AirPodsもありだけど、手持ちの高音質イヤホンを完全ワイヤレスに。TWS化アダプタを試してみた(本田雅一)
世界でもっとも多く売れているワイヤレスイヤホンの新型がそろそろ発表されると話題だ。予想通りなら、日本時間の10月19日早朝に発表されるであろうAppleのAirPodsは、ほとんどiPhone専用と言える作りにも関わらず、ワイヤレスイヤホンの市場で圧倒的なシェアを誇っている。
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しかし、その前にちょっと待った。今回はもっとも多くの人に楽しまれているワイヤレスイヤホンの”対極”にある製品をワイヤレス化する製品(ややこしい)を2つ紹介したい。
”対極にある”と書いたのは、個人的にも作ったIEM(In-Ear Monitor)のコトだ。耳型を作成した上で製作するカスタムIEMは、発注した本人以外にまったく価値がないが、たったひとりのために作られるものだけに、装着感や遮音性の高さなど、汎用製品とは比べられない快適さがある。
そこまで拘らなかったとしても、「お気に入りの高級イヤーモニターがあったけれど、完全ワイヤレスステレオ(TWS)の使い勝手の良さから、ほとんど使わなくなってしまった」なんて、もったいない話を聞いたことがないだろうか。
そんなわけで、新しいTWSが多数登場している昨今だが、手持ちのイヤーモニターをTWS化する製品をいくつか試し、その中から機能、使い勝手、音質などの面で有望な二つの製品をピックアップした次第だ。
ひとつはプロオーディオ機器メーカーとして広く知られている米Shure(シュア)が、自社製IMEの完全ワイヤレス化を実現するアダプタとして販売している「RMCE-TW2」。シュアはバランスドアーマチュアという新しいタイプのドライバが普及し始めた頃から遮音性の高いイヤーモニターを製品化してきた。音楽アーティストの演奏時、遮音性の高いイヤーモニターへのニーズが高いためだ。
そしてもうひとつはFiioの「UTWS3」。高音質のポータブルデジタルオーディオプレーヤで知られる中国発のブランドだが、このモデルは低価格ながらTWS向けSoCとは別に外部アンプICEを搭載した製品だ。ハードウェア構成はシュアのTW2に近いが、価格は約半分と俄然購入しやすい。
実際に使ってみると、かつて投資したお気に入りの、しかし利用頻度が下がっていた高音質イヤホンを再び手にする良い機会になった。
高級な完全ワイヤレスイヤホンが存在しない理由
そもそもTWSに限らずワイヤレスイヤホンには”ハイエンド製品”が存在しない。
ここでいうハイエンドとは、機能、性能といった数値評価できる部分だけではなく、品質感や装着感、そしてもちろん音質に関して、人の感性に響くようこだわって上質に作り込まれた製品という意味だ。
オーディオ製品が一般的なデジタルガジェットと異なるのは、部品コストではなく”音質”という人によって受けとる価値観がまちまちの尺度で決まること。しかし本当にお気に入りならば、そこに価格の上限はない。
ただし”長寿命であること”が大前提。ところがワイヤレス化のためにはデジタル部分の機能やそれらを駆動するバッテリなどが必要で、どうしてもバッテリ劣化、あるいはもう少し長期的には半導体素子の劣化や故障なども考慮せねばならない。
TWS市場の拡大は止まらないが、それは主に低価格化に伴うカジュアル層への浸透が理由となるため、高級機はその性質故に存在が難しい。ワイヤレスになると無線部分で圧縮音声になるのだから当然、高級機は成立しないと思っているかもしれないが、一番大きな理由は製品寿命が短いからだ。
たとえば今回、筆者が組み合わせて使いたいと思っているFitEarブランドのカスタムIEM「Air2」と「Titanium」は、いずれも耳型を取って製作するもので、Air2の場合で税込18万円以上、金属3Dプリンタでチタンを積層プリントした上、手作業で磨き上げるTitaniumはケーブルレスで税込31万円を超える。
このような高級イヤホンが成立するのは、極めて長寿命だから。ケーブル交換も容易で修理も可能なため、ずっと使い続けることができるわけだ。
……と、思っていたのだが、TWSが登場し、音楽配信サービスが進化してくると自分と音楽の間の距離がグッと近くなり、日常の中での音楽を楽しむ手段としてTWSを使い始めると、せっかくのカスタムIEMを使う機会がめっきり減ってしまった。
同じような理由で数万円クラスのIEMを放置している人もいるのではないだろうか。
しかし、そんなIEMをアダプタだけでTWSとして使えるようになるなら、復活させたいと思う人も少なくないだろう。そして、実際に復活させてみて思ったのは、カスタムではなくとも"あえて"今、高遮音性IEM+TWSアダプタを最初から選ぶという選択肢もなかなか魅力的ということだ。
もはや手放せない存在に
