AV出演強要問題は「肖像権及びパブリシティー権」の保護が重要 - 渡邉裕二
※この記事は2018年02月20日にBLOGOSで公開されたものです
騙されてアダルトビデオ(AV)への出演を強要されたと訴える女性が相次いでいる問題で、新ルールの運用が始まるという。この4月から「契約書」を交わす際の方法が変わるそうで、具体的には「契約書を交わす前にAVについて説明を受けること」などがこと細かく盛り込まれているとのことだ。
実は、こういった「AV出演強要問題」なんてのは今、急に出てきたことではない。正直言って〝今さら感〟さえある。というより、こうした問題があることは分かっていながら「見て見ないふり」。それこそ無策に近い状態だったのだ。それが、急に騒ぎ出すのは…。もちろん時代の流れもあるとは思うが、それ以上に、やっぱり2年後の「東京五輪」に乗じたパフォーマンスの一つのような気がしてならない。そう言ったこともあってか、その新ルールもどこかスッキリしない部分がある。
こういった出演の強要では、過去に私自身も何度か相談を受けたことがあった。
その中で、ある女性の話を例に語りたい。
騙されてAVに出演させられた19歳の少女
その女性は地方出身で19歳になったばかりだった。東京に住んで数ヶ月ぐらい経っての出来事だったと言う。彼女は友人と会うために出かけた渋谷でスカウトマンの男性から声をかけられたそうだ。
「無視しても、断ってもついてくるの。それも、(逃げ込んだ)ドンキ(ドン・キホーテ)の中まで追いかけてくるんだもん。で、仕方なく話を聞くことにしたんだけど…」。
その時のスカウトマンの口説き文句は「グラビアアイドル」だった。
「嫌だったらやめればいいんだから、やるだけやってみようよ。一回、事務所に遊びに来て、詳しい話を聞いてからどうするか決めてもいいんじゃない?」。
そんな緩い語り口に「だったら…」と、後日に事務所に行く約束をした。
そこは南青山のオフィスで、中に入ると所属女優の写真が貼ってあったという。
「見たり、聞いたりしたことのある女優さんの写真もあった」。
しかも、説明の時には「彼女は…」と、その女優の予定や活躍まで聞かされながら「君も…」と説得されたと言う。彼女は「雰囲気的にも悪い気がしなかった」こともあって「体験」としてやってみることにしたそうだ。
すると、その後は「写真撮影に慣れるため」「プロフィル作成のため」と表参道などで写真を撮った。さらに事務所の経費でフィットネスやエステにまで通わせ、デビューに向けてプチ整形までにおわせてきたという。
「体験」を始めて3、4か月ぐらいが過ぎたあたりだった。「経費やギャラのこともあるから、そろそろ正式に契約しないといけないね」と言われ始めたそうだ。「さすがに断れる状況でもなかった」ことから契約を結ぶことに。それから数日経った時に来たのがAVの仕事だったという。
「当然、〝出来ません〟と断りましたよ。でも契約書にも書かれているって、その時の契約書を見せられたんですけど、でも、そんなことサインした時は書いてなかったはずなんです。それに契約書は2通書いたんですが、その時は私の分も事務所が預かったままだったんです」。
彼女の話を聞いた時、それが事実なら(もちろん事実だろうけど)、「そこまで、手の込んだことをやるのか…」と、その巧妙さに驚かされるばかりだった。
〝初仕事〟となったビデオは、ドラマ仕立ての作品だった。「主演作」と言われ納得させられたそうだが、内容的には「アダルトビデオメーカーから発売されるAV作品」である。直前まで泣きながら拒み続けた彼女に対して事務所側は「すでに契約している」と凄まれ、断ったらキャンセル料として九百数万円がかかると脅されたそうだ。しかも「契約不履行で損害賠償金として請求する。もし支払えなければ親に払ってもらうしかない」とも言われたという。
「親だけには知られたくない」。
彼女は、契約本数だった3本の撮影をした。
