※この記事は2017年05月03日にBLOGOSで公開されたものです

「連休で少し時間ができそうだし、本でも読んでみるか」──そう考える人は少なくないらしい。帰省や観光で長距離を移動するから、電車や飛行機のなかで暇つぶし的に本を読もう、という人もいるだろう。いずれにせよ、ゴールデンウィークは年末年始やお盆の時期と並んで「本に親しむ」ことが推奨されがちな時期ではある。

本稿も、要するにそういった文脈に乗っかったものであることに違いないが、大型連休に読むべき本をオススメする、というのは意外に難問でもある。

読者のレベル感や必要とされる情報は、それこそ千差万別。「最近、課長や部長など管理職に就いた人にオススメしたい、部下のマネジメントやコーチングに役立つ本」「若手社員がぜひ読んでおきたい、職業人としての基本スキルやビジネス教養の土台となる知見を養うことができる本」といった調子で、ターゲットが絞れているならそれに合わせた本をピックアップしやすい。ただ「連休に読むべきビジネス書」というお題は、あまりに茫漠としすぎている。

そんなわけで、以下に挙げる本たちは、いわゆる“定番本”“ヒット本”と呼ばれるような本が中心になることをご容赦いただきたい。多少なりともビジネス書に触れたことがある人、読書が生活の一部になっているような人なら、「あぁ、またその本か」「そんな有名本、とっくに読んだよ」と鼻白んでしまうようなタイトルも多いだろう。そんな方には「この機会に読み返してみるか」なんて思ってもらえるとありがたい。また翻って、ここで紹介する本が「まだ未読だ」という人は、ぜひ一度手に取ってみていただきたい。それくらいの必読本を挙げているつもりだ。

と、長いエクスキューズを冒頭から垂れ流してしまったが、4つのカテゴリーを設けてオススメのタイトルを紹介していこう。

長らく読み継がれてきた「古典」

ここで挙げるのは「ビジネス書」として扱われるタイトルのなかでも、定番として長らく読み継がれてきたものばかりだ。昨今のビジネス書にも多大な影響を与えており、ネタ元として考察や理路をパクっている本も少なくない。正直、胡散臭いビジネスコンサルタントの書く「お手軽な仕事術+安直な思考術+安っぽい自己啓発」みたいなビジネス書を読むくらいなら、ここで紹介するタイトルを何度も読み返すほうが、何百倍も役に立つと考える。

デール・カーネギー『人を動かす』

1937年に刊行された自己啓発書のド定番ともいえる一冊。「人を動かす三原則」「人に好かれる六原則」「人を説得する十二原則」「人を変える九原則」と4パートから構成される(付録で「幸福な家庭を作る七原則」という章も)。人間関係の原理原則を事例とともに説く。地位や役職、部門を問わず、多くのビジネスパーソンに役立つ知見が得られるだろう。

スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』

原書の刊行は1989年。自己啓発系ビジネス書の「教典」と評しても過言ではない存在感を放っており、多くの示唆を与えてくれる本だ。成功哲学(個人的にはあまり好きな言葉ではないが……)を説く本は多いが、その中でも論理展開は盤石。ここで語られる人生の要諦は、一度触れておいて損はない。大人として、職業人として、身に付けておくと役立つ思考や処世術に溢れている。

松下幸之助『道をひらく』

松下電器産業(現パナソニック)の創業者であり、日本経済史に偉大な足跡を残した実業家の代表作。上に挙げた2冊を、キリスト教的な世界観にもとづく西洋的な人生哲学を説いた本だとするなら、本作は仏教や儒教的な世界観に則した東洋的な自己啓発文脈を語った本だといえるだろう。日本人が忘れてはならない礼節や美徳が穏やかな筆致で綴られている。掌編の随筆をまとめたような構成なので、非常に読みやすい。

教養を説く「近年のトレンド」

ビジネス書にもトレンドがある。2000年代(ゼロ年代)に顕著だったのは、本田健、神田昌典、本田直之、勝間和代といったヒット著者たちに代表される「年収10倍」「成功者になれる」などの即物的な効能を臆面もなく謳う方向性だった。端的ではあるが、アジテーション過多だったり、おいしいところだけをつまみ食いするようなあざとさだったりが目立ち、本質的な人間陶冶には一概に繋がらない側面があった。そうしたヒット本に追随する形で、安っぽい内容のビジネス書が粗製濫造され、ゼロ年代はビジネス書が活況を呈した一方、駄本も量産されていたように思う。

そんな潮流に対する反動か、近年は本質を問うような本、具体的にはビジネスパーソンとしてぜひ身に付けておきたい「教養」を説く本が増えているように感じる。歴史や数学的素養、論理的思考、芸術などリベラルアーツの知見を蓄えよう。そうして自分をとりまく世界を見極める力を磨こう……そんな方向性が、いまのトレンドだと捉えている。

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

原書の刊行は1997年なので新しい本ではないが、日本では2012年に文庫版も刊行され、いまでも評価が高いタイトルだ。1万3000年に及ぶ人類史を紐解きながら「なぜ世界には民族間で格差が生じているのか」「なぜヨーロッパ人は世界を植民地化していくことができたのか」といった問いを解明していく。答えは決して「白人が人種的に優れていたから」ではない。では、何が理由なのか……? 本質的な物事の捉え方、原理原則にもとづく考え方を磨くことができる名著だ。

