人工芝交換を要求…球団首脳も驚いた新庄監督の野球観 守備へのこだわりと自己犠牲
ノーサインでもバント、勝利に執着する姿に感銘
プロ野球を変えると宣言して就任した日本ハムの新庄剛志監督が連日、球界の話題をさらっている。2003年オフにメッツから日本ハムへに移籍した当時、チーム統轄本部長を務めていた三澤今朝治氏は、現役時代から指導者としての資質を感じていたという。当時新庄獲得に奔走した元祖新庄劇場の仕掛け人が、ビッグボスの野球観について語った。【石川加奈子】
北海道移転初年度の2004年、三澤氏はヒルマン監督のサインに首をかしげた。「ノーアウト一塁かノーアウト一、二塁の場面で新庄がバントをしたんですよ。おかしいなと思って、後でコーチに聞いたら、サインではなかったんです。ヒルマンは打たせようとしたのですが、新庄が自分でバントをしたということでした」と振り返る。
その後も新庄がバントする場面があり、その都度確認すると、やはりバントのサインは出ていなかった。「相手投手の出来や試合の流れを見て、ここで1点でも取れば、この試合は勝てると自分で状況判断してバントをしていたわけです。結果的に、その試合は勝っているんですよね」と三澤氏は勝負勘の鋭さに舌を巻く。
さらに自分を犠牲にしてチームの勝利に執着する姿に感銘を受けた。「個人プレーではなくて、チームのために細かいところまで考えて、勝つために自分が何をしたら良いかを考えていましたよね。阪神やメッツの時の試合はあまり見ていなかったので分からなかったのですが、そんなに細かいところまでしっかり野球ができるんだとビックリしたことを覚えています」と語る。阪神時代は10年間で通算17個だった犠打数が、日本ハム移籍後の3年間で27個と激増。2004年は12個記録しており、変化がうかがえる。
札幌ドームの芝張り替えを“直訴”して現実に
「バントのサインが出ないのにバントするというのは、罰金とは言わないですけど、実際にやる選手は少ないですよ。それを思い切ってできること自体、自分の気持ちをしっかり持っていたのだと思います。なんでバントしたんだと怒られるんじゃないかとか、打って目立ちたいとか、犠牲になるより個人成績を上げたいと思うのが普通の選手ですよ」
三澤氏がもう一つ驚いたのは、守備へのこだわりだ。契約時に補殺数をインセンティブに加えてほしいと希望する一方、実際に札幌ドームでプレーした後に芝を張り替えられないかと相談に来たという。「当時の巻き取り式の人工芝は薄くて、スタートを切る時に芝がズレて一歩目が滑ってしまう。キュッとうまくスタートを切れないので、守備で魅せられないということでした」。三澤氏が札幌ドームに交渉すると、当初6年で交換する計画だったため、あと2年待つ必要があった。だが新庄を含めた数人の選手と一緒に再び札幌ドーム側に改善を訴え、その年のオフに張り替えが実現した。
野球へのこだわりと実行力を知っているからこそ、三澤氏は新庄監督就任を歓迎する。「こんなに早くチャンスが来て、うれしいです」と満面の笑みを浮かべた。(石川加奈子 / Kanako Ishikawa)