※この記事は2018年03月06日にBLOGOSで公開されたものです

藤井聡太六段の「29連勝」という前人未踏の新記録樹立。加えて羽生善治竜王の「永世七冠」と、"前代未聞の出来事"ばかりが起こる2017年度の将棋界。年度末に「トドメはこれか!?」ということが、将棋盤の外側で起こりました。

メンズファッション誌「smart」の付録がまさかの将棋

2月末に発売された「smart 4月号」。「メンズファッション誌No.1独走中!」を銘打つ宝島社の雑誌の付録が『日本将棋連盟監修のポータブル将棋セット』だったのです!誌面でも駒の動かし方や棋士の紹介など、将棋特集が組まれています。

smart(スマート) 2018年 4 月号
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宝島社 (2018-02-24)
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この異色の付録についてsmart編集部は、ホームページで、

"将棋はポケットサイズなので、ビッグシルエットの春アウターのポケットにこっそり忍ばせて、お友だちと遊んだり、彼女やご家族に将棋を教えてあげてもいいと思います。 "

とコメントしています。

「羽生善治七冠王」が誕生した1996年、私は高校1年生でしたが、当時人気だったファッション誌「BOON」や「COOL TRANS」「東京ストリートニュース!」に将棋の付録が付いてきたという記憶はありません!なんだかんだで「羽生七冠王ブーム」の時は「将棋はおじさんのもの」「羽生さんだけ特別」という雰囲気があったのかも。2018年、いよいよ将棋界の盛り上がりは"未知の局面"に入ってきたのではないでしょうか。

盤の大きさは13センチ×13センチ。まさにポケットサイズ。駒はとても小さく、スペアの駒がないため紛失しないように気をつけなければいけません。駒を紛失した時は「仕方なく簡易の駒を自作した小中学生時代」を思い出す方もいるのでは。

駒の取り外しは手だけで驚くほど簡単。盤をパカッと開くだけで、駒を並べれば対局をはじめることができます。この盤と駒は、駒の文字が小さすぎて読めないかもしれないおじいちゃん・おばあちゃんや、モノをなくしがちな子供の「祖父母と孫」には向かないので、別のもののご購入をオススメします。

しかし、「smart」読者の若い年齢層にはジャストサイズ。ポケットから、バッグからおもむろに盤と駒を取り出し…

「おい、将棋打てるのかよ?」
「将棋は『打つ』じゃなくて、『指す』ね。」
「よく知ってるな~。俺、小学校の頃強かったんだぜ。」
「私は最近覚えたばかりで、普段はスマホアプリで勉強してるの。」
「よし、じゃあ打っ…、いや、指してみようぜ!」

なんて会話が成立するかもしれません。

時間を制限しての対局もオススメ

この盤と駒を使って遊ぶ際にオススメしたいことが1点。指す手を考える時間を無制限にしていると、あまりに夢中になりすぎてしまい、その日の遊びが「将棋だけ」で終わる可能性があります。

なので、たとえば「お互いに考えられる時間は10分。どんな局面であっても10分を先に使い切ってしまった場合は負け」というルールを決めます。そして、本来であれば「チェスクロック」という対局用の時計を使って時間の消費を見ていくのですが、こちらはsmartの付録にはついていません。

今後、どんなに将棋ブームが拡大したとしてもチェスクロックが付録につくことはないと思います。そこで使いたいのがスマホのストップウォッチ機能。「指したら自分のスマホのストップボタンを押す」という形で指してみるのはどうでしょう。

また、10分使い切った場合は「1手30秒ルール」などを設定し、友達に残りの秒を読み上げてもらうとプロ棋士気分が味わえます。将棋のルールや駒の動かし方は「smart 4月号」に掲載されているので安心です。

「将棋界を立て直す」若手の努力が実を結んだ

竜王獲得経験のある実力者・糸谷哲郎八段は、2006年、四段時代に優勝した「新人王戦」の表彰式において「今の将棋界は斜陽産業。僕たちの世代で立て直さなければと思っている。」と発言し、話題を呼びました。

この発言の真意は「将棋人口の減少を危惧して」というものだったのですが、その12年後には『ファッション誌で将棋の特集が組まれ、ポータブル将棋セットの付録がつく時代』に。傾いていくと思われた太陽は、むしろ南の空で燦々と輝きはじめたのではないでしょうか。

「斜陽産業」発言につながる出来事として世界唯一の将棋の新聞「週刊将棋」の休刊があります。「メディアを取り巻く環境は著しく、その役割を終えたと判断した」として休刊したのは「2016年3月」。