細谷功『「無理」の構造』

著者はビジネスコンサルタントであり、業務改革、戦略策定、プロジェクトマネジメントなどの専門家。論理的思考、哲学的思考を学ぶことができ、図版や4コママンガなどを盛り込んだわかりやすい構成が特徴だ。そう聞くと、よくある内容の薄い入門書のように思う向きもあるだろうが、さにあらず。語られている内容は極めて骨太で、本質的だ。同じ著者の『具体と抽象』とセットで、ぜひ一読してみてほしい

スティーヴン・ワインバーグ『科学の発見』

物理学、天文学の教授である著者は、「ギリシャの科学はポエムにすぎない」と喝破し、物理学の見識から古代ギリシャの哲学や科学を「デタラメだ」とぶった斬っていく。難しそうだが、もとは大学の教養学部生向けの講義なので、まあそれなりにわかりやすい(巻末に膨大な数式が載っていたりするが)。現代的な「科学」とは何なのか、どのような手法や思考にもとづいているのかを知ることができる。

ビジネスパーソンにオススメしたい「最近の注目作」

昨年から今年にかけて刊行された本のなかでも、ビジネスパーソンにオススメしたい本を選んでみよう。

ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』

著者はイスラエル人の歴史学者。現生人類も属するホモ・サピエンスが誕生し、どのように食物連鎖の頂点に立ち、文明を発展させていったのか。人類の歴史を辿る、というと簡単だが、著者の博覧強記によりさまざまな角度から論考が進む過程は、興奮すら覚えてしまう。人類の「これから」についての考察も必読だ。

野口悠紀雄『日本経済入門』

ニュースや新聞などで経済に関する情報に触れたとき、それを咀嚼するための基礎知識を身に付けることができる一冊。いまの日本経済はどのような状態にあるのか。それはどのような経緯でそうなったのか。今後の課題は何なのか。そんな、経済に関する要点が端的にまとめられている。

森健『小倉昌男 祈りと経営』

ヤマト運輸の社長を務め、「クロネコヤマトの宅急便」の生みの親である辣腕経営者・小倉昌男。前例主義で腰の重い行政や、先行者利益に浴する郵政省、既得権業者と真っ向から対立し、規制緩和の急先鋒のように語られたタフな実業家に隠された素顔とは。夫として、父として苦悩する姿や、決して表に出すことのなかった「思い」に心が震える。極めて良質なルポルタージュ。

漆原の「個人的なオススメ」

ここでは、テーマやトレンドにこだわらず、個人的にオススメしたい本を思いつくままに挙げていきたい。

梅棹忠夫『知的生産の技術』

仕事術、情報整理術、ライフハック(最近はめっきり聞かなくなったが)に関するビジネス書はいまでも数多く刊行されているが、そうした文脈のルーツともいえる、古典的名著。1969年刊行。当時はパソコンどころかワープロもFAXも普及していなかった時代なので、手法はアナログの極みだが、概念や方向性は現代でも通用するものが数多い。

永野健二『バブル 日本迷走の原点』

戦後から高度経済成長を経て、世界屈指の経済大国となった日本が享楽に溺れた「バブル」の時代。日本経済の大きな転換点として、ときには汚点として、いまでも話題にされることが多いこの時代とは、いったい何だったのか。当時を知らない人にとっては、バブルの実態を知ることができる一冊にもなるだろう。そして、アベノミクスに浮かれる現代を生きる我々にとっては、大いなる警鐘とも読み解ける内容だといえる。

小坂井敏晶『社会心理学講義』

社会の仕組みは、生物と同じく「同一性(同じ状態を維持する。安定させる)」と「変化(による進化、進歩)」によって支えられている。しかし、この2つは本来、両立しない──この矛盾を人間はどう解決してきたか、緻密に論考していく。この社会は、どんなバランスで成立しているのか、常識とは何なのか、考えさせられる一冊。

出口治明『本物の思考力』

ライフネット生命の創業者のひとりで、ビジネス界きっての読書家としても知られる著者の近著。「人・本・旅から学ぶ」「数字・ファクト・ロジックにもとづいて物事を捉えていく」という出口氏の“思考のキモ”をわかりやすく知ることができる。歴史に関する豊富な知識やビジネスにまつわる逸話などを連関させながら、ビジネスパーソンであればぜひ持っておきたい基本的な思考力、現実的なものの見方を身に付けられるだろう。

以上、雑多なラインアップになってしまった感もあるが、オススメ本を挙げてみた。気になる本があれば、ぜひ一読してみてほしい。好みに合う、合わないはあるかもしれないが、どれも「キチンとしたためられた、本寸法の一冊」であることは間違いない。ここで取り上げた本であれば、余白ばかりで内容の薄いビジネス書や、胡散臭いビジネス書作家による既存書をつまみ食いしただけのパクリ駄本、過去の自著を焼き直した手抜き本などをつかまされ、後悔するようなことにはならないだろう。

ゴールデンウィークの読書が、実り多きものになりますように。

プロフィール

漆原直行
1972年、東京生まれ。編集者、ライター、ビジネス書ウォッチャー。著書に『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない 』、『読書で賢く生きる。 』(共著)など。