人間は道具をまるで自分の体のように使いこなすことができ、手に持った道具に伝わる感触を非常に高い精度で感じ取ることも報告されています。新たに、被験者が人工的に作られた「第3の親指」を自由に操作できるように訓練するという研究から、「ロボットの指を装着して過ごすと脳内における身体のイメージが変化する」ことが判明しました。

Robotic hand augmentation drives changes in neural body representation | Science Robotics

https://robotics.sciencemag.org/content/6/54/eabd7935

Robotic ‘Third Thumb’ use can alter brain representation of the hand | UCL News - UCL - University College London

https://www.ucl.ac.uk/news/2021/may/robotic-third-thumb-use-can-alter-brain-representation-hand

Here's What Happened to People's Brains After Receiving a Robotic 'Third Thumb'

https://www.sciencealert.com/attaching-a-third-thumb-rejigs-the-brain-s-representation-of-our-hands

デザイナーのDanielle Clode氏が開発した「第3の親指」は、欠如した四肢を補う義肢とは違って通常と同じ5本の指を持つ人が装着することが想定されています。ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で、身体を拡張する道具に脳が適応する方法について研究していたTamar Makin教授の研究チームは、この第3の親指が研究に適していることから、Clode氏を招いて共同研究を行うことにしました。

第3の親指がどういう道具なのかは、以下のムービーを見るとよくわかります。

"Third Thumb" Being Used to Touch Other Fingers - YouTube

第3の親指は3Dプリンター製であり、本来の親指と対になる場所に装着されます。



第3の親指は足の親指に取りつけられた圧力センサーとワイヤレスで接続され、訓練によって直感的な操作が可能となるそうです。



研究チームは20人の被験者に第3の親指を装着させ、自由に使いこなせるように5日間にわたって訓練を施しました。また、被験者は毎日第3の親指を持ち帰って日常生活の中でも使用することが奨励されたとのことで、1日当たり平均で2〜6時間ほど第3の親指を着用したそうです。一方、10人の被験者は対照群として、動かない第3の親指を装着させられたとのこと。

今回の実験で第3の親指を装着した被験者に起きたことは、以下のムービーで解説されています。

To the Brain, a Tool Is Just a Tool, Not a Hand Extension - YouTube

第3の親指を駆使すれば、片手で大量のミカンをつかんだり……



片手でペットボトルを保持しながらキャップを開けたりすることが可能。



さらに、片手でジェンガを2本持って積み上げるなど……



5日間の訓練で、被験者はかなり高度に第3の親指を使いこなせるようになりました。



また、目隠しをした状態や数学の問題を解く片手間といった状況でも、被験者は第3の親指を使うことができたとのこと。このことからClode氏は、「私たちの研究は、人が感覚的に拡張デバイスの操作を覚え、自分のために使うことができることを示しています。第3の親指を使っている間、人々は自然に手の動きを変化させることができ、ロボットの親指が自分の体の一部であるように感じられると報告しました」とコメントしています。



研究チームがこの実験で調査したかったのは、「身体を拡張するデバイスが脳における身体のイメージにどう影響するのか?」という点でした。そこで研究チームは実験の前後で磁気共鳴機能画像法(fMRI)のスキャンを行い、第3の親指を装着した手が脳の感覚運動皮質でどのようにイメージされるのかを調べました。なお、スキャン時は安全のために第3の親指は外されたとのこと。



手の指を動かしたことで活性化される感覚運動皮質の部位は、指によって違います。



ところが、第3の親指で訓練した被験者においては、5本の指を動かした際に活性化する部位がわずかに近づく上に、個々の指の領域がぼやけ始めたことがわかったとのこと。なお、第3の親指の訓練を終えてから1週間後に再びfMRIスキャンを行ったところ、手指の動きに合わせて活性化される感覚運動皮質の領域は元に戻っていたことから、変化は第3の親指をつけて訓練を行っていた間だけの一時的なものだった可能性があります。



Makin教授は、「進化論は私たちに余分な体のパーツを使用する準備をさせていません。新しくて予期しない方法で自分の能力を拡張するために、私たちの脳は生物学的な体の表象を適応させる必要があることを発見しました」と述べました。