iPadを贈るのは、洗剤や油を贈るのと同じ意味 - 赤木智弘
※この記事は2015年03月28日にBLOGOSで公開されたものです
東京都多摩市の小学校で、卒業生8人に対して「iPad卒業証書」が送られた。iPadは卒業証書の模様が裏面に彫り込まれた特別なもので、学校での個人データや3年後、6年後、12年後にならないと開けないタイムカプセルメッセージなどが含まれるという。(*1)
パソコン利用者には、昔からの悩みの種がある。
それは、増え続けるデータをいかに整理し、そしてどのようなメディアに保存するべきかという悩みだ。
ハードディスクはかつては高級品でデータを放置するにはもったいなかった。また、現在においても頻繁に動作する消耗品であり、いつかふとしたきっかけで壊れてしまうことが運命づけられている。
では外部保存はどうだろうか? かつては一般的だったフロッピーディスクはすでに使われなくなって久しい。1995年前後の時代には、フロッピーの終焉を見越して「MO」や「PD」、「ZIP」といった大容量保存ができるディスクにデータを移行した人も多いが、それらは次世代の保存媒体として登場しながら、結局はフロッピーディスクよりも先に市場から姿を消してしまった。
今であればDVD-Rや、USBメモリ等に保存するのだろう。しかしこれだっていつまで市場にあり続けるかは分からない。クラウドに保存するのもいいが、これも所詮は企業のサービスだ。企業がサービスを終了すれば、保存したものを引き上げる他はない。
パソコンユーザーは結局はその時の隆盛に合わせて、データを引っ越しさせて行くしかないのである。そうしなければ、データはいつか失われて、死んでしまう。
そうした観点で考えるに、iPadに保存されたデータを12年後に閲覧できるかと言えば「微妙」という他ない。
iPadはSDカードスロットなどの外部保存装置がなく、データの移動はパソコンなどを介す方法が一般的だ。日頃からパソコン等に触れている子であればいいが、そうでなければこのiPadでしかデータを閲覧することができない。このiPadには個人情報も含まれるらしいから、なおさらデータの閲覧環境は限るべきだろう。
そうなると、このiPad自体が12年保つかどうかが問題になってくるが、非常に難しいと言わざるをえない。
まず、本体のバッテリーが危うい。卒業生たちが12年間、iPadを使い続けるだろうか? 使わなくなれば過放電が進み、バッテリーの充電ができなくなる可能性が高い。
また日頃使うにしても、同じiPadを12年使い続けるわけではないだろう。新機種に買い換えるだろうし、またAndroidなど、他のOSを搭載したタブレットに移行する可能性もある。
12年という期間はメーカーが修理のために使う補修部品保持期間を含めても、非常に危ういものだと思わざるをえない。
また、データの形式はどうだろうか?
標準的なテキスト形式や、JPEG等の一般的な画像形式。またはdocなどの十分に今後の利用や互換が見込まれるデータ形式であればいいが、アプリケーション形式の場合は、Androidでは閲覧できないし、iOSが現在の実行形式を将来にわたって保持し続けるかも、わからないという不安がある。
それに比べて、紙の卒業証書や、印刷された卒業アルバムは、12年後の閲覧に不安はない。
印刷や紙の質にもよるから一概には言えないし、文字が薄れたり、ページがくっついたり、カビが発生する可能性はあるけれども、それでも50年くらいは見られるだろうという安心感がある。
卒業証書というのは、数年、数十年あとになって、見返すためのものだ。だから長期保存の必要性がある。
一方で、iPadなどのデジタルガジェットは、今、情報を得たり楽しむために利用し尽くすものだ。だから今の状況にのみ適応すればいい。
そうしたメディアの違いを考慮せず、タイムカプセルのように12年後のメッセージを入れるというのは、少々考えが甘いのではないだろうか。iPad卒業証書には、デジタル的な目新しさに飛びついてしまって、メディアの質的違いを蔑ろにしている印象を強く感じた。
iPadは贈り物のジャンルで言えば「消えもの」だ。
結婚記念に送られる夫婦の名前の入ったお皿や、観光地で買う木彫の熊のような何十年も置けるものと違い、すぐに使いきって無くなってしまう洗剤やサラダ油と同じジャンルだ。
ならば、貰った側はそれをありがたく使わせてもらうことが、送り主への感謝を示すことにつながる。
せっかくもらったiPadだ。卒業生にはこれが卒業証書的なものであることを気にせず、勉強に遊びに、iPadを使い尽くしてもらいたい。
*1:「iPad卒業証書」、多摩市立愛和小が卒業生に 12年後まで開けないタイムカプセルメッセージなど収録(ITmedia ニュース)