メディアの未来像を考える～進化するネットメディア 変化するマスメディア～ - BLOGOS編集部
※この記事は2010年12月03日にBLOGOSで公開されたものです
11月30日に新宿・住友ホールで行なわれた、BLOGOS1周年記念シンポジウム『メディアの未来像を考える。進化するネットメディア 変化するマスメディア』。BLOGOS編集長の大谷広太を聞き手に、オピニオンサイト『アゴラ』編集長の池田信夫氏、ジャーナリストの田原総一朗氏、株式会社ジェイ・キャスト代表取締役蜷川真夫氏を迎え、現在の日本のネットメディアやマスメディアを取りまく現状、そしてメディアの未来像をテーマとするディスカッションを行なった。今回はその模様をお届けする。（取材・構成：入江大輔）「テレビはいい加減なメディアだった」
大谷：今回集まった皆さんは、そもそもなぜメディアに携わろうと思われたのでしょうか。そして、メディアが変わり始めたのはいつ頃なのか、その辺りからお聞かせ下さい。
池田信夫氏（以下、池田）：僕は1993年までNHKに勤務していて、『クローズアップ現代』が立ち上がった時の初代デスクでしたが、NHKは僕が辞めた頃から、ある意味、良くも悪くもほとんど変わっていないんです。この17年間は海老沢勝二会長の時代でした。あの人はテレビを知らない人で、"何もやらない"と決めていましたからね。
本当はテレビにも変われるチャンスがあったはずですが、インターネットが出て来た時も乗り遅れてしまった。NHKに関しても、地デジを辞めた方がいいと幹部に言ったけれど、分かってもらえなかった。結局、NHKオンデマンドも中途半端な形でスタートしましたし、インターネットへの対応も後手後手にまわってしまった印象です。一方でNHKがお手本にしているBBCは凄いですよね。『iPlayer』は、1000万の利用者がいる欧州で最も人気のあるサイトになっている。
BBCのマーク・トンプソン会長が、NHKの理事会に招かれた時、「BBCはもう放送局ではない。BBCはウェブ、テレビ、ラジオ、iPlayerなど4つのチャンネルに対して同じ情報を配信している。どのチャンネルを利用したとしても、BBCはライセンス料（受信料）を課金できている。カスタマーがチャネルを選ぶ時代だ」と言ったそうです。でも、NHKの理事の皆さんはポカーンとしていた。このように海外と日本では非常に大きな差がついてしまった。このギャップを埋めるのは容易ではありません。今日は大先輩の田原さんもいらっしゃいますし、その辺りのお話をできたらと思っています。
大谷：ありがとうございます。田原さんは最初、テレビ東京のディレクターとしてキャリアをスタートなさっていますね。
田原総一朗氏（以下田原）：私が東京12チャンネル（現テレビ東京）に入ったのは、東京オリンピックの前年（1963年）、つまり開局直前でした。それまで勤めていた岩波映画からテレビに移ったのは、テレビがいい加減なメディアだったからです。岩波に在籍していた当時、日本教育テレビ（現在のテレビ朝日）から、ある番組の構成を頼まれたんです。当時の若い女性ディレクターが幼稚園に関する30分番組をやりたいと。私が思いつくまま企画を話すと、「それで行きましょう！」となった。その後も何度もやりとりがあると思って、「台本はいつまでに書きますか？」と聞いたら、「今晩中に」だって（笑）。台本を渡した後、やり取りをしながら直していくのかと思ったら、「明後日が本番です」と。こんないい加減な世界なのか、これは魅力的だと思ったんです。
岩波映画では企画を立てると、10から20回の企画会議があります。映画とテレビはスピードが違う。テレビはいい加減に喋ったことが、二日後に本番になるという。この世界なら、なんでも好きなことがやれる。その通りでしたよ。何でもできましたから。なぜなら誰もテレビを知らなかったんです。
今、テレビが駄目になってしまったのは、管理主義が台頭しているからです。部長、局長、役員がテレビを知ってしまった。彼らは「テレビとは……！」なんて言っています。そして、もうひとつ問題はどの局にもコンプライアンス部があること。文句を言う所なんです。「こんなことはやるな」、「今日の番組のこれは駄目」と。こんなことが朝日新聞にはありませんでしたか？
蜷川真夫氏（以下、蜷川）：コンプラアインス自体はありますが、そこまではやってないかもしれませんね。
田原：たぶんやっているでしょう。「この人は出しちゃ行けない」と言ったりね。例えば鈴木宗男さんが来週（12月６日）収監されます。私は彼の最後のメッセージをやりたいんです。でも、テレビはどこもだめ。結局今週の金曜日（12月３日）にニコニコ動画でやることになった。鈴木さん最後のメッセージですよ。面白いと思うでしょう？ 堀江貴文も駄目、佐藤優も駄目。テレビはコンプライアンスが入って、駄目ばかりになってしまった。これでは良くなる訳がない。
