庵野秀明が愛した最強SFドラマ - 吉川圭三
※この記事は2017年05月10日にBLOGOSで公開されたものです
2015年1月末、私は極寒の英国・リバプールに飛んだ。当地で行われるBBC Show Caseと言う巨大コンベンションに出席するためである。ドワンゴが出資しBBC World Wideの仲介でブレイクウェイ社と言う第一級ドキュメンタリー制作会社に「日韓問題」の作品を制作委託するにあたり、日本側プロデューサーとして最低限の情報のすり合わせをするためである。第三者的な英国人の目からこの問題を浮き彫りにするために制作における主導権は極力彼らに与える事にした。
帰国前、3泊ほどロンドンに滞在し、かの地のドキュメンタリー制作会社・映像配給会社を訪問した。夕食は3回とも英国のメディア・映画事情に詳しい33才のドキュメンタリー製作者スティーヴン・ラリビエー氏と共にした。ラリビエー氏は私の友人の映画研究家・編集者である岸川靖氏に紹介してもらった。
英国は食事がイケていないので、事前に彼と連絡を取り、リーズナブルで美味しいレストランを予約してもらっておいた。彼は映画・テレビドラマ関係のドキュメンタリーを作っているので、欧米の有名俳優や監督・製作者の俄かには信じられない秘話を沢山知っていた。数知れない程の彼らからのインタビューを取っていたので彼の話には説得力と信憑性に満ちていた。特に英国に移り住んだスタンリー・キューブリックの映画制作裏話等は絶品だった。つたない私の英語でも映画・ドラマと言う共通言語を持っているので、ワインを飲みながら毎日3時間以上話し込んだのである。
3日目の夜、英国の伝説の傑作SFテレビドラマ「サンダーバード」の話になった。1965年に制作されたパペット(人形)と特撮映像を駆使したテレビシリーズである。このドラマは世界配給され私も小学生の頃、食い入る様に全作品を見ていた。日本の東宝・円谷英二特撮作品を見ていた私には怪獣や怪物が出て来ない、イギリスの大富豪が運営する国際救助隊の特殊メカ満載のカッコいい映像世界は衝撃だった。CGが無い時代の手作りの数々の撮影用モデルはその重量感・リアルさ・汚し・素材も含めて実に魅力的であった。私より大分若いラリビエー氏は英国で何度も繰り返し再放送された時にこの作品と出会った。家庭環境が複雑で暗い少年時代を過ごしていた彼の唯一の救いの手を差し伸べたのがこの「サンダーバード」シリーズの観賞であったと言う。私がロンドンでちょうど彼と会った頃、「サンダーバードの全て」(仮題)と言う彼のドキュメンタリー作品がヨーロッパで劇場公開されてヒットしていたと言う。
ヨーロッパにおける「サンダーバード」シリーズは日本における「ゴジラ・シリーズ」と同等の人気シリーズであったので、バックステージ秘話や特撮の撮影風景や監督・製作者のジュリー・アンダーソンと妻のシルビア・アンダーソンやスタッフの知られざるエピソードを含むこの作品はまさに「サンダーバード」にトラウマ的衝撃を与えられたラリビエー氏には情熱を注ぐ最良の題材であった。
アンダーソン夫妻は同じ手法でこの前の1964年に「海底大戦争スティングレー」と言う同じ特撮・マペットものを製作している。1967年には「キャプテン・スカーレット」を、そして1969年には初の実俳優出演の劇場版SF映画「決死圏SOS宇宙船」を製作した。原題はドイツ語「ドッペルゲンガー」。この映画は原題のイメージ通り「微妙に異なるもう一つの地球が、太陽を挟んで反対側にあり、宇宙船でその惑星を探査すると・・・。」という設定で私もその映像を見てその気合いの入り方とこだわりに驚いたが、映画興行的には今一歩だったらしい。
