※この記事は2010年12月27日にBLOGOSで公開されたものです

　取手駅前で発生した、無差別傷害事件。
　いろんなニュースで取り上げられていたが、いい加減、少しは頭を使ってくれと思うくらいに、安直な報道がばかりが垂れ流されていた。
　唯一、ちょっと面白いなと思ったのは、既に事件のあったバスも移動し、さまざまな規制も解かれた夕暮れの取手駅前に、日テレのレポーターと、元警視庁の田宮榮一がいて「新しい情報が入り次第お伝えします」と言っていたこと。あの場面はちょっとシュールで面白かった。情報が入るにしても、スタジオに入る方が早いだろうし。

　それはともかく、「こうした事件が相次いでいます」という何の根拠もない断言で、過去の無差別殺傷事件を羅列する手法は、どこの局でもお約束のようにされていた。また「心の闇」などという、報道としてなんの意味も成さない文学的表現も、今回もまた多用された。
　さらに、「死にたいのであれば、他人を巻き込まず自分ひとりで始末しろ」という、安易に自殺をほのめかす言い方が、最近はよく見聞きされるようになった。

　通り魔事件が「相次いでいる」というのは、その言葉だけなら決して嘘とは言えないだろう。
　通り魔事件は毎年数件から十数件起きている。警視庁の『平成21年の犯罪情勢』(*1)によると、平成21年の通り魔事件は４件であり、平成20年に14件という通り魔事件が起きたことを除けば、平成12年以降はすべて１桁で推移している。
　なお、もう少し古いデータについては、『戦前の少年犯罪』の著者である管賀江留郎がまとめており、過去にも通り魔事件が２桁を超えたことがあり、決して平成20年の14件が、異例の事態とは言えないことがわかる。(*2)
　いわば、通り魔事件は「常に例外的ではあるものの、私たちの周りに常にある事件」である。そういう意味で「相次いでいる」という言い方は、杜撰な物言いではあっても、嘘ではない。
　しかし、私は「相次いでいる」という言葉の向こうに、もっとショッキングかつ、視聴率の取れる事件が発生して欲しいという欲望を見いだしている。すなわち「相次いでいる」という言葉の裏には「相次いで欲しい」という意図が含まれるのではないか。
　14件もの通り魔事件が発生した平成20年は、秋葉原の無差別殺傷事件が起きた年である。秋葉原の事件後に、東京都八王子駅や神奈川県の平塚駅、石川県の白山市などで、模倣と思われる通り魔事件が発生している。また、秋葉原の通り魔事件自体も、３月に起きた土浦での通り魔事件に影響を受けていると言われている。
　こうした影響を与え、事件を他に伝播させるのは、他ならぬ「マスコミの報道」である。
　マスコミが彼らに注目し、その足跡をたどる。毎日のように新聞やニュースで彼らの名前が連呼され、話題の中心になる。
　そうした状況は、世間からはじき出され、孤独を抱える人間にとっては、とても素敵なことのように映る。マスメディアが口汚く犯人を罵り、無辜の一般人の死を悼むたび、事件の犯人は「アンチヒーロー」として祭りあげられていく。

　私は、通り魔事件というのは、基本的に「自殺」と同じ行為だと考えている。
　今回の取手駅の犯人も「人生を終わりにしたかった」と言っているとされる。
　そうした自殺が、自己に向えば自殺となり、他者に向えば通り魔事件となる。
　それならば、通り魔事件を少しでも減らすための努力は、自殺のそれと同じである。
　社会に絶望し、必死に危害の気持ちを抑えている人達に対しては、他者とのコミュニケーションをはかることを強調し、そのための助けになる団体や窓口を紹介すること。
　報道をするのであれば、事件の概要を淡々と紹介し、犯人の写真や個人を強調せず、また単純に悪人としてバッシングすることを避けること。そしてなによりセンセーショナルな脚色をして報じないことだ。(*3)

　私が、今年最後の記事にこの話をもってきたのは、昨今の日本というのは、こうして必死になって「善人」と「悪人」を区分けしているように見えるから。
　その役割を担っているのが報道で、すっかり「こういう大悪人がいる！　正義の我々はそれを許してはいけない！」という構図の報道ばかりを見聞きする。その番組を見る我々は善人として括られ、安心して、悪人を叩くことができる。そのために報道はどんどんセンセーショナルになり、それが省みられることはない。今年も大金持ちのタレント司会者が「我々庶民は」などと嘯き、一方的に白黒を表明する程度の、思慮に欠ける報道バラエティーが花盛りだった。
　そうした報道が、日本の言論の質を貶め、社会を安直に敵か味方かで区分けしていったように思う。
　振り返るに、この一年は、そうした残念な一年であったように思う。

*1：平成21年の犯罪情勢　http://www.npa.go.jp/toukei/seianki8/h21hanzaizyousei.pdf
*2：少年犯罪データベースドア http://blog.livedoor.jp/kangaeru2001/archives/51651790.html
*3：自殺対策支援センターライフリンク　「いじめ自殺」報道のあり方 http://www.lifelink.or.jp/hp/jisatsuhoudou.html