動画のライブ配信に課金する「投げ銭」に熱中する若者が増えている。成蹊大学客員教授の高橋暁子さんは「日本独特の『推し文化』が人気の背景にある。ただし配信内容や課金方法をめぐるトラブルも増えており、事業者は自主規制を強めるべきだろう」という――。
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■「推しに投げ銭しないと生きていけない」

「投げ銭しすぎたので、今日のランチは抜き。ランチは抜いても生きていける。でも投げ銭はしないではいられない。『推し』の喜ぶ顔を見るためなら食べなくても平気」

数時間のライブ配信に5000円を「投げ銭」した都内在住の大学2年生はこう話す。「推し」とは、自分が応援する配信者のこと。このライブに集まっていたのは数十人ほどで、配信者は特に著名なわけではない。しかし彼にとっては特別なのだ。

ライブ配信で「投げ銭」が一般的になったのは、2017年にYouTubeに登場した「スーパーチャット」(スパチャ)の存在が大きい。スパチャは、1日当たり最大5万円を配信者に送金できる仕組みだ。NHKの報道によると、投げ銭の市場規模は500億円に上るとされ、投げ銭で生活する配信者も増えている。

ライブ配信での投げ銭利用は若者の間で身近な存在になりつつある。KIRINZの「2021年大学生ライブ配信に関する調査」(2021年7月)によると、「ライブ配信を見たことがある」は全体の91.5%に。主にInstagramやYouTube、ミクチャ、TikTokなどで、インスタグラマーやYouTuber、芸能人などのライブ配信を視聴しているようだ。

■大学生の38%が投げ銭の経験者

視聴するライブ配信は、「雑談」が36.6%で最多となり、続いて「コミュニケーション」(22.4%)などとなった。ただ見るだけでなく、コメント欄やギフティング(投げ銭・スパチャ)などで配信者とコミュニケーションができるライブ配信が人気というわけだ。

さらにギフティング(投げ銭・スパチャ)等をしたことがあるか聞いたところ、38.5%が「ある」と回答。金額は「〜500円」が35.1%、「1001〜5000円」が25.1%、「501〜1000円」が23.7%、「5000円以上」が16%などとなっており、それなりの金額を利用していることがわかる。

スパチャにおける日本勢の存在感は、世界的に見ても大きい。YouTubeに関するさまざまな情報を公開しているPlayboardが発表した年間ランキングによると、2020年に世界全体でもっともスパチャを受け取ったのは日本のVTuber(バーチャルYouTuber)の桐生ココさんであり、総額は1億6000万円に上った。

■トップ3のスパチャ収益は年間1億円超

2020年の世界トップ10のうち9人は日本勢で、トップ3は1億円以上の収益を上げている。女性キャラクターの歌やダンス動画、ゲーム実況動画の人気が高く、1回の配信で数百万円のスパチャが集まる動画も珍しくない。

ちなみに、2ちゃんねる創始者でパリ在住のひろゆきさんのこれまでのスパチャ総収益は6300万円を超え(11月18日時点)、フランス国内のランキングで1位となっている。

日本において投げ銭が高い支持を受ける理由は、日本にある「推し文化」と相性が良いためとも言われる。いわゆるAKB48のイメージだ。

日本には、自分が周囲に勧めたいほどお気に入りのアイドルなどの存在を「推し」といい、CDやグッズを購入して推しを支援することに喜びを感じる文化がある。ライブ配信の投げ銭は、このオンライン版というわけだ。

■コロナ禍でライブ配信は貴重な収入源に

ライブ配信や投げ銭市場の伸びには、コロナ禍の影響も大きい。コロナ禍で外出が制限される中、世界的にネットの利用時間が増えたためだ。同時に、勤務先が休業したキャバクラ嬢や、試合や舞台が中止となって収益に苦しんだスポーツ業界やエンタメ業界、アーティストなどの収入源として活用されたというわけだ。発信するコンテンツを持つ人にとっては、収益を得る手段が増えたということになる。

たとえばライブ配信アプリ「17LIVE」の2020年6〜8月の調査によると、単月で6万円以上の報酬を得ているライバーは8430人で、同年2〜4月の調査時に比べて倍増している。また単月で3万円以上の報酬を得たライバーは1万2303人で、こちらもほぼ倍になったという。

写真=iStock.com/Chaay_Tee
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なお、投げ銭した金額すべてが配信者に渡るわけではなく、スパチャではYouTube側の手数料30%、YouTubeアプリ経由の場合はAppleのサービス手数料などが引かれたものが収益となる仕組みだ。

■自称女子生徒「投げ銭の代わりに下着をあげる」

投げ銭は動画コンテンツを持つ人の新たな収益源となる一方で、さまざまな問題を引き起こしている。スパチャには1日当たりの上限額があるが、大手にも上限額を設定していないサービスがあり高額課金につながっている。