最近、僕は既存のメディアが終ったなと思いました。尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船と中国の漁船が衝突しましたね。日本政府は動画を公開しないと決めた。でも、海上保安庁の保安官がそれを流した。どこで流したか？ YouTubeで流したんです。これまでならばテレビですよ。でも、テレビではどこも流せない。既存のテレビや新聞がネットの情報を後追いしている。世の中逆転したなと。これは大変だと思っています。
「新聞は時代によって、他のメディアを気にします。」
大谷：蜷川さんは早い段階から、ネット専門でニュースを配信する「ジェイ・キャスト」を立ち上げて、成功させました。また、朝日新聞やAERAという経歴もお持ちです。ネットとマスメディアの違いを教えて頂けますか？
蜷川：おふたりの話を聞いていて、活字とテレビも違うな……と思いました。新聞社にもコンプライアンスに似たものがある。それが編集方針なんです。それに従って、「出す」、「出さない」を決める。校閲のような記事審査はありますが、コンプライアンス部が活躍することはあまりありません。テレビよりも古くから続いているので、コンプライアンスよりも前に編集方針がデンと構えている。
僕が就職した当時は、今の学生のようにたくさん受けなかったんです。自分は原稿書くのが一番いいかなと思いましてね。編集は面倒臭いな……と（笑）。自分で書くのならば、遊んでいるようなものだと、非常に単純な理由で新聞社に入りました。新聞社は原稿が上手い下手、取材の巧みさもありますが、ほとんどが肉体労働だと思います。とにかく早く情報を出す必要がある。僕は社会部だったんですが、あまり物事を深く考えなかったように思います。そういえば、田原さんを取材したこともありましたね。「お前が番組を終らせたんだ」と言われたことを覚えていますよ（笑）。
田原：NHKからのクレームで番組が中止になったんですよ。
蜷川：田原さんが、かつてテレビ東京でやっていたドキュメンタリーシリーズは本当に素晴らしかった。田原さんの原点がそこにあるのかな……と思っています。僕が新聞記者だった当時はジャーナリズムについて深く考えることがなかった時代でした。新聞全盛の時代です。新聞は時代によって、他のメディアを気にします。民放が登場して面白い番組を作るようになると、誌面でテレビのように面白い記事を書けないか模索する。その次に週刊誌が面白くなると、週刊誌のように書けないかって具合ですね。現在はビジュアル面を強調しようとしています。今はあまりにも他からの影響を受け過ぎて、新聞のあるべき姿を失いつつある気がします。
僕が新聞社をやめたのは10年以上も前ですが、将来的にインターネットが隆盛して、その中でニュースや情報が配信されるだろうと思っていました。ただ当時はまだWindows95の時代でスピードも遅かった。自分が思っていたようには、情報の新時代は来ませんでした。「ジェイ・キャスト・ニュース」を作ったのは2006年ですから、ずいぶんと時間が経ってからです。いま思うと、この辺りが転換期だったと思いますね。2004から2005年くらいからブロードバンド化が進んで、いろいろなことができるようになった。今は重たい動画でもアップ出来ますが、以前は回線が弱かったので制限もありましたし、表現の幅が非常に狭かった。ようやく2005年くらいからユーザーも多くなったし、ネット上の表現に多様性がでてきました。95年当時、yahooの利用者の男女比が7対3だったのが、現在では5対5になっています。ごく普通の人たちにとってネットが近くなった。そんな時代に、やるべきことは、衰えた新聞の受け皿ではなくて、全く違うメディアです。
「尖閣ビデオ問題で一番大胆だったのは、臆病だったはずのNHK」
大谷：新聞やテレビは長い時代を経て、現在は色々な制約を受けている。一方でネットは何でもありな状況になっています。先ほど田原さんがおっしゃった尖閣ビデオの流出は、我々ネットに携わる人間も非常に驚きました。池田さんはTwitterで情報を知ったそうですし、第一報が新聞やテレビではなくてネットだったという事実に関してはいかがでしょう？