その年の「年末」に藤井聡太六段がデビューし、現在の将棋ブームがはじまりました。もしも今、週刊将棋があったならば、どのような紙面構成にしたのでしょう。おそらく、毎週迷いに迷うはず。それほど現在の将棋界は多方面でにぎわっています。

現在、ネットメディアで将棋関連記事がたくさん投稿されていますが、「どの話題がどれほど重要なのか」を判別する手段がありません。紙面であれば、その話題の扱い(字の大きさ、写真の大きさ)だけでおおよそ見当がつきます。

週刊将棋と同じく紙媒体の「smart」を販売しているのは宝島社。昔から別冊宝島のムックで「キャッチーな将棋特集」を組み、現在も「プロ棋士名鑑」を販売している出版社です。ファッション誌に将棋を展開させるという手法はとても立体的。

「将棋に触れたことのない層」が将棋に触れるだけにとどまらず、「普段、若者の文化に触れる機会のない将棋ファン」である自分が購入し、将棋特集を読み終えた後、他のページをめくることで異なるカルチャーの勉強になった、という面もあります。「将棋の記事から、その記事を読んだ人へのオススメの将棋の記事へ」という流れとは異なる魅力があります。

しかし、「ファッション誌と将棋が無縁か?」というとそんなことはありません。むしろ、「ここまで接近している時代もない」といったくらいです。というのも現在、名人位を2期つとめている佐藤天彦名人は、本質にこだわる男性のためのメンズ・ファッション&クオリティ・ライフスタイルマガジン「GQ JAPAN」の「GQ MEN OF THE YEAR 2017」に選ばれているのです。

佐藤名人は「アン・ドゥムルメステール」というベルギーのブランドを愛用しており、将棋専門雑誌「将棋世界」のタイトル戦直前の心境を聴くインタビューにおいて、そのおよそ1/3を服装に関する回答が占めるほど、ファッション愛に満ちた棋士。

かつて、「ブランド物のスーツを着てタイトル戦に挑戦する棋士」がいるだけで話題になった将棋界ですが、状況は変わってきました。ちなみに佐藤名人は名人戦などのタイトル戦は「和服」で戦っていますが、その和服の色づかいにも「名人の好み・意志」を感じます。

羽生善治竜王のファッションへのこだわりは…

羽生さんのファッションへの熱量はどうなのでしょう?これについては2016年9月、羽生さんの奥さん・羽生理恵さんがツイッターでこんなつぶやきを投稿しました。

将棋×音楽のコラボはどうだ

また、音楽を愛する棋士もたくさんいます。ギターの弾き語りを得意とする佐藤慎一五段。同じくギターを弾き、2016年には電王戦のテーマソング「Transmission」を作曲するなどクリエイティブな一面も持つ西尾明六段。

さらに、6人で行われる名人挑戦プレーオフに残り、将棋連盟の会長もつとめる佐藤康光九段の趣味はバイオリンです。そんな中で、おそらくもっとも音楽通と思われるのが行方尚史(なめかた・ひさし)八段。

若き頃、将棋年鑑のプロフィールに「趣味・フリッパーズギター」の研究と書き、1995年発売の「波乱盤上―将棋界の光と影」という本では「ドアーズばっかり聴いていた」「最近、Tokyo No.1 Soulsetがきている」「アレステッド・ディベロップメントもいいね。」など、当時の小室哲哉ブームやMr.Childrenにまったくノータッチの音楽トークを炸裂。

1998年に発売された宝島社のムック『将棋界王手飛車読本』では、インタビュアーを「ロッキング・オン・ジャパンの音楽ライター」に指定。そこで「レディオ・ヘッド」の魅力や「中村一義を聴きながら対局に向かったことがある」など熱く語り、音楽ライターから「小山田圭吾くんに似てるね」と言われてはにかみ「あと5年若かったらミュージシャンになっている!」と叫んでいた音楽通です。

音楽界には、共通の趣味が「スポーツを見ることと将棋」という吉田拓郎さん、井上陽水さんをはじめ、将棋の「王将」の形のベースを持つTHE ALFEEの桜井賢さん、10年前の時点で「将棋が好きで、加藤一二三九段の喋り方を参考にできないかと考えている」とラジオで語っていたエレファントカシマシの宮本浩次さんなど、将棋好きミュージシャンが存在します。

そこで、ファッションの次は、音楽誌への棋士の進出を願ってやみません。今は将棋専門の月刊誌「将棋世界」が販売されていますが、ここまできたら「将棋の週刊誌創刊」「まさかの週刊将棋復刊!」「将棋とは無縁の雑誌に毎週将棋界のニュースが掲載される」という流れが来ないものかと期待しています。