アメリカの映画館「倒産続出」は避けられない訳
ワーナーが配信に力を入れることで、アメリカの映画館はもはや青息吐息だ(写真:Gary Hershorn/Getty)
コロナの影響で、アメリカの映画館の多くが潰れる――3月以来、ずっと恐れられてきたことが、いよいよ現実のものになろうとしている。
今月ワーナー・ブラザースは、2021年公開予定の映画17本すべてを、劇場公開と同時に自社の動画配信サービス「HBO Max」で配信すると発表したのだ。
17本の中には、大型予算を投入した『マトリックス4』『ザ・スーサイド・スクワッド』『DUNE/デューン 砂の惑星』なども含まれる。これらの大作も、追加料金なしで見られるという。
配信されるのは公開日から1ヵ月間のみで、映画館ではその後も上映が続けられる。「これは来年だけに限った措置で、恒久的なものではない」と、ワーナーは表明している。
動揺を隠せない映画館関係者たち
この突然の発表に、劇場主たちは大ショックを受けた。ワーナーは一足先に12月公開の『ワンダーウーマン1984』を劇場公開と同時にHBO Maxで配信すると発表しており、劇場主も渋々ながら、これには納得していた。
現在も主要市場であるロサンゼルスやニューヨーク、サンフランシスコの映画館は閉鎖状態。さらに感染拡大によって閉鎖エリアが拡大する可能性も高い。そんな中ではしかたがないことだと、劇場主たちも思っていた。
だが、アメリカではワクチン摂取はもう間近に迫っており、来年春ごろにはおそらく映画館にも客足が戻ってくる。家にこもってテレビの小さな画面で我慢していた映画ファンは、きっと喜んで劇場に押し寄せるだろう。劇場主たちはそれを希望に残りの数ヵ月を乗り切ろうと思っていたはずなのに、ワーナーによってその望みは、はかなくも奪い取られたのである。
映画館チェーン最大手のAMCのトップであるアダム・アーロンは、「ワーナー・ブラザースは、立ち上げたばかりのHBO Maxを援助するために、自分たちの利益だけでなく、製作パートナーやフィルムメーカーの利益までを犠牲にしようとしている。
AMCは「被害を与えるこの行動をなんとしても止める。我々はすでにこの件についてワーナーのリーダーと緊急の話し合いをすべく動いている」と語った。
「製作パートナーやフィルムメーカーにも犠牲が出る」と彼らが言うのは、映画の収益は、監督や主演俳優にも契約で決められた分配が支払われることが多いからである(『ワンダーウーマン1984』の主要な関係者には、同時配信するに際してワーナーは事前にお金を払っている。今後の17本からも同様のことを求められる可能性は高い)。
そして彼らの言うとおり、今回のやり方ではワーナーも短期的には損だ。北米だけで1億ドルなり2億ドルなり稼げていたかもしれない映画を月15ドル払っている会員に無料で提供するのだから。
もちろんワーナーには彼らなりの言い分がある。Netflixやアマゾンプライムなど配信サービスが劇場ビジネスを脅かすのは、コロナ前から起きていたこと。
ハリウッド市場の3分の1を握るディズニーもそれに対応すべく20世紀フォックスを買収し、自社の配信サービスのコンテンツを充実させている。そこへコロナが起こり、ハリウッドが新作の公開をやめて、人々は家で映画を楽しむことにますます慣れてしまった。
AMCが言うように、コロナが収束した時、人々は大喜びで劇場にやってくるかもしれない。だが、それと同じくらい「映画は家で見ればいい」と思う人もいるだろう。監督のロン・ハワードも、最近の筆者とのインタビューで、「今、人は、自分が見たい時に見たいものを見たいのだ」と述べている。
今後映画館が再開しても、家のテレビも昔よりずっと大画面になった今、わざわざ指定された上映時間を狙って出かけ、駐車場代を払い、予告編を見せられて後にようやく本編を見るという面倒くさいことを避けたいと思う人も少なくない。
ワーナーは「劇場主の利益」を無視している
この決断で、HBO Maxが会員数を大きく増やすことは確実だ。それこそが彼らの悲願である。今年5月末にスタートしたHBO Maxは、会員獲得に苦戦してきた。NetflixとDisney+は、それぞれ7300万人の会員数を誇るが、後発のHBO Maxはたった860万人。
しかも、何もないところからこれだけの数を獲得したNetflixやDisney+と違い、HBO MaxはプレミアムケーブルチャンネルHBOの延長版であり、そこから無料のアップグレードをした会員が多い。
だから、Disney+のような月7ドルという低価格にすることができず、HBOの従来の値段である月15ドルから変えられないでいる。また、コロナの影響からHBO Maxオリジナル作品の制作にまで支障が出てしまっている。
家計から配信に出せる予算が決まっている中、NetflixやDisney+に加えてもっと高いお金を払うだけの大きな魅力を持たないHBO