池田：このビデオを流した人が出頭した翌日、ある業界のシンポジウムに参加しました。キー局の首脳が数人いたんですが、「あなた方の局は保安官が映像を持ってきたら、出しますか？」と聞いたんです。そしたらみんな黙ってしまった（笑）。皆さんが言っていたのは、「現場は出したいけれど、おそらく法務部のOKが出ないだろう」と。別の人は「テレビ局は役所に免許を握られているので、違法行為があると免許を停止されてしまう。現場がいくら出したくても、電波を止められる訳にはいかない。だから系列の新聞社に流すだろう。そうすれば役所も何も言わない」と言っていました。もうマスメディアの多様性もへったくれも、ありゃしないと思いましたよ。現場は絶対に出したいと言うと思うはず、これはNHKも含めてね。でも法務部はOKしない。免許要件を含んでいますから。
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大谷：もし、この海上保安官がビデオをテレビ局に持ち込んでいたとしたら、テレビ局はどのような対応を取っていたと思われますか？
田原：まず、映像はYouTubeで流れました。その情報を一番早く流したのはなんとNHKです。一番大胆だったのが、臆病だったはずのNHKなんですよ。他の民放は「NHKが流したんだから……」と放送に踏み切った。これこそ、テレビが駄目になった証拠です。例えばテレビには裁判に関わった人間は出してはいけない。つまり被告人や容疑者を出せない。知る権利があるはずなんです。裁判になっているから、鈴木宗男さんや堀江貴文さんは駄目だった。国民には知る権利があるはずなのに、そのことを全く考えていない。
新聞もだらしない。例えば9月に民主党の代表選挙がありました。僕は実にくだらない選挙だと思っていました。小沢（一朗）さんも、菅（直人）さんも過去の人ですよ。当然世代交代すべきだった。朝日、読売、毎日の記者に聞けば、「彼らは辞めるべきだ」と言っていた。なぜ、彼らはそれを書かないのか？ 編集方針だからと。せっかく民主党が代表選挙やっているのに、くだらないとは書けない。そして、今回の臨時国会も実にくだらなかった。予算案を話し合う国会のはずです。自民党で予算の質問をしたのは石破茂と林芳正だけ。あとはくだらないVTRの話題ばかり。「こんな国会やめてしまえ」とどこの新聞も書かない。どうして書かないと言われると、編集方針だそうです。
蜷川：一部の新聞には「くだらない」と載っていましたよ。どこかと言えば投書欄でした。投書欄の方が優れている（笑）。今は新聞よりも読者が進んでいると思いますね。最近の投書欄は新聞に書いていないことがたくさん載っています。
池田：コンプライアンスには現場も困っています。特にBPO（放送倫理・番組向上機構）はどんどん内容が細かくなっていて……。
田原：なんであんなもの作ったんだ。
池田：先ほどのシンポジウムでは、民放がNHK化しているという話もしたんです。ただ、危ない案件を出さないだけではなくて、副作用も生まれている気がします。昔は、事件を警察が捜査をしていない段階で、例えば週刊文春は自分のリスクを冒してまで独自取材したわけです。
田原：「疑惑の銃弾」だね。
池田：リクルート事件も神奈川県警が諦めた案件を、当時の朝日新聞の横浜支局が独自の判断で取材しています。今は法務部が許さない。警察が立憲しないと記事にできないんです。そうすると、新聞もテレビも、刑事事件になった途端に集中砲火となる。僕は「刑事事件バイアス」と呼んでいますが、それまでは一切報道しないで集中豪雨的に報道するんです。これが正に「疑惑の銃弾」、三浦事件がきっかけなんですね。当時、三浦（和義）さんがいかにも悪そうだったから、みんな犯人扱いして悪く書いちゃった。ところが土壇場でひっくりかえって、無罪になってしまった。結果、彼が山のように訴訟を起こして、8割以上は勝った。
以降、最高裁で有罪が確定するまでは、一切犯人扱いしてはならない。これは正しいことではあるけれど、とにかく裁判で係争中の事件でさえ、犯人扱いできなくなってしまった。小沢さんに関しても「検察によりますと」という但し書きがあってようやく報道する。これも僕の時代にはなかった珍現象です。
田原：小沢問題に関しては、検察が小沢を潰したいと思ってリークする。これを新聞やテレビは裏を取らずに報道してきた。その検察が起訴も出来なかった訳だから、マスメディアは悪口を謝罪しなければならないのに、していない。
蜷川：小沢問題に関しては、僕は少し違う考えを持っています。事件でみると起訴か不起訴の問題だったかもしれない。本来、それとは関係なく政治資金の在り方としての是非を国会で問うべきで、刑事事件は関係ないと思うんですよ。
田原：どの新聞も「関係者によれば」と書いている。当然関係者は検察関係者だ。朝日新聞の記者に、「なぜ、検察関係者だと書かないんだ」と聞いたら、「出入り禁止になるから出来ない」と。蜷川さんだったら、違ったでしょう？
蜷川：確かに検察の取材は大変で、検察に仕切られている側面はありますね。検察をまわっている記者からすると、責任を持たされているし、一切話してくれなくなったら終わりですからね。
