※この記事は2011年01月13日にBLOGOSで公開されたものです

　１月10日は、その数字にちなんで「110番の日」。全国の警察で、110番通報の正しい利用を周知するために、芸能人を一日通信司令官にしたりするなど、さまざまなイベントが行われた。

　ネット上のニュース記事では、わりあい穏当な表現が多かったように見受けられるが、私の見たワイドショーでは「家にゴキブリが出て家に入れないからと、110番した例がある」などと、酷い110番通報をあげつらうことに話題が集中していた。番組内で提示されていた「不要不急の通報が３割」(*1)という警視庁での数字と合わせて、視聴者は「そんな酷いいたずらが３割もあるのか」という印象を持ったかも知れない。

　しかし、不要不急の通報というのは、「近所で騒音がする」や「振り込め詐欺かもしれない」という確認、そして「運転免許についての問い合わせ」などといった、警察で扱う内容ではあるが緊急ではない通報が含まれている。詳しい内容の記事があった神奈川県警の例で言えば、不適切通報は全体の36%。そのうちの半数弱が上記のような警察扱う内容ではあるが緊急ではない通報。「いたずら・間違い・無応答」は半数強である。(*2)

　ワイドショーではそうした「いたずら」を指して「日本人のモラルが」云々と論じており、さも、いたずらがなくなれば、緊急通報の妨げが減ると考えているのかもしれないが、いたずらは確信犯でやっていることであり、これを減らそうとしても、効果は出にくいだろう。

　それよりも、警察に相談しようとして110番をしてしまう人を減らすことの方が、効果的であろう。

　そのためには、警察に相談するための全国共通の短縮ダイヤルである「#9110」を周知徹底するべきなのだが、そのワイドショーでは「#9110」は最後に少し紹介されるだけであった。


　だが、この「#9110」も少々面倒な番号である。まず、携帯電話であれば問題ないが、固定電話の場合、プッシュ回線でしか、この短縮ダイヤルを使うことができない。ダイヤル回線や、IP電話から利用したい場合は、各都道府県の警察本部の電話番号を調べてかける必要がある。(*3)

　緊急性が無いのだからちゃんと調べるか、もしくは携帯電話や公衆電話で「#9110」へかければいいのだけれど、調べるのが面倒という意識で、緊急性がないと分かっていても110番にしてしまう人も少なくないのではないか。

　また、同様の短縮ダイヤルに、東京や大阪など、一部の消防庁で行われている、救急車を要請するか判断に迷う場合の相談ダイヤル「#7119」があることも問題の１つと言えよう。

　「警察は110番、救急は119番」と多くの人がセットで覚えている番号につける頭の２桁が、警察の場合は「#9」、救急は「#7」と異なっており、混乱をきたしかねない状態になってしまっている。

　そしてなにより「#9110」の短縮ダイヤルの知名度自体が低い。かくいう私自身、正直に言えば、この記事に取りかかるまで、短縮ダイヤルの存在は知っていても、その番号はあやふやで、#7から始まる110番だと思い込んでいた。駅のポスターなどで見かける「#7119」の広告と混同していたのである。


　こうして、私が「#9110」という電話番号に興味をもち、調べたところ、「#9110」にこれだけの問題点を挙げることができた。では、モラルを論じたワイドショーは「#9110」にまつわる問題のうちいくつかでも視聴者に提示していただろうか？

　「#9110」という番号に興味がなければ、当然、問題を探り当てることもできないのである。

　警察が芸能人を一日通信司令官にして、それをマスメディアに撮影をさせるのは、決してマスメディア向けの撮影を無料サービスをしているわけではない。芸能人の撮影を通して、110番の日のイベントがメディアに掲載され、110番の適切な利用を呼びかける効果を産まれることを期待して、イベントを行なっているのだ。お目当ての芸能人を撮影し、放送するのはいいが、せめて同程度の時間を、警察総合相談電話番号のアピールに当ててあげてもいいのではないか。

　警察が使うお金は、元はといえば我々の税金である。我々の税金を使ったイベントを撮影しておきながら、「#9110」のシステムをちゃんと説明できないマスメディアは、我々の税金をかすめ取っているのと同じである。

*1：前田敦子110番ＰＲ　相談は「＃9110」へ（日刊スポーツ）http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20110110-722962.html
*2：いたずら、人生相談…不適切通報３６％、「１１０番の日」に適切利用呼び掛け/神奈川県警（神奈川新聞）http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110110-00000016-kana-l14
*3：警察総合相談電話番号（警察庁）http://www.npa.go.jp/safetylife/soudan-9110/madoguchi.htm

■プロフィール：
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。