仮設スタンドやプレハブ小屋などが撤去されたカヌー・スラロームセンター(写真:筆者撮影)

コロナ禍で賛否両論が渦巻いた東京オリンピック・パラリンピックが9月5日に終了し、「世紀の祭典」は早くも過去のものになりつつある。

われわれに残されたのは、3兆円超にのぼると言われる膨大な大会経費の負担問題だ。予期せぬコロナ対策を余儀なくされ、政治決断で直前に無観客開催が決定。入場料収入も見込めなくなり、赤字幅は一段と増大した。こうした経緯を踏まえ、今後の推移を慎重に見守っていく必要があるだろう。

それに関連して、五輪施設の後利用も前々からの課題になっている。ご存じのとおり、東京都が整備した6つの新規恒久施設のうち、有明アリーナを除く5施設が当初から赤字運営見通しとなっている。アクセスの悪さが問題視されている「海の森水上競技場」や競技人口の少ないホッケーやラクロスがメインになる「大井ホッケー競技場」は、先々を考えると相当に厳しそうな雲行きだ。

無観客開催で地域住民も施設に触れられず

こうした中、葛西臨海公園に隣接するカヌー・スラロームセンターはレジャー利用などで活路を見出せる可能性がある。指定管理者の協栄サイドも「カヌーは国内競技者が少ないので、多目的に使えるようにしたい。ラフティングやカヌー体験はもちろんのこと、水難救助訓練の研修、小中学生の水辺の安全教育などにも使っていただける。JR京葉線・葛西臨海公園駅から徒歩15分で都心からも近いというメリットもあるので、利用価値は高いと思います。葛西臨海公園と連携した試みも考えていきたい」と、2019年の施設完成時点から意欲を示していた。

五輪は1年延期となったが、7月25〜30日には本番のカヌー・スラローム競技が行われた。2大会連続メダルの期待が寄せられた男子カナディアンシングルの羽根田卓也(ミキハウス)が残念ながら10位にとどまるなど、日本勢の躍進はならなかったが、大会自体はスムーズに運営された模様だ。

ただ、無観客になったことで、地域住民やカヌーなどマリンスポーツ愛好家が施設に触れ、愛着を持つチャンスは失われた。

同会場での競技最終日だった7月30日。筆者は現地まで足を運んだのだが、「五輪の雰囲気を少しでも感じたい」と数人のファンが近くまで足を運んでいた。その中にいたのが地元・江戸川区在住の細川さん親子だ。


大会期間中にカヌー・スラロームセンターを遠目に見る人々(写真:筆者撮影)

「小学校3年の息子に五輪を見せたくて連れてきました。ここが競技会場になると決まってから、葛西臨海公園駅もキレイになったし、ハワイアンフードを楽しめるレストランもできた。

区内の学校では子どもにプールでパドル漕ぎ体験をさせるなど、五輪への機運が高まっていたんです。結局、無観客開催で競技に触れる機会はなくなってしまった。地元住民としては、早く施設内に入れるようになり、気軽に利用できればいいなと思います」と母・弓子さんは率直な思いを吐露していた。

スケボー会場も遠目から見るだけ

「施設を身近に感じる機会がほしい」という声は、江東区出身のスケートボード・男子ストリートの金メダリスト・堀米雄斗(XFLAG)が五輪初制覇を果たした有明アーバンスポーツパーク周辺でも聞こえてきた。

同施設ではスケートボードや自転車・BMXレースが行われ、7月下旬から8月上旬にかけて連日、熱心なファンが集まった。競技場が遠目から見える有明北橋は「希望の架け橋」という異名もつけられたほど。だが、「コロナ禍の密の象徴」のように連日取り上げられ、最終的には厳重な警備体制が敷かれた。


熱心なファンが集まった有明北橋(写真:筆者撮影)

通行人が橋で立ち止まることも、「ゆりかもめ」(東京臨海新交通臨海線)の有明テニスの森駅付近から競技場を眺めることも難しくなり、「こうなるんだったら、せめて大会後に子どもたちが施設見学する場でも作ってくれたらいいのに……」というボヤキが地域住民から聞こえてきた。