小沢一郎氏がニコニコ動画に出演した理由
大谷：新聞等の報道に対して、ネットでは小沢さん支持が多かったようです。
池田：僕がニコニコ動画で小沢さんの隣で話した時に、「ネットの世論調査だと、俺を8割支持じゃないか」と言っていましたけれど、あれは世論調査ではないですからね（笑）。ただ、マスコミは極端に反小沢でした。朝日新聞は「空いた口が塞がらない」と酷い社説を出していましたし……。
田原：朝日は小沢の取材をまったくしていない。そんな状況でなぜあんな事が言えるのか。昔はある程度強気の取材をすることによって、検察に出入り禁止になった新聞社が一社か二社はあったんです。
池田：昔は登院停止ってけっこうありましたよね。
田原：今度の小沢問題では一社もなかった。全部検察の言いなりになっている。蜷川さんの時はあったでしょう？
蜷川：ありましたね。記者クラブから除名になって……。検察はやっぱりすごかった。彼らがノーとなると、次席検事は絶対に会ってくれないし、記者クラブにも入れない。小沢問題に関しては独自にメディアが取材すべきだったと思います。田原さんが言ったように、検察が動いてから、それに乗って書いただけです。本来であれば、政治資金に関しては独自の取材ができたはず。そういった意味では、週刊誌の方が良い取材が出来ていた印象ですね。本来メディアは独自の取材をすべきだと思うんです。だから、状況によっては取材源を秘匿して、逮捕されるかもしれない。それを覚悟してやるのが、本来の新聞の役割でしょう。
池田：面白いのは小沢さんが、ニコニコ動画で「国会に出ないぞ」って言ったことでしょう。あれも珍現象ですね。
田原：一般の世論調査では小沢は辞めろが8割、でもインターネットでは逆の数字が出ている。だからニコニコ動画に出たんですよ。
池田：逆にニコニコ生中継は、親小沢のバイアスがハッキリあります。小沢さんも、あそこなら出るって感じなんですかね。
蜷川：以前、ニコニコ動画との「ある噂」が出たくらいですからね。ただ、人気がないテレビには出たくないというのは、情けない話でしょう。どんどん出てくるべきです。
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田原：給料はずいぶん違うでしょう？ NHKはかなり安いはずだけれど……。なぜ、そんな所に行ったの？
池田：全然違います（笑）。でも、しんどいから。サツまわりをしていたら、2～3年で辞めていたでしょう。でも、その頃から新聞とテレビの力関係が変わったんです。70年代後半までは新聞が圧倒的に上位にいた。朝日新聞が頂点にいて、落ちた人が読売新聞に行って、それに落ちた人がNHKに行っていた。ところが70年～80年代から、テレビが第一のメディアになって行った。当時新聞の人たちからは「絵を出しているだけだろ」って思われていましたが、既に70年代の段階でNHKの方がメディアとしての力は持っていました。ところが90年代から、力関係がさらに変わった。
「資本の規制なんて意味がない」
池田：70年代はアメリカでケーブルテレビが生まれた時代です。従来のネットワークテレビが駄目になると言われていました。NHKでも会長の島（桂次）さんはアメリカで色々見てきていたから、その状況を理解していた。彼が失脚しなければ、もう少しNHKが変わっていたかもしれません。その後、何も知らない海老沢さんが、実質15年もトップに就いてしまった。結果、全く何もしないという方針を立てたんですね。実は総務省の放送政策はNHKの企画総務室が立てています。そのおかげで今の周回遅れになってしまった。新聞も再販制度が、善くも悪くも新聞を守っている。アメリカの新聞はバタバタ潰れて行ったけれど、あのお陰で日本は、なんとか生き残っています。
田原：再販制度に口を出すと、テレビや新聞で仕事が出来なくなります。なぜなら読売新聞のトップがこれに断固反対しているから。
池田：そうそう（笑）。再販制度は新聞でも雑誌でも一切書けない。再販制度を批判した東京大学の三輪（芳朗）さんは、どこにも書けなくなってしまった。唯一東洋経済だけでしたね。僕みたいに地デジを批判すると、テレビ局は一切お断り。このような状況になると、悪い話が現場にはもちろん、経営者に届かないから、ますます状況が悪くなる。新聞は確かに生きながらえているけれど、結果的には新聞自身が時代への対応を遅らせている状況にありますよね。