また、記事で紹介したサービスでは、配信内容についてアダルトや暴力行為、差別行為などの禁止事項があるところが多いものの、ほとんど管理されていないサービスもある。そのようなところでは、投げ銭目的にコスプレをしたり、中には「下着をあげるから(その代金を投げ銭して)」という動画を投稿する自称中高生もいるほどだ。

ロシアでは18歳少年を含む複数の男が30歳女性をレイプする様子を配信し、スパチャを求めるなど、犯罪行為をライブ中継する事件なども起きている。中国では、アルコール度数が42度もあるお酒を何本も一気飲みするなどアルコールの一気飲み配信が話題となり、亡くなる人もいたという。

迷惑系YouTuberが登場したように、ライブ配信でも目立つために行動が過激化してしまっているのだ。

■なぜそこまでライブ配信に夢中になるのか

「○○さん、いらっしゃい。はじめましてだよね」。ライブ配信を視聴すると、多くの配信者はこのように名前を呼んでくれる。これが嬉しくてはまってしまう視聴者は少なくない。

冒頭の大学生は、はまった理由を次のように語る。「名前を呼んでくれて、翌日も見に行ったら覚えていてくれて。オンラインの居場所みたいに感じて、行くのが日課になった。喜んでくれると嬉しいし、配信の応援になればと思って投げ銭している」。

コロナ禍で交流の場やお金を使う場がなくなったことで、ライブ配信に投げ銭するようになった人は多い。サービスによっては配信者がランキング上位になったら活躍の場が広がることもあり、応援に熱が入るという。

配信中は投げ銭した視聴者や金額がリアルタイムで表示され、投げ銭額がランキング化されるサービスもある。「推しにとっての一番になりたい」という心理が働き、さらなる投げ銭につながってしまうようだ。

■親のカードで高額の投げ銭をする子どもたち

「投げ銭をすると配信者が喜んでくれるからと小学生の子どもがはまり、保護者のクレジットカードを無断で使用して10万円も使い込んでいた。どうすればいいのか」という相談を受けたことがある。コロナ禍で出会いや交流の機会が乏しくなり、オンラインでのやり取りにはまってしまったというわけだ。

NHKの報道によると、全国の消費生活センターには、2021年1月から10月までに投げ銭の使いすぎなどで102件の相談が寄せられている。昨年の相談件数は21件で、すでに大幅に上回っている。

こうした相談では、「未成年が保護者のクレジットカードやキャリア決済で勝手に課金してしまった」という内容が多く、700万円も投げ銭してしまった高校生のケースも報告されているという。子どもがパスワードを知っていたり、クレジットカードを紐付けたアカウントにログインしたままで子どもに利用させるとこのようなことが起きてしまう。

写真=iStock.com/show999
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未成年の不正利用を防ぐため、多くのサービスでは、課金する際に年齢や保護者の許諾を確認している。これは、あくまで自己申告制なので、不正利用そのものを防ぐ効果はほとんどない。それでは、なぜそうしたメッセージが出てくるのか。それは事業者が課金という契約の有効性を示すためだろう。

■ゲーム業界は高額課金騒動を機に自主規制

未成年の契約では、保護者の同意を得ていない場合、「未成年者契約の取り消し」(民法第5条第1項、第2項)によって、課金を取り戻せる可能性がある。ただし前述のように、年齢確認や保護者の許諾を確認するメッセージを出すことで、契約の有効性を示そうというサービスも多い。不正利用を申し出ても、返金されるとは限らないので、注意が必要だ。

2012年にはソーシャルゲームの高額課金が「コンプガチャ騒動」という形で社会問題になった。その際、ゲーム業界は未成年の課金に対する月額上限を決めるなどの自主規制を行った。

ライブ配信や投げ銭は、今後も拡大していきそうだ。しかし問題のある配信の制限や未成年の投げ銭の上限設定など、健全な市場をつくるために実効性のある対策を導入するべきだ。自主規制が遅れれば、社会問題となり、法的規制に発展する恐れもある。各事業者は、目の前の収益よりも、市場の将来を考えるべきだろう。

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高橋 暁子(たかはし・あきこ)
成蹊大学客員教授
ITジャーナリスト。書籍、雑誌、webメディアなどの記事の執筆、講演などを手掛ける。SNSや情報リテラシー、ICT教育などに詳しい。著書に『ソーシャルメディア中毒』『できるゼロからはじめるLINE超入門』ほか多数。「あさイチ」「クローズアップ現代+」などテレビ出演多数。元小学校教員。
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(成蹊大学客員教授 高橋 暁子)