※この記事は2015年05月09日にBLOGOSで公開されたものです

不思議な記事を見つけた。
フジテレビが何かしらの円グラフを提示しているが、その円グラフの中心が大きくずれ、さも若い世代の不祥事ばかりが多いように見せかけている。これを印象操作として批判する記事だ。(*1)
僕が見た限りだと、この記事をジャーナリストの岩上安身氏(*2)や、参議院議員の山田太郎氏(*3)も紹介していた。
記事を見るに、確かにフジテレビのグラフは酷い。意図的に円グラフの中心をずらし、数値とは関係のない円グラフに占める10代+20代の面積を広くして、さも若い世代の数が多いかのように見せかけている。
そしてもう一つ批判されている部分がある。netgeekが指摘するのは「10代と20代を一緒にまとめている」という点である。
これに対抗してnetgeekでは、10代と20代を2で割った円グラフを用意し「その結果、全く違う景色が見えてきた」と主張している。
さて、この主張は正しいのだろうか?

まずは、このフジテレビの印象操作と言われている、このいびつな円グラフは何者かということを調べなければならない。
とりあえず画像のみからヒントを集めてみる。「警察」「不祥事」そして「懲戒処分」で調べれば何とかなりそうだ。
すると、この画像が2012年1月に放送されたFNNスーパーニュースでの一場面であり、グラフは警察庁が発表した2011年に懲戒処分を受けた警察官と警察職員の数であることが明らかとなった。
このグラフは2012年当時にも、ネットで多くの批判を受けており、実際に僕もこの当時に目にしていたので、見覚えのある画像だった。
この時点でnetgeekが作ったグラフは破綻していることは明らかだ。なぜなら、netgeekのグラフでは10代と20代を2で均等に割っているが、少なくとも10歳から15歳までの子供は小中学生であり、警察官や警察職員であるはずもないのだから。
さらに確認すると、警察官になれるのは高卒以上(*4)なので、16歳と17歳も排除できる。つまり、警察官や警察職員かつ10代を満たす年齢は、18歳と19歳のみであり、20歳から29歳までを含む20代と均等に割っていいはずがない。
ちなみに、高卒者が18歳で警察官として採用されても、警察学校や職場実習等の教養課程を21ヶ月かけて学ぶ(*5)ことになるので、現場で実際に働いている警察官はほとんど20代以上ということになる。
さらに警察官となるのは高卒だけではなく、22歳以上になれば多くの大卒者も入ってくる。故に、警察官における10代の比率は極めて低く、別集計の意味が薄いことから20代と合算しているのであろうと考えられる。

では、実際にこのフジテレビのグラフは、何のニュースを伝えるために作られたグラフだったのだろうか?
このグラフの意味を表す当時の時事通信の記事を見つけた。古いニュースで、すでに真っ当なニュースサイトからは記事が消えてしまっており、ほかのサイトに無断転載されたものだけしか見つからないので、リンクをしないで概要だけを書く。
警察庁のまとめによると、2011年に懲戒処分を受けた警察官と警察職員の数は、全体としては前年比18人減の367人であった。年代別の内訳として、30代以上はすべての年代で減っているのだが、10代+20代だけが20人増えていたというニュースである。
この記事のニュースバリューは「他の世代では減っているのに、10代、20代だけが増えている」という部分なのだが、残念ながら問題の画像ではそうした文脈が剥ぎ取られてしまっている。
さらにこの記事から分かることは、警察発表の時点で10代20代は合算されており、これにフジテレビ側の意図は介入していないということだ。

さらに細かいことを言えば、懲戒処分数だけを多い少ないと言ってもあまり意味はない。比較するなら世代ごとに懲戒処分された者の割合であり、単純に件数で比較することはできない。
2013年に放送されたNHKの「時事公論」(*6)によると、警察官の年齢構成は50代と20代から30代前半が多い一方で、30代後半から40代までが極端に少なくなっているという様子が見て取れる。そう考えると、実は数字上では数の少ない30代から40代のあたりの懲戒処分の割合の方が高いとは言えるのかもしれない。だが、それはどこの業界でも同じで、ある程度の役職がつくと、その権限を利用して不正を行ってしまうというのはよくある話であり、警官独自の問題とは言えないであろう。

さて。これでハッキリしただろう。
確かにフジテレビのグラフは酷い。意図的に円グラフの中心をずらして、さも若い世代の不祥事だけが多いかのように見せかけている。印象操作だ。

そして、同じくnetgeekのグラフも印象操作だ。
元グラフが何であるかすら明らかにしないままに、闇雲に20代の処分者数を少なく見せかけ、逆に10代を多く見せかけている。このような印象操作のグラフを用いて「フジのグラフは若者を悪く見せかけるための印象操作だ!」と批判しても、マヌケなだけで全くお話にならない。

ところが残念ながら、世の中にはこうした杜撰な「マスコミ批判」を喜んで受け入れてしまう人が多い。
実際、この記事をツイートしているTwitterの書き込みを見ても「フジテレビが酷い」という反応が大半で、netgeekの記事の妥当性を問う声はほとんど見当たらない。
こうした記事を受け入れてしまう人達にとっては、マスコミを批判することそのものだけが重要であり、その批判が正しいか正しくないかは二の次になってしまっている。
さらには、実際に何が問題かなど、どうでもいいという姿勢ですらある。だってnetgeekの記事からは、フジの円グラフが何であるかという最も重要な情報が一切抜け落ちているのだから。
本当であれば、その時点でこの記事は考慮に値しない与太記事だ。これを持ち上げる人達のリテラシー能力は一体どうなっているのだろうか? せめて、最低限のリテラシー能力は持ってもらいたい。ジャーナリストや国会議員ならなおさら。

*1:フジテレビの偏向報道が酷すぎて驚愕!なぜか10代と20代をまとめて、さらに円の中心までずらしたうえで「若い世代の不祥事が目立つ」(netgeek)
*2:https://twitter.com/iwakamiyasumi/status/594600571958472704(岩上安身)
*3:https://twitter.com/yamadataro43/status/594655149928357888(山田太郎)
*4:採用試験を受けよう!(なり★しり警察官)
*5:警察官の1年目 | 警察官の仕事、なるには、給料、資格(職業情報サイトCareer Gardenh)
*6:時論公論「警察不祥事最悪の水準に」(NHK)