遺品整理の現場では、遺族の欲望が顕著に表れる。遺品整理・特殊清掃業者の上東丙唆祥氏は、「業者が入る前に、われ先にと故人宅へ乗り込んで金目の物を探し、部屋を荒らしまわる遺族がいる。遺品整理の仕事では、そうして荒らされた部屋の後片付けをすることもある」という。ノンフィクション作家の菅野久美子氏が聞いた――。
撮影=安澤剛直
現場の本棚を整理する作業員。 - 撮影=安澤剛直

■故人の家を荒らしたのは泥棒ではなかった

テレビ番組などで度々取り上げられる遺品整理業。思い出の品やアルバムなどを発見し、遺族が涙を呼ぶ構成になっていることが多いが、現実はどうなのか。

神奈川県を拠点に遺品整理・特殊清掃業を手掛けるe品整理の代表、上東(じょうとう)丙唆祥(ひさよし)氏は、実際の遺品整理は、金や土地を巡って人の欲望がむき出しになる現場なのだと証言する。

遺された遺族にとって、故人が残した通帳や印鑑、現金、貴金属類などは、相続のために重要なものだ。

しかし、そんなカネを巡って、親族同士が水面下で骨肉の争いをしていることがよくある。

それは遺品整理の現場に顕著に表れる。

そういう家は、故人が亡くなったが最後、部屋がハチャメチャに荒れ果て、泥棒が入ったかのような惨状になっているのだ。

遺品整理の現場でよく目にするのが、この親族たちによる金品捜索、いわば「ガサリ」だ。

「僕たちは、それを『ガサリ』と呼んでいるの。亡くなった人の部屋に入ると、タンスの引き出しがどの段も開けっぱなしになって部屋が荒れている。金目の物が入っていそうなタンスがガンガン引き出されているの。宝島に誰が一番早くたどり着くか、われ先にと競い合うんです。彼らが狙うのはやはり金目のもの。ダイヤとか貴金属とか、現金ですね。下着の入ったタンスとか、明らかに開けなくていいところは開いていないですから。僕たちは、現場の散らかり方を見て、すぐにこれ、やってるなと思うわけ。この家、ガサったなと。こういうおうち、実は結構あるんですよ」

■他の親族に先がけて故人宅にしのびこみ…

もちろん、ガサリを行ったのは、泥棒ではない。長男以外の子供、故人の兄弟や、またその妻なのだという。特に、次男の妻などがけしかけるケースが多いという。

「あなた、早くお義父(とう)さんちに行ってなんか金目の物を探してきなさいよ」と夫の尻をたたくのだ。ガサリは、泥棒と一緒で基本的にやりっぱなし。タンスを開けても開けっぱなしで元には戻さない。

確かに一人っ子で相続人がいなければ、慌てて家に入りガサる必要はない。ゆっくりと時間をかけているものといらないものをより分け、遺品整理をすればいい。これが誰もが想像する故人を想い、偲ぶご供養を兼ねての遺品整理ではないだろうか。

しかし、現実の遺品整理では親族によるガサリが横行し、部屋は荒れ切っている。

彼らは、親族にはあくまでポーカーフェイスを気取る。ガサリは子供とは限らない。中には親族の複数人が、ガサった跡が見つかることもある。上東氏は、その中でももっともガサリに執着する人を内心、ガサ長と呼んでいる。

「本来であれば、金目のものを探すときには、僕たちのようなプロの業者と一緒にやったほうがいいんです。遺品整理のポイントとして、僕らは長年の経験から、どこに通帳や現金があるのか、かなりの確率で苦労なく見つけることができる。だけど、彼らは故人の財産を他の親族に持っていかれるという不安から、遺品整理の前に家を徹底的にガサるのです」

撮影=安澤剛直
押し入れの中の遺品。 - 撮影=安澤剛直

そんな故人宅の荒れ果てたガサリの片付けをするのも、遺品整理屋の仕事だという。やれやれといつも複雑な思いを抱きながら、上東氏は、室内を清掃する。そして、淡々と遺品をより分けていく。これで、ほんとうにいいのだろうか、故人はどう思うのだろうかと自問自答しながら――。

■遺品整理の現場には欲にまみれた赤の他人まで現れる

親族たちの骨肉の争いも凄まじいが、近隣住民たちの傍若無人なふるまいも無視できない。彼らは全くの他人であるにもかかわらず、ハイエナのごとくわが物顔で故人宅を物色する。

「遺品整理をしていると、よく、他人が勝手にドアを開けて部屋の中に入り、モノをあさろうとするんですよ。『ご親族の方ですか?』と聞いたら、全くの他人だというので驚きます」