蜷川：僕も新聞にいたから感じますが、相当深刻な状況にありますね。それは再販制度だけではなくて、むしろ業界の秩序が問題になっている。再販を崩したら、新聞業界全体が崩れる可能性もありますが、同時に業界のバランスが崩れるかもしれない。新聞は、中央紙と各地に1個ずつ地方紙があるという、業界に存在する秩序によって守られている側面があるんです。アメリカでは、各地方に共和党系と民主党系の2紙ずつが存在していたのが、なくなりつつあります。日本独特の秩序がある限り、再販制度とは別の理由で、なくなることはないのかもしれません。しかも、地方紙は地方権力と上手くやっているので、新しいメディアの進出が難しい。新聞とテレビがタッグマッチになっている訳ですから、アメリカよりも業界の秩序が強固なんです。それが、池田さんの言っていた進歩を邪魔しているのでしょう。
田原：歴代の総務大臣は、「朝日新聞とテレビ朝日が一緒になっているのは良くないから離す」と言っています。どの総務大臣もそういっていたのに、結局途中で丸め込まれてしまう。
池田：原口（一博）さんも最初に言っていましたね。テレビ朝日の報道ステーションに、堂々と朝日新聞の編集委員が出ている（笑）。朝日新聞が保有するテレビ朝日の株式なんて20～30%くらいでしょう。要するに資本の論理ではなくて、人と人のつながりで天下りしている訳です。だから、資本の規制なんて意味がない。むしろ問題なのは、テレビも新聞もこのまま行くと立ち行かなくなる可能性がある。もっと集約して、身を寄せ合って、生き残ることを考えなければならない。
田原：そもそも、なぜ地デジをやろうとしたの？
池田：言ってしまえば、ケーブルでも、衛星でもいい。当時の郵政省にも、そんなことをやったら1兆円もかかるし、広告料も増えないから、反対した人もいたんです。衛星デジタルに統一して、そこで地上波の番組をやれば、当時でも200億円あれば全国をカバー出来るとしていた。実はNHKも島さんの時代は、地上波をやめて衛星に一元化すれば、コストが50分の1にできるという発想もあったんです。でも、たったひとつ困る事があった。民放連は130社のうち東名阪は20社で、残りの100社以上は地方局なんですね。国連と同じで、アフリカの小国もアメリカも1票。一番弱い国が力を持ってしまう。タチの悪い地方民放が圧倒的多数なので、そこの都合で民放連の方針がすべて決まってしまう。地方民放を守るために、地上波でやると決めた。当時の氏家（齊一朗、日本テレビ社長）さんは、最初から国の金を当てにしていた。田原さんのインタビューでも言っていましたよね。
田原：マスコミは、マスコミの犯罪的行為を一切報道しないからね。でも、ネットの問題は商売にならないことですね。僕もTwitterやらやっているけれど、まったくお金にならない。
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「ネットの問題は商売にならないこと」
大谷：これは、本当に大きな問題です。ネットはオピニオンなどの二次情報の発信、リークや情報拡散には強い。しかし、一次情報や取材力には問題があります。全国津々浦々まで、きちんとした情報を集めることに関しては、まだまだ弱いと実感しています。ネットは新聞・テレビとの取材力の差をどのように埋めて行けばよいのでしょう？もちろん、お金も必要になってきますが……。
蜷川：現在ネットの情報は完全な過渡期にあります。何千万人のネットユーザーがいるかもしれないけれど、マスの影響力は圧倒的にテレビが上なんです。検索のログを見ていると、テレビで話題になったものをネットで確認する。現時点でこれがネットの役割です。ネットメディアは経営的にも大変です。ウチのネット関連部門は黒字ですが、それは単純にお金をかけずに作っているから。我々の規模だとそれができる。でも、その程度では雑誌やテレビの取材力には太刀打ちできません。僕らは最初からその部分は諦めています。将来的には可能かもしれませんが、今は無理をしたとしても、爆発的に経営状態が良くなることはあり得ない。広告の在り方も、ネットでは過渡的。雑誌、新聞、テレビのようには行っていない。現状では、経営的に安定する範囲で書くことになっている。倹約していますよ（笑）。ウチの読者からは「ジェイ・キャスト」じゃなくて「ジェイ・"カス"ト」だなんて言われています。もっと取材しろとお叱りを受けるけれども、それでは経営が成り立たない。メディアはある程度経営的に成り立たないと、自由に発言できません。やせ我慢をして続けていくのが今の段階です。
日本のインターネット分野は、amazonがあり、楽天もありと、非常に上手く行っているところはありますが、こと取材力に関しては雑誌にとうてい及ばない。ただし、将来は分からないかな……。アメリカを見ていると、ボチボチ出てきていますしね。アメリカは90年代から『Salon.com』のようなサイトが登場しました。ストライキで辞めた記者がニュースを流して評判になったんです。