もともとパペット映画を指向していた訳では無いアンダーソン夫妻は、それでもこの作品で実俳優の特撮モノに手ごたえを感じ、満を持してあの伝説のSFドラマ「謎の円盤UFO」を1970年に企画・製作する。
UFOで地球に侵入し人間の臓器を盗む等の侵略行為をする宇宙人に対抗する為に、極秘裏に設立された地球防衛秘密組織SHADOの死闘を描く。SHADOは映画制作会社のビルの地下に巨大基地を持ち、1970年放送の10年後1980年台が舞台という設定になっているので衣装や車やセットや小道具が未来的で洗練されていた。そこで働く女性隊員達の衣装も少年の目にもセクシーでお洒落だった。全体的に静かなトーンで演出されているが、宇宙人との死闘も不思議な緊張感が漂っている。大人の視聴にも十分堪えられる作品であった。
特に私がイカれたのは「銀髪」のエドワード・ストレイカー最高司令官であった。演じたエド・ビショップはキューブリックの「2001年宇宙の旅」にも出演し、寡黙な中にインテリジェンスを感じさせる俳優であった。最高司令官としての責任感・重量感さえ漂わせていた。小学生の頃、007に憧れ秘密諜報部員になりたいと思っていた私は、一気に心変わりし「ストレイカー司令官になりたい」と思った程だった。
と言う訳で、私の幼き日のトラウマ海外テレビドラマは脚本家ロッド・サーリングが案内人の傑作SF・ミステリ―ドラマ「トワイライト・ゾーン」であり、天才製作者アーゥイン・アレン(同氏は後に映画「タワーリング・インフェルノ」「ポセイドン・アドベンチャ―」を企画・製作)過去と未来を旅する画期的ドラマ「タイムトンネル」であり、同アレン製作の宇宙を放浪する家族を描く「宇宙家族ロビンソン」であり英国の「サンダーバード」であり「謎の円盤UFO」という事になる。
しかし、私は日本に住むコテコテの東洋人であったが人格が乗り移りそうになり本当に「銀髪」に染めようと思った程の衝撃を与えられたのは、アンダーソン夫妻製作の「謎の円盤UFO」であった。
そしてあの「シン・ゴジラ」と「エヴァンゲリオン」の庵野秀明氏も多大なる影響を受けたと言う「謎の円盤UFO」のレアーな写真を含む完全資料集成がこの度「映画秘宝」の洋泉社より5月末に発売されると言う連絡を受けた。もちろん、著者はスティーヴン・ラリビエー、岸川靖編。
最後に取っておきの秘密を一つ。
私が企画・プロデュースした「特命リサーチ200X」(1996年~2002年)という日曜20時に放送されていた番組をご存じだろうか?あれは「謎の円盤UFO」他に完全に触発された箇所が多々ある番組だったのだ。
あらゆる謎を追う組織の名前はFERC(ファー・イースト・リーサーチ社)だが、「謎の円盤UFO」のSHDOWと同じある種の「秘密組織」であった。私は「司令室は地下に」と言う設定にしたい程であった。スタイリッシュな中央司令室の巨大画像モニターはあのアーウィン・アレンの「タイムトンネル」の影響を受けていたが、その他は「謎の円盤UFO」へのオマージュだった。複数の美人オペレーターを配し(中には新人時代の柴崎コウもいた)、洒落たスーツを着た稲垣吾郎や高島礼子等が様々な推理を働かせる。
そしてインテリジェンス溢れてクールな佐野史郎演じる松岡征二チーフにはストレイカー司令官の明らかな影響が厳然とある。キャラクターももちろんである。試しにネットで「特命リサーチ」「佐野史郎」と画像検索してご確認いただいても良い。実は彼の頭髪の一部が「銀髪」なのである。私は確信犯でやったのだが、佐野さんご本人やスタッフに何度か聞かれても当時は説明が長くなると思っていたし「謎の円盤UFO」をご覧になっていない可能性もあったので「なんとなく。」と答えていたのである。
と言う訳でこの場を借りて個人的願望をあの番組で満たしていた事を告白する次第である。