【詳報】「私たちは未来の人々に自由に上演してもらうために作品を作っている」平田オリザ氏、赤松健氏らが懸念表明 - BLOGOS編集部
※この記事は2015年03月14日にBLOGOSで公開されたものです
TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉のうち、著作権保護期間の大幅延長や著作権法の非親告罪化が盛り込まれるのではないかとして反発の多い知的財産分野について、「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム」(thinkTPPIP)が3月13日、東京都内で記者会見を行い、協議内容の透明化と、国内でも異論の多い知的財産条項を妥結案から外すよう求める緊急声明を発表した。(取材/高橋洸佑)フォーラムのメンバーで弁護士の福井健策さんは会見で「国外の密室で誰かが作ったルールに従うだけの未来を想像してほしい。そんな未来は嫌だと思っているのに、声をあげない個人や団体がいるとすれば、非親告罪化や保護期間の大幅延長はその人たちが成し遂げたことになる」と語り、賛同を求めた。また同じくメンバーでジャーナリストの津田大介さんは、「6月ぐらいまでは妥結せざるを得ないのではないか」とする内閣府の話を紹介した。
このほか会見には、劇作家の平田オリザさんや、漫画家の赤松健さんなど各ジャンルから賛同者が集まり、それぞれの思いを話した。
平田オリザさん(劇作家、日本劇作家協会副会長)
「私たちは、70年後の、孫やひ孫の小さな小銭程度の利益よりも、とにかく上演をしていただきたい。上演をしていただくためには、だいたい保護期間は『死後2・30年でいいんではないか』と、理事会でも雑談程度に言っています。要するに『女房には迷惑かけても、孫の生活までは面倒見るつもりは無い』というのが私たちの一般的な意見です。 また、新しいメディアがどんどん登場しています。例えば、私は昨年、サルトルの『出口なし』という作品を上演する予定になっていました。私が個人的にやりたいと言っていたわけではなく、ノルマンディー国際演劇祭という大きな演劇祭からの委嘱でやる準備が進められていました。しかし上演できませんでした。理由は、主役をロボットで上演するという計画だったからです。サルトルの一遺族からの反対で上演ができなくなりました。サルトルは、自作をロボットが上演することを想定していなかったと思います。そしてこれはフランスの演劇界でも大きな問題になりました。新しいメディア、新しい科学技術が生まれた時に、その上演が、明らかに人類の進歩、あるいは芸術文化の発展に寄与するものにもかかわらず、一遺族の意思でそれを否定してしまっていいものか。
私たちには50年、70年後にメディアがどういう形になっているのか全く予想できません。それなのに、今の段階で、政治的なネゴシエーションの中でそんなことを決める権利が、今の人類にあるのかどうか、ぜひ、慎重に考えていただきたいと思います。
私たち劇作家は未来の、地球の裏側の人々に自由に上演してもらうために作品を作っています。ぜひこの権利をこそ守りたいと思っています」
赤松健さん(漫画家、Jコミ代表取締役)
「ちょうど昨日、共同通信から『非親告罪化義務付けず』という趣旨の記事が出たのですが、先ほど内閣府の西村副大臣に聞きましたら、『誤報です』と。我々はいつもこうして右往左往させられている。なにもかも透明化されていないからですよね。私は実は微妙な立場で、手塚治虫作品の保護期間が、2039年に切れてしまう。これに関して日本漫画協会には許せないという意見があって、保護期間が伸びるのはいいなと言っている大御所先生もおられます。しかしほとんどの場合は、オーファン・ワークス(孤児著作物)が増えるだけであるということもあります。どちらにせよ、協議の透明化を考えるということでしたら、私たちは大賛成です。
漫画家として、非親告罪化に関しても非常に憂慮しておりますし、概ねこれを支援させていただきたいと考えています」
甲斐顕一さん(株式会社ドワンゴ 会長室室長)
「ドワンゴはご存知の通り、ニコニコ動画という動画投稿サイトを主宰していて、そこでは二次創作の育成・擁護というのを大きなテーマとして掲げています。それは、一次創作者と二次創作者の信頼関係に基づいて成立するものです。そこに公が関与してきた時に、一体どうなるんだろうという懸念は持っています。そして、それに対しての情報があまりにも無さすぎて、我々はどう判断していいのかわからない、あるいはどう関与していけばいいのか分からないというのが実情ではないかと考えています。ですので、こういう場をきっかけとして議論が闊達になって、そうした議論の中から一番適切な解決方法ができることを期待して参加しました」
大久保ゆうさん(青空文庫)
「青空文庫は、社会の共有物になった著作物を集めて公開するという活動を行っています。青空文庫の利用者、国内のみならず、いわゆる在外邦人の方々、あるいは海外で日本の事を研究しようとしている方々、日本のことを大好きで日本の作品を読んだり、訳したりしている方々、そういった方々にとって大変貴重な読書リソースになっています。青空文庫の本棚というものは世界のどこにいても誰であってもインターネットに繋がりさえすれば、その端末から日本語の豊かな世界に繋がることができる、そういうものです。それも共有財産というものがあってこそ、です。こうした共有財産が増えるのは、国益を増すことはあっても減らすことはないと考えています。文化を共有するということ、それを保証するあり方というのはインターネットが現れて、初めて実効性を持つ仕組みとして機能し始め、それからKindleをはじめとした簡便な電子端末が出てきてようやく、その益を広く享受することができるものになり始めていると思います。