池田：アメリカではCNN以外の、NBC、ABC、FOXのテレビは全てオンデマンドで見られるんです。ケーブルテレビもオンデマンドで配信がメインになっている。日本は著作権法でそれを排除している。先日もソニーの録画機器を使って、海外配信しようとした小さなビジネスを、NHKと在京キー局5社が訴訟を起こして最高裁まで持って行った。IP配信も規制しているし、そんなことをやって、何を守るのかと。現時点では自分達の既得権を守ることが重要かもしれません。新聞の宅配を守るのと同じです。でも海外では、あれだけ危ないと言われていたニューヨークタイムズが復活しつつある。ネット配信で勝ち行くメディアになるかもしれない。もし、そのようなビジネスモデルができて、ニューヨークタイムズの取材力があれば、紙のメディアを止める可能性があるかもしれない。そうなった時に日本の新聞は立ち行かなくなるでしょう。
田原：日経新聞が紙と電子版をやっていますが、伸びませんね。
池田：高いからかな？
田原：なぜ、電子版の方が安くなるはずなのに、印刷や紙もいらないのに。
池田：販売店がうるさいから、なるべく販売店の邪魔にならないようにしている。今の段階では関係者が死なないで済むかもしれない。90年代に日本の銀行がやったことと同じなんです。2～3年で死ぬ所を10年で死ぬだけ。10年後にはもっと酷い状況になる。今、症状が軽いうちに別の商売を考えた方がいい。
田原：テレビは経営者がいない。みんな新聞から来ている。新聞の優秀なのは、自分の所で社長になっている。なれなかったのがテレビに来てるんだ。
池田：政治部出身で、政治家との付き合いが上手いだけ。テレビのことを何も知らない。テレビ朝日の某会長のように（笑）。朝日新聞の政治部から天下りで社長になって……。
田原：テレビのことをちゃんと知っているのはフジテレビの日枝（久）氏くらいですよ。あとは全部天下りだ。
蜷川：先ほどの日経の話ですが、僕の考えは少し違います。ウェブには独自の情報の出し方があるんです。日本の情報サイトのほとんどは、新聞社が使った情報をそのまま流しています。朝日も、読売も、日経もそうです。恐らくウェブは新聞と違う記事の書き方をしなければならない。コンテンツの特性による、情報の発信方法の違いがまだ出来ていないんです。テレビだって黎明期は新聞のようなニュースを読んでいましたよね。NHKの人が記者クラブで聞くんですよ。「蜷川君、このニュースは新聞で何段になるんだ？」って。なぜ聞くかといえば、3段以上のニュースは全中（全国中継）用に出さなければならないと。当時は新聞のニュースの基準でテレビの放送内容も決まっていたんです。
池田：そうですね。今の日本のニュースサイトを見ていても、日経なんて誌面をそのままアップしているだけ。アメリカだとニューヨークタイムズは完全にウェブに最適化していて、ウェブのみの記事も多いくらいです。恐らくウェブだけで生き残る時代を見ている。僕はあと10年くらいで、その時代が来ると考えています。2020年ごろに新聞を一部一部家庭に配るなんてあり得ない。日本の新聞社の首脳は10年後に紙があると思っているんでしょうか？
蜷川：湾岸戦争の時にショックな出来事がありましてね。当時、会見で質問している人のほとんどがウェブの記者だったんですよ。ニューヨークタイムズのウェブセクションとか、CNNのウェブ版とか。90年代後半からですよ。
田原：日本でも記者会見で手を上げるのは、フリーランスやニコニコ動画なんですよ。新聞やテレビは手を上げない。
蜷川：最近では何を見ても、情報のソースは「ニューヨークタイムズの電子版によると」になっていますよね。紙のニューヨークタイムズじゃないんです。電子メディアは、ニューヨークタイムズの中でも全く別のメディアとして存在しようとしている。でも、日本ではまだそれがない。新聞社のサイトは新聞記事を流用することから始まっていて、まだ独自の情報がないんです。
池田：この問題で厳しいのは新聞やテレビのインフラです。これまでは輪転機や電波がないとメディア側に立てなかった。今は誰でも、それこそライブドアでblogを作れば、タダでどこにでも発信出来る。しかも、理論的には世界中に向けて発信できる。つまり、インフラのコストがゼロになった。かつては新聞社やテレビに、何十倍の関門をくぐって、ようやくジャーナリストになれたんだけれど、今では誰でもジャーナリストになれる。そうなった時、メディアの中にいる人はどうやって食べて行けばいいのか……？
そうなった時、既存メディアはいらないとは思わない。僕はアゴラをやっていますが、1日に1～2本の記事が公開されています。プロもいるし、学者からも、アマチュアからも記事が届きます。でも、一見してはっきりとクオリティが違うんです。やっぱり物書きでメシを食っている人の文章は、アマチュアとは全然違う。今後、メディアがなくなってしまっても、ジャーナリストとか、専門家、あるいは文章や編集の専門家でもいい。そのような人たちのスキルは残る。逆に言うと、そのような人たちの個人スキルの勝負になる。これは相当厳しい世界です。これからは自分がどの情報を発信していくか……。
