしています。たとえば、米国の巨大デジタル企業の代表格であるGAFAは、スマホを駆使して急成長を遂げていますが、こうした現状についてはどのように捉えていますか。

SNSはまさに人間の自然な衝動をハッキングしたプロダクトです。

たとえば、20億人もの人が毎日30分以上使うフェイスブックの創業者マーク・ザッカーバーグは、「周囲のことを知りたい」という人間の欲求をネットワーク化することに成功しました。

彼らのビジネスモデルは、あなたの時間と注目を集め、全世界の広告マーケットに売りさばくというものです。そのためフェイスブックは、ユーザーがなるべく長く滞在するよう、あなたの注目をハックすることに躍起になっているわけです。

ーーこのインタビューが掲載されるBLOGOSはLINEが運営しています。まさに先生が警鐘を鳴らすスマホやSNSを手がける企業ですが、こうした企業はビジネスと倫理の面でどのような責任を持つべきなのでしょうか?

営利企業として利益を上げる必要がある以上、白黒ハッキリできる問題ではないと思います。すでにデジタルプロダクトは、道路や橋と同じで社会を形作るインフラの役割を担っています。

一方、あなた方が手に入れた情報やニュースをどのように使うのかで社会が良い方向にも悪い方向にも転ぶ可能性があります。LINEの影響力が絶大であること。そのことを社員ひとりひとりが心得ておくことが重要です。

グローバル規模で長期的に見ると、人の時間・注目を集めすぎることで問題が生じることは間違いありません。企業に対して自ら倫理感を持ってもらうよう働きかけるのか、グローバルでルールを設けるべきなのか、答えは分かりませんが、今後さらなる議論が必要になるでしょう。

人間の集中力が"最強の価値"となる皮肉

ーーハンセン先生は大学で経営学修士(MBA)を取得されています。その観点から経済面でスマホがもたらす変化をどう見ていますか。

労働市場の形態が大きく変わるでしょう。いまや、多くの仕事がAIやコンピューターに置き換わっています。そのため「なにかに集中する」という能力の価値が高騰していくと予想されます。

AIやコンピューターでは代替できない人間の集中力が生み出す分野こそが、生身の人間が携わるべき領域となるのです。しかし皮肉な話ですが、いま多くの人たちがデジタルに集中力を阻害されているのが実情です。

スマホ依存からの脱却は「視界に入れるな」そして「運動せよ」

ーー「集中」こそが人間の価値となるなかで、それができない。デジタルにその力を奪われてしまう…。私自身もスマホ離れができず、時に仕事の集中が妨げられてしまいます。スマホ依存から脱却する解決策はあるのでしょうか。

ひとつは、スマホを視界から遮断することです。仕事や学習中にはカバンやデスクに入れる、寝室にスマホを持ち込まないというルールを決めるだけで、スマホ中毒から解放されます。

もうひとつは運動です。多くの研究で、1日数十分の運動によって集中力が高まることが証明されています。スマホによって注意散漫になるのではなく、ぜひ定期的な運動で脳をハックし、集中力を取り戻してください。

ーー日本でも多くの方があなたの書籍「スマホ脳」を読んでいます。最後に、一言メッセージをお願いします。

遠く離れた日本で大きな反響が得られたことはとてもありがたいことだと思います。と同時に、スマホの問題をより強く意識していただき、私の本がこれからの議論のきっかけになると嬉しいですね。

※ ※ ※

『スマホ脳』著者プロフィール
アンデシュ・ハンセン(Anders Hansen)

精神科医。ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学を卒業後、ストックホルム商科大学にて経営学修士(MBA)を取得。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。前作『一流の頭脳』は人口1000万人のスウェーデンで60万部が売れ、その後世界的ベストセラーに。

聞き手プロフィール
小林エル

ライター。広告代理店に勤める傍ら、その知見を活かしマーケティングやビジネストレンドを中心に執筆。ニュースレターやブログでも精力的に発信活動を行う。