そういうことを考えると、どうしてそれに水を差すような真似をするのか。むしろTPPというのは、文化の面においては国益を減じさせようとしているのではないか、とすら現場にいる者としては感じてなりません。
TPPの枠内で扱われようとしている、表現の自由、あるいは拡散、保存、参照機会の確保の問題などは本来、経済の枠内に収まるものではないと思っています。経済を超えた要素を含む問題を経済の枠内で扱おうとしている、そういうことについて私たちは非常に憂慮しています。ですから、今回の共同声明について、青空文庫としましても参加した次第です」
田村善之さん(北海道大学大学院法学研究科教授)
「日本の著作権法の最大の問題点は、皆さんが『著作権の規制はこの程度だ』と思っているのと、実際の著作権法の条文が大きく異なっているということです。条文上、一般的に企業内複製は許されていないのです。そうしますと、信じられないことに、出張のたびにPDFファイルにするとか、あるいはインターネットの情報をコビペしてメールで送るとか、そういったことが全部、違法になります。もし完全に日本が著作権法の条文を守ると、日本経済が停滞するのは明らかです。ところが今は、なぜそれが回っているのかというと、常識的に権利が行使されないからです。著作権がまともに行使されていないからこそ、なんとか均衡を保っているところがあります。今回のTPPで、その均衡を崩すような政策が盛り込まれるかもしれないということです。
一番大きいのは、親告罪が非親告罪化することです。これによって権利者の方が寛容していたとしても、事件として取り上げる、そういう権限が発生します。
私が一番重要視しているのは、人々の意識の問題です。みんなが本当に条文通りに守る、刑事罰もあるんだと。最近は小学校・中学校あたりから著作権教育をやっていて、その著作権教育は細かなことは教えませんから、『他人のものを盗んじゃいけないのは著作物も同じだ』と教えます。そうすると何もできなくなってくる。
そうなると保たれている均衡が危うくなってくるだろう。こういった問題は、孤児著作物の問題、あるいは同人の問題と全て共通する問題だと思っています」
中村伊知哉さん(慶應義塾大学メディアデザイン研究科教授)
「私は、政府知財本部の座長を務めておりますので中立でなければいけません。ですから、立場は微妙なのですが、TPPの決着次第では、国内の法制度をどうするのかという対策を講じる必要が出てきます。いずれにせよ、この知財・著作権が日本の未来にとって重要なテーマで、それが今、非常に重大な局面にあるという認識を高めるために参加しました。過去、知財本部でも著作権の問題は何度も繰り返し議論してきて、その結果、日本は権利者とユーザーのバランスが取れた環境になっていると認識しています。TPPという外部要因でこれを崩すというのは避けたいし、もし仮にそうなるとすると、じゃあ国内制度でカバーできるのかといった議論も高めていかなければならなくなります。
しかしこの重要性がまだ国民に十分に共有されていないのではないか。これは国民全体に関わるテーマであって、国民全体で考えていかなければいけません。日本はこれから想像力、クリエイティビティで食っていくしかないので、この知財という問題が最重要のテーマであると強調したいと思います」
主な質疑応答
-劇作家にとって上演が大切なのはなぜか?平田:「私たち劇作家は戯曲を執筆した時点で終わるのではなく、上演してもらって初めて作品が完結するという、ある意味特殊な、しかし文芸のジャンルでは最も古い、そういう営みを続けてきたので、職業柄ということだと思います。これはいま現実にあることですが、遺族の意思で一字一句変えられないということによって、同時代性が失われてしまって、上演が困難になっている作品がございます。上演さえできれば、国民共通、あるいは世界共通の財産になるのにもかかわらず、遺族の意思や上演料の問題で上演されないのは非常に、文化的な損失だと考えています」
-漫画文化への影響としては、どのようなことがあるか?
赤松:「漫画文化への影響に関しては、やはり非親告罪化のところです。私なんかもそうですが、コミケ、二次創作出身で力を伸ばしてきた作家が非常に多い。もちろんプロでも他の作家さんのパロディなどやりますし、そういうものを潰していくと、我々商業作家のパワー自体が落ちます。それに連れてファン活動もできなくなりますし、クールジャパンの中核である漫画・アニメのパワーが落ちていくというのが、一番懸念されるところです」
平田:「アマチュアの方たちへの奨励ということもあります。例えば、亡くなられたつかこうへい先生は、アマチュアレベルに関しては上演料を取らないと、意思表示されています。そういう作家もたくさんいます。要するに、私たち自身がそういうところで育てられてきたからです。漫画も演劇も、プロとアマチュアの境界線が非常に曖昧なジャンルなので、しっかり育てるという意味でも、少なくとも非親告罪化は避けていただきたいと思います」
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