「毎日、涙が止まらなかった。自殺も考えた」。
詳細は記せないが、その後、幸運にも彼女の気持ちを理解してくれる人が現れ、事務所との交渉で契約を破棄することが出来たという。もっとも、撮影済みのAVは発売されたが…。
レンタルビデオ店に行くのが怖い
今は弁護士や被害者団体が相談に乗ってくれるようになったが、ほんの数年前までは泣き寝入りするしかなかったかもしれない。それこそ、こういった問題は理解者に巡り会わなければ解決が難しいのが現実だったはずである。彼女の場合は、紆余曲折あったものの、とりあえずは「結果よければ…」だったと言えなくもない。現在は、出身地に帰り、結婚もし、子供も生まれ幸せに暮らしている。ただ「未だにネットを検索すると出てくるのが嫌だ」「レンタルビデオ店に行くのが怖い」と言う。しかし、こればっかりはどうしょうもない。
それにしても、これまで彼女のことは何度か形を変えながら記事にしたことがあったが、世間的には「よくある話」で終わってしまったように記憶する。ある意味で「自己責任」ということになるのかもしれない。が、事情は十人十色である。
そういった中での「新ルール運用」である。新ルールでは、AV女優が所属するプロダクションの団体は、出演意思確認の徹底に加え「女優は理由なく仕事を断れる」「撮影キャンセル時に生じた損害は女優本人に賠償させない」などと明記した統一契約書を導入するという。
これはAVであることがわかりにくい内容の契約書が問題視されてきたからだが、今まで、こういったことを曖昧にしていたことがおかしかったとも言えなくもない。正直いって遅きに失した感がある。
ちなみに、統一契約書の中ではギャラの〝透明化〟にも踏み込んでいるが、それは別問題。「AV出演強要」は、ギャラ以前のことであることを認識しなければならない。これまではギャラで、この問題を曖昧にしてきた部分もあるからだ。
もっとも、こういった流れもあってか、ここ数年は「単体」と言われるAV女優の作品が減り、逆に「企画物」のAV作品が増えてきたという声も。特に「素人物」が目立っている。確かに、AVへの出演強要が横行する中で、新ルールでは「出演に対して何度も引き返す機会を設ける」というが、その一方で、AV出演が手軽な「小遣い稼ぎ」になっている部分もある。「適正AV」を定義しているというのだが…。
そればかりではない。芸能界の垣根も下がり、AV女優の芸能界進出も珍しくなくなってきた。テレビ東京で放送してきた「恵比寿☆マスカッツ」などは、その典型だったが、蒼井そらのように中国で大人気になり、今春にはBSジャパンのドラマ「逃亡花」で主演に抜擢されたり、紗倉まなのように作家として新たな才能を発揮するケースまである。ケースバイケースではあるが「AV女優が芸能界進出のステップ」にもなっている。同様にAV系のプロダクションなのか芸能プロダクションなのか、業界内でも見分けがつかなくなってきている。
「肖像権及びパブリシティー権」の保護が重要
そういったことからも、新たな「統一契約書」の作成においては、「出演強要」対策と同時に過去、現在、将来を見据えた「肖像権及びパブリシティー権」保護こそ重要課題として具体的に盛り込んでいかなければならないだろう。
これまでは一度発売したら引退後も発売され続け、さらには再編集されオムニバスとして再発売されるケースも目立っていた。その場合は「出演者の承諾もなかった」という。そういった部分でも出演女優にはリスクがあったが、今回の新ルールでは「撮影日から5年6ヶ月」で、その作品は販売、配信を停止することを可能にしている。
表面上は一歩前進したような感もする。が、それも女優からの「意思表示」次第だと言う。しかも、実際には手続き自体を面倒にしているばかりか、適用される作品は「新ルール運用開始後の作品から」としているのも大きな問題だ。
「出演強要」が社会問題化を受けての新ルールだが、実際には肝心な部分が抜け落ちているように思えてならない。