大会後の五輪施設を主に支えていくのは地元の人々。とりわけ今後納税者となる若い世代だ。その彼らに世界最大のスポーツイベントの魅力やすばらしさを感じてもらえなかったマイナス影響がどう出るか。そういう危惧を抱かざるをえない。

パラ閉幕から2週間が経過した9月20日。両会場周辺を今一度、訪ねてみたが、カヌー・スラロームセンターのほうはすでに仮設スタンドやプレハブ小屋などの施設がすべて撤去され、コースだけが残っている状態。五輪ムードはまるでなく、無観客によって世紀の祭典を楽しむ好機を逃した残念さばかりが感じられた。


大会期間中のカヌー・スラロームセンター(写真:筆者撮影)

8月下旬に今後の利用計画や地域との連携について協栄に問い合わせたが、「東京都に確認してからでないと回答できない」との返事。

施設担当・佐藤氏から返答が届いたのは、3週間近く経ってからだった。

無観客開催だったが現時点で計画に変更なし

「東京2020大会後は仮設物の撤去および再開業に向けた工事の後、カヌー競技をはじめとしたさまざまな水上競技の競技力向上の拠点として、国際水準の安定した競技環境の提供、国際・国内大会の誘致・開催をしていきます。

あわせて、都民・国民のみなさまに水上スポーツ体験やラフティング等の水上レクリエーションの機会を提供するなど、多目的に施設を活用し、隣接する葛西臨海公園と連携することで、賑わいを創出していきます」

主回答を要約すると、2年前に協栄サイドが考えていた計画と何も変わっていないということ。都民への施設見学等の実施も「現在検討中」という。再開業時期も来年ということしかわからず、細川さん親子のような地域住民の興味も薄れる可能性も否定できない。

2019年時点の同センターの収支見込みは、収入が1億6400万円、支出が3億4900万円で、年間1億8600万円の赤字となっている。が、収入の大前提である来場者は年間10万人という数字を掲げているこの達成は高いハードルのように映る。より使われる施設にするためにも、身近なところからアプローチしていくことが肝要ではないか。役所マターということもあるが、取り組みが非常に遅いのはやはり気がかりな点だ。

もう1カ所、足を運んだ有明アーバンスポーツパークのほうは、金メダルの堀米が滑ったスケートボード場を含め、3つの競技施設の大半が原型をとどめていた。それも江東区の山崎孝明区長が存続希望を表明し、原則として解体予定だった東京都も恒久施設として残すことを本格検討し始めたからだろう。


9月20日の有明アーバンスポーツパークの様子(写真:筆者撮影)

「2019年に発表した資料に『大会シンボルや仮設スポーツ施設の移設、スポーツカフェ・ショップ等の設置により、アーバンスポーツゾーンを形成します』と記載されているとおり、東京2020大会のいくつかの競技施設を残し、有効活用する計画は当初からありました。

それから2年以上、検討を続けていますが、具体的な方向性はこの先、数カ月かけて出されると思います。カヌー・スラロームセンターのように指定管理業者制度を導入すべきか、国立競技場のようにコンセッション方式を採用するべきかを含め、細かく詰めていくことになります」

東京都オリパラ準備室の担当・松井氏がこう語るようにまだ公にできる段階にはない模様。ただ、「使える施設はできる限り使う」という形で迅速かつ合理的に進めてもらいたいというのが、多くの都民・国民の願いではないだろうか。

五輪会場を「負の遺産」にしないために

億単位の経費をかけて取り付けられながら、無観客によって活用されなかった仮設スタンドや世界各国の国旗や五輪モニュメントが瞬く間に外されたり、弁当の廃棄、余ったボランティアユニホームの無料配布といったムダがあまりにも目につくだけに、五輪会場の後利用問題に関しては「負の遺産」を作るような失敗はしてほしくない。

五輪施設を人々に愛され、使われる場所にすべく、東京都や指定管理者など関係者には議論や検討・準備のスピードアップが求められる。