遭難事故を受け、記者会見で謝罪する観光船運航会社「知床遊覧船」の桂田精一社長(2022年4月、時事)

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 北海道・知床半島の沖合で4月23日、乗客、乗員計26人が乗った観光船が遭難する事故が発生しました。5月6日までに子ども1人を含む14人が見つかりましたが、全員の死亡が確認されています。各社の報道によると、事故当日、現場海域は波が高く風も強かったことから、地元の漁協関係者らが観光船の船長に出航をやめるよう、事前に忠告していたそうです。悪天候が予想される中、観光船を出航させた結果、遭難事故が発生したわけですが、この場合、会社側はどのような法的責任を問われるのでしょうか。

 また、無線の故障や連絡の不備など、運航管理のずさんさも指摘されていますが、そういった点は、法的責任の重さに影響するのでしょうか。弁護士の藤原家康さんに聞きました。

賠償責任免除の条項、あっても無効

Q.悪天候が予想されていたにもかかわらず、観光船を出航させて事故を起こしたとして、運航会社側は、今後どのような法的責任を問われる可能性があるのでしょうか。

藤原さん「運航会社は少なくとも、次のような法的責任を問われる可能性があります。

民事:損害賠償責任
刑事:運航会社側で管理責任がある代表者などが、業務上過失致死罪(刑法211条)を負う
行政:運航会社の運航事業の停止や許可取り消し

なお、第1管区海上保安本部(北海道小樽市)は5月2日、業務上過失致死容疑で運航会社の事務所などを家宅捜索しました」

Q.運航会社側が損害賠償責任を科される可能性があるということですが、では、観光船の乗客の遺族が運航会社側に損害賠償を請求した場合、認められる可能性が高いということでしょうか。

担当者「遺族による運航会社側への損害賠償請求が認められることは、十分考えられます。被害者本人に損害賠償請求権がある場合、遺族はこれを相続でき、これに基づく請求ができます。また、今回の事故のように被害者本人が亡くなった場合、遺族には、民法711条で定められている『遺族固有の慰謝料請求権』も発生すると考えられます。これは、事件や事故などの加害者側に対して、被害者の父母、配偶者および子への慰謝料の支払い(精神的損害の賠償)を義務付けるものです。

ただし、一般的に、遺族固有の慰謝料請求権により認められる賠償額は、本人の損害賠償請求権により認められる賠償額よりもかなり低いと考えられます」

Q.会社側が契約書などに「事故があっても、当社は責任を一切負わない」などと記載していた場合、遺族が賠償請求できない可能性はあるのでしょうか。

藤原さん「運航会社と乗客との間の契約は一般的に消費者契約であり、消費者契約法8条では、事業者による消費者への損害賠償責任のすべてを免除する条項は無効としています。つまり、契約書に『事故があっても、当社は責任を一切負わない』という条項がある場合、これは無効と考えられます。この前提で考えると、たとえその条項があっても、遺族は、本人から相続した損害賠償請求権に基づき賠償を請求できることになります。

また、遺族固有の慰謝料請求権に基づく損害賠償請求も可能です。そもそも、遺族固有の立場で請求する場合、遺族は運航会社と契約をしておらず、先述の条項があることはそもそも問題になりません」

Q.事故を起こした運航会社は、経営難だったという話もあります。今後、会社が倒産した場合、遺族が賠償を受けられない可能性はあるのでしょうか。また、会社が倒産した場合、経営者は遺族に賠償しなければならないのでしょうか。ずさんな運航管理の実態が明らかになっていますが、その点もこれらの法的責任と関係があるのでしょうか。

藤原さん「会社が倒産した場合、遺族は、会社の倒産の手続きで分配される財産の限りにおいて賠償を受けられるにとどまりますが、会社が倒産した場合も、会社が加入する保険で賠償金が支払われることが考えられます。

また、経営者は、会社の取締役として、職務を怠ったことを知っている場合、または職務を怠ったことについて重大な過失がある場合、損害賠償責任を負うことが考えられます(会社法429条)。今回の事故の場合、運航会社は、悪天候が予想されるにもかかわらず出航し、また、ずさんな運航管理をしていたとのことであり、経営者がこの責任を負うことが考えられます。なお、一般的に、不法行為をした場合、損害賠償責任を負うことが考えられます(民法709条)。これらのことから、運航会社の経営者が、会社倒産後も遺族に賠償しなければならないことは、十分考えられます。

経営者が破産した場合、一定の権利(非免責債権、破産法253条)については破産後も支払い義務があり、その権利には、『破産者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権』や、その請求権を除く『破産者が故意または重大な過失により加えた人の生命または身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権』があります。今回の損害賠償請求権がこれらに当たることも考えられ、その場合、経営者は、破産後も賠償義務を負うことになります」