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蜷川：以前の取材は会って顔色をうかがって、話を聞いたものです。最近、ある政治記者と話したんですが、彼が言うには「ある女性記者と話していたら、彼女の携帯にメールが入った。某有力政治家からの、取材に対する答えだった。昔だったら直接夜まわりして聞いたのに、今は携帯で返事が送って来る。その女性記者はそれで特ダネを書いた」って。これは象徴的な例ですよね。
「単なる情報はネットに置き換えられます。でも良いものは印刷して紙になる。」
大谷：取材方法が変わって来たという話ですが……、今日は会場からも質問をたくさん頂いています。『ネットメディアが発展している中で、新聞やテレビが彼らに追い越されないためには、今何をすべきか』という質問があります。
池田：質問の前提自体が間違っていて、今の新聞社やテレビ局が、どうやったって今BLOGOSがやっているようなコスト構造にはなれない。年収1,000万円以上のサラリーマンが、このようなメディアを作れる訳がないんです。これからはメディアにぶら下がるジャーナリストは超少数派になるはず。本当にジャーナリストがフリーランスになる。そのような人たちにメシを食わせるシステムをどうやって作るか？ これは難しいですよ。
田原：先日、Amazonの代表の人と話す機会がありました。今、僕らが本を書くと印税はだいたい1割です。ところが電子書籍になると印税が7割5分になる。そのような時代が目の前に来ている。出版社も、取り次ぎも、印刷所もいらない。
蜷川：まぁ、7割にはならないでしょうが……。Amazonが言っていることには仕掛けがありますからね。
池田：私も今年からアゴラ・ブックスをやっていますが、当社は半分半分です。Amazonの7割というは、完全に製版のレイアウトまで著者が完成させた場合が7割なんですよ。そうでない場合はもっと低いレートです。
蜷川：3割～4割の間でしょうね。
池田：でも1割にはならない。出版は最後に残るかなと思ったけれど、iPadを見ていると、意外に出版の終わりも早いかなって気がしますね。
蜷川：新聞社の数は少ないけれど、生き残ると思っています。
池田：紙として残りますか？
蜷川：残るでしょう。単なる情報はネットに置き換えられます。でも良いものは印刷して紙になる。
池田：いやぁ、そうかな……？
田原：僕は何かが起こるとYahoo!で見ますよ。一番速いから。新聞がその日の起こったことを記事化するのは翌日の朝刊。テレビでも夜のニュースです。Yahoo!やtwitterはその瞬間ですよ。新聞やテレビに情報のスピードでの勝ち目はない。彼らが残るとすれば、分析して解説するしかない。でも、今の彼らにそれが出来てない。
池田：おかしかったのは、北朝鮮の砲撃の時に、菅直人氏が官邸にやってきた時のこと。砲撃は2時半に起こって、彼は70分遅れて官邸にやってきた。「いつ知ったか？」と聞かれて、「3時半にテレビで見た」と言ってしまった。後から、慌てて外務省から聞いたと言っていたけれど、どうなっているんだと。3時20分に僕はtwitterで知ったのに、外務省が3時30分とはね。
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池田：でも、北朝鮮からテポドンが飛んで来たら、10分で東京に到達するのに（笑）。
田原：今の日本は、官邸に情報が上がって来るシステムが出来上がっていない。
蜷川：テレビで見てもいいんですよ。テレビが速いのならば。官僚は確認に確認を重ねて、一応決済を取った上で情報を上げる訳ですから、情報伝達に向いていないんでしょうね。
「ちゃんとした物を書ける人が育つか」
大谷：新聞社や出版社が立ち行かなくなった場合、優秀な編集スキルや取材能力をを持った人材を育てる場が無くなってしまう可能性があると思います。それ以前に、メディアについてのリテラシー能力をどのようにして身に着けていけばいいのか？という問題もあると思います。
田原：２つ目の質問は簡単です。僕は新聞６紙取っています。朝日、読売、毎日、日経、産経、東京と。朝日だけを読むのではなく、読み比べて欲しい。例えば最近では尖閣諸島問題で船長を逮捕し、中国が怒った。その何日か後、日本の巡視船が海中調査をしたら、中国の巡視船が「やめろ！」と言った。この事件を各紙がどう伝えたかを比較すると面白い。
産経新聞は1面トップ8段で写真2枚入り、読売新聞は1面真中5段写真入り、毎日新聞は1面下4段写真入り、朝日新聞は37面のベタ記事（笑）。この記事は中国政府も読むんです。産経は「俺たちは怒ってるぞ～」と大声で伝えた。読売は「問題だぞ！」、毎日は小さい声で「問題です」、朝日は「何も問題ありません」と言っている、どんどんやって下さいと。どうです、面白いでしょう？
池田：最初の質問、今後ちゃんとした物を書ける人が育つかは、ものすごく深刻な問題です。これまでは良くも悪くも、新聞社やテレビ局で収入が保証されるなかで、徒弟修行として訓練する余裕があった。今後は、自分自身も毎日生活していかなければならないから、後輩に教えるってことが出来なくなるかもしれない。テレビ局でも民放の下のプロダクションは入れ替わりが激しくて、善くも悪くも徒弟修行ができていない。原稿の『てにをは』すら、ままならない。そんな人が平気でテレビの番組を作っているんですよ。企画・演出の質が落ちるのは避けられないかな。
田原：以前、関西テレビの『発掘! あるある大辞典』がヤラセをやった。僕は関西テレビの総括番組に出たんだけれど、ヤラセをやったディレクターはこれまで高視聴率を取って来たベテランの優秀な人だった。年収を聞くと「700万円」だ。チェックをするプロデューサーは「2,000万円」だって。プロデューサーがチェックしていないから、インチキになった。何もしていない人間が2,000万、作っている人間が700万だって。
蜷川：メディアの人材育成の話ですが、池田さんが言われたように深刻です。我々の会社でも、オン・ザ・ジョブトレーニングによって、新聞社のように教育をしているけれど、なかなか育たない。１～２年で書けるようにはならないんです。でも、やっていかないと、僕らネットメディアも成り立たない。編集者は記者と違って、最終的に決められた時間で作らなければならないけれど、そんな機会もどんどん減っている。
田原：僕が文春や中央公論で書き始めた頃は、まず「どんな原稿を書くか」と打ち合わせをする。そして、書いた原稿を読んだら、「書き直して下さい」とリアクションがあった。今の編集者は電話で注文してきて……。
池田：いや、メールですよ。
田原：そう、メールで注文が来て、原稿を送っても何も返事がない。雑誌になった段階で送って来る。1回も会わないんだ。
蜷川：これは深刻な事態ですよ。作家の人も「これは酷い」と言っています。会ったこともない人に頼まれて、感想も届かない。ファックスやメールを送っても音沙汰ない。昔の人は10分後に感想を言わないと、作家から文句を言われたものです。アメリカのメディアを見ていると、色々な人が色々テーマでBlogを書いています。「こんなことを考えている人がアメリカにはいるのか」と驚くことがあるんです。日本ではそんなBlogはほとんどない。池田さんは例外で、日本でBlogっていうと日記になっている。だからでしょう、なかなかメディアが育たない。日本社会も、意見をきちんと整理して発言する教育をしないと駄目なのかもしれない。これはメディアだけの問題ではない気がしますね。
池田：教育の問題もあるけれど、何よりもビジネスとして成り立つか。ウェブは危ういと思います。日本は広告に依存しているけれど、ウェブ広告はもの凄く安い。
大谷：まだまだ、話題は尽きませんが、時間が来ましたのでシンポジウムはここで終了させて頂きます。田原さん、蜷川さん、池田さん、本日は本当にありがとうございました。
一同：ありがとうございました。
出演者プロフィール
田原総一朗（たはら そういちろう）
ジャーナリスト。東京12チャンネル（現：テレビ東京）を経てフリーに。現在、早稲田大学特命教授として講義を行うほか、「大隈塾」塾頭も務める。著書に『第三次世界大戦 新・帝国主義でこうなる!』『第三次世界大戦 世界恐慌でこうなる!』がある。また、雑誌『オフレコ！』（以上、アスコム）の責任編集長も務める。
・田原総一朗 公式サイト
蜷川真夫（にながわ まさお）
株式会社ジェイ・キャスト代表取締役。朝日新聞社で社会部、外報部記者、アエラ編集長などを歴任。97年同社を退社後に株式会社ジェイ・キャストを設立。著書に「ネットの炎上力 (文春新書)」（文春新書）、「田中角栄は死なず」（徳間文庫=書籍、J-CAST BOOKS、アゴラブックス=電子書籍）などがある。
池田信夫（いけだ のぶお）
経済学者。上武大学大学院経営管理研究科教授、SBI大学院大学客員教授、株式会社アゴラブックス代表取締役。言論プラットフォーム「アゴラ」を主宰。著書に、「電波利権」（新潮新書）、「希望を捨てる勇気-停滞と成長の経済学」（ダイヤモンド）などがある。
・アゴラ｜池田信夫 blog