上東氏が杉並区の古い屋敷の遺品整理で荷物を外に運び出しているときのこと。気がつくと、ウェーブがかかった髪の中年女性が、物欲しそうな顔で家の中に上がり込んでいたという。女性は全く悪びれた顔もせず、部屋の中をぐるりと一周見回すとお宝はないかと、金目の物に目を光らせた。

「このおうち、きっといろんなモノがいっぱいあるでしょ。うちなんかよりきっといいものがあるでしょうね」

聞くと女性は、故人とは全くつながりのないご近所さんで、故人が亡くなったことを知り、何か使えるものはないかと部屋に入り込んだのだという。上東氏は、相続人の許可がないと勝手に故人宅の物をあげることはできないのだと説明して、慌てて女性にお帰り願った。

撮影=安澤剛直
数人がかりで遺品整理をする。 - 撮影=安澤剛直

赤の他人が、ズケズケと他者の家に入り込む。こんなことがあり得るのかとにわかに信じがたいが、実は遺品整理の現場においては日常風景なのだと上東氏は肩を落とす。

■「思い出の品」を求める遺族は少なくなっている

「それでも隣人ならまだいいほうですよ。隣のマンションの管理人の女性が勝手に家に入ってきたこともあります。もちろん、そのままお帰りいただきます。穏やかに諭して穏便にね。

ただ、彼らも悪気があるわけではないと思うんですよ。遺品の中には確かにそのままゴミになるものあるし、それならば使いたいという心理もわからなくはない。ただ、物色しにくる人たちに限って、どこか卑しさや、欲深さといった感情が垣間見えるんだよね」

遺品整理業、彼らは、実は探索のプロでもある。金品だけでなく、部屋の中からありとあらゆるものを探し出す。しかし、上東氏は近年、時代の変化を感じている。かつては、思い出の品やアルバムなどを見つけて、遺族に渡すととても喜ばれた。上東氏も思い出の品を自分が見つけることによって故人とのつながりを感じてもらえて、うれしかったという。しかし、長年遺品整理を手掛けるにつれて、それは自分たちの勝手な思いの押し付けでしかないことを知った。

もちろん、求められれば今でも、思い出の品を見つけることができるが、本人が希望しないのにかかわらず、今は無理に渡したりはしない。

「昔に比べて、今はアルバムを探してくれという依頼は少なくなったね。だから僕たちは依頼者によって寄り添い方を変えているんです。故人のお金が欲しい人にとって、写真とか思い出の品なんかはいらないでしょうから、金品を探すことに集中する。現場で感じるのは、どんどん世知辛い世の中に向かっているんじゃないかということですね。みんな自分のことしか考えていないんじゃないかな」

撮影=安澤剛直
遺品の中のゴミを処理する。 - 撮影=安澤剛直

■遺品整理の現場はゆがんだ日本の世相を表す鏡

無縁社会が着々と忍び寄る現代日本――。上東氏は遺産相続を巡って、親族同士の裁判を数えきれないほど見てきた。バブル崩壊後、経済的に疲弊した日本において、かつての中間層は没落し、人と人とのつながりは薄れ、金の切れ目が縁の切れ目になりつつある。それは親族も例外ではない。その反面、自らの権利意識はかつてなく強くなっている。そのため、現代では相続=争続が当たり前になりつつある。

日本経済新聞は、2020年6月27日付の記事「遺産相続、少額ほどもめる――紛争の3割強が1000万円以下(人生100年お金の知恵)」で、遺産相続は3割強が1000万円以下で少額ほどもめると報じている。わずかな遺産を巡って裁判沙汰になるケースも多く、親族同士の諍(いさか)いは今この瞬間もおきている。死人に口なし。結果、遺品整理では、むき出しの欲望があらわになる。

「遺品整理の現場は、今の世の中の縮図だと思うよ。遺品整理は死者を弔う行為で尊いとか、みんなきれいごとを言うけど、実際は、故人の金を巡って人と人との醜い争いにあふれているんだ」

上東氏は寂しそうにそうつぶやく。

アルバムを片手に、故人の思い出にゆっくりと浸る。そんな風景がノスタルジーになる時代はもうすぐそこに来ている。上東氏の寂しそうな後ろ姿を見ながら、そんな危機感を感じた。

遺品整理の現場は、そんなゆがんだ日本の世相を表す鏡なのだ。

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菅野 久美子(かんの・くみこ)
ノンフィクション作家
1982年、宮崎県生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。出版社で編集者を経てフリーライターに。著書に、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)、『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)などがある。また、東洋経済オンラインや現代ビジネスなどのweb媒体で、生きづらさや男女の性に関する記事を多数執筆している。
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(ノンフィクション作家 菅野 久美子)