※この記事は2010年09月09日にBLOGOSで公開されたものです

　日本新聞協会に加盟する103紙が、「紙があって、よかった。」という広告を一斉掲載するというキャンペーンを行った。「新聞の媒体力と新聞広告のパワーを世の中にアピールするのがねらい」とのことである。(*1)

　広告に掲載されている、手塚治虫と、野口英世の母の例にしても、それは「紙の価値を再発見」するに値する例かといえば、疑問が残る。
　もし今、手塚治虫が漫画の構想をするとすれば、パソコンの前でペンタブレットを使って、絵はデジタルデータとして存在しただろう。そして手塚は紙であろうがデジタルデータであろうが、何も変わることなく想像の羽根を広げたに違いない。
　また、野口英世の母も、今の社会であればインターネットを通して、海外で働く野口英世とリアルタイムで電子メールを交し、必要であればお互いの顔を見ながらのビデオチャットを行うことができたはずである。
　パソコンの苦手な年老いた母親が、息子と話したい一心でパソコンを覚え、おぼつかない様子でキーボードを一生懸命に叩く姿には、紙に書かれたおぼつかない文字と同じように、息子に対する愛情を覚えずにはいられない。
　特に、野口英世の母の例については、海外で働く息子とやり取りをするために、船便で紙のメールを送り、返事をもらうのに数ヶ月待つしかなかった当時の状況と、海外であろうとほとんど一瞬で届く電子メールはもちろん、お互いの姿を見ながら会話が出来るビデオチャットすらできる今の状況。息子と遠く離れ、心細かった彼女にとって、どちらが好ましい状況かといえば、後者であることは明白だろう。

　だいたい、これの何が「日本を元気にする」特別企画なのかが、さっぱり理解できない。「日本が元気」とは、紙の新聞が売れる状況を指しているのだろうか？
　新聞が売れていないとは言われるが、この連載でも以前に取り上げた(*2)とおり、新聞各社は相次いで文字を大きくし、情報量を減らし続けている。そうした状況でネットなどで得られる無料のニュース（そのニュースも新聞社自身が報じているのであるが）と、情報量的に競合してしまっているというのが現状だろう。
　そうした現状を生み出したのは、他ならぬ新聞業界自身であるのに、このキャンペーンでは、それをさも「紙の価値を忘れてしまった現代人が、新聞紙を大切にしなくなった。だから、売れなくなったのだ！！」と、責任転嫁をしているようにしか見えない。

　そしてなにより、この説得力皆無のキャンペーンが、新聞という日本の報道の中核を担うマスメディアの団体によって行われているそのことに、あきれてしまう。
　もう少し、自分たちが何を主張したいのかを詰めて、その題材としてそれが本当にふさわしいのかを考え、それを見た人に「なるほど」と思わせるような、具体的で前向きなメッセージを送るべきである。と、そんな当たり前のことを、自分よりもはるかに高い賃金をもらっているハズの新聞社の人達に向けて論じなければならないことに、情けなさを感じる。

*1：新聞協会加盟１０３紙がキャンペーン広告を一斉掲載（日本新聞協会）http://www.pressnet.or.jp/news/pickup/100827_691.html
*2：【赤木智弘の眼光紙背】右へ倣え （BLOGOS- livedoor ニュース） http://news.livedoor.com/article/detail/3568398/

■プロフィール：
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「「当たり前」をひっぱたく」など。