というわけで実際に使い始めてみると、ハイエンドIEMの世界がグッと身近になったようで実に快適。もちろん、両製品ともハイレゾ伝送には対応していないが、たとえAACの256kbpsであったとしても、接続するIEMのキャラクターや装着感の良さなどはそのまま享受できる。
前述したFitearのTitaniumとAir2は、前者が金属3Dプリンタを使ったチタン合金製、後者がプラスティックのレジン仕上げという違いはあるが同じドライバユニットを採用している。バランスドアーマチュアとダイナミックドライバのハイブリッド構成で、もちろんアンプの音質影響は小さくないものの“駆動しにくい“ほどではない。
接続はFitearコネクタからMMCX端子への変換が必要だったため、間に変換アダプタを用いて鳴らしてみたが、いずれも両IEMの特徴であるレンジの広さや中高域の繊細な表現力、それに中低音から低音にかけての空間表現の大きさが感じられた。
本来の能力を引き出せているかと言えば、まだ天井はずっと上だが、一方で生まれながらのTWSでこの心地良い音は得られないはずだ。
またカスタムIEMはウレタンフォームやシリコンチップで耳道にイヤホンを押し込む必要がなく自然に耳にフィットし、吸い付くように使えるため長時間使っていても嫌な感じがない。
TWSには接続する機器の再生コントロールやAIアシスタント呼び出し、電話への応答や応答時のマイク品質など、純然たるオーディオ機器以外の要素もある。シュアの前世代モデルTW1はその辺りに弱点があったようだ。
しかし、今回評価したモデルはいずれもQualcommのQC3020を採用し、ファームウェアやアプリもこなれており、今のところ不満を感じることはない。iPhone+AirPodsシリーズのようなシームレスな連携や接続性の良さこそないが、一方でIEMのTWS化には不満がない。
音質面ではUTWS3の方が中低域から中域の情報量が厚く、高域もクセなく伸びていくため、聴感上のS/Nがとても良い。簡単に言うと嫌な響きが乗らず、気持ち良くいつまでも聴いていられる。演出が少ない癖のない音で、少なくとも筆者の持つIEMでは相性が良かった。
TW2も大きな不満はないが、ほんの少し高域に華やいだニュアンスが乗せられる印象で、低域もミッドバスがプッシュ気味。ほんの少しのドンシャリさを感じる。とはいえ両者に大きな差がある訳ではない。
“これからTWS“な人も検討の価値がある理由
もっとも、こうしたアダプタが高音質IEMにフットワークを加えることが主目的だとしたら、必ずしも細かいレシーバとしての音質だけでは評価できない。本当に音質を究めたいならば、外部アンプやプレーヤーに有線で接続して使うべきだからだ。
たとえば今回評価した2製品ならば、僕は2倍の価格差があってもシュアのTW2を選ぶ。その理由は写真を見ていただくのが一番わかりやすい。ソフトケースのTW2は装着するIEMのサイズが多少大きめでも収まるのだ。
UTWS3は前述したような素直な音質のため、たとえばシュアの最上位IME「SE864 Pro」や「SE545 Limited Edition」などを組み合わせても、その特徴をうまく引き出してくれる。これらのIEMならUTWS3のケースにも収まるので、TWS化に際してはシュア純正にこだわる必要はないかもしれない。
ただ、手持ちのFitear Air2とUTWS3の組み合わせはとても魅力的だったものの、充電器を兼ねたケースにIEMを外してから収めねばならないようだと使い勝手が悪すぎる。次回作以降で、より柔軟性高く多様な製品と組み合わせられるものになることを期待したいところ。ちなみにFiioではより上位の高性能アダプタも企画中とのことだ。
また、シュアはSE215を組み合わせたセット商品も用意している。”はじめてTWS”という人の中でも音質にこだわりたいと思っているならば「AONIC 215 True Wireless Gen2」を検討してもいいかもしれない。
というのも、IEM部分とTWSのエレクトロニクス部分は、本質的な製品寿命やモデルサイクルが異なるからだ。上記セット商品に同梱されるIEMはSE215だが、筆者が知る限り10年ぐらいは販売されているロングセラー製品。一方、Bluetoothオーディオは今まさに進化を遂げているところ。IEMとTWSアダプタを別々に交換できるというのは、なかなか合理的だ。
中でもシュアが採用しているMMCX(元々は無線アンテナの接続用コネクタ)という接続端子は汎用性が高い。MMCX対応アダプタに対応できる範囲で、好みのIEMを探したり、あるいは時代の流れに合わせてTWSアダプタを交換したりする利用スタイルは悪くないやり方だ。
と言うわけで、iPhoneと組み合わせるもっともシンプルで使いやすいTWSがAirPodsシリーズであることは否定できないが、もうひとつの選択肢として”こういう考え方もあるよ”ということは知っておいた方が良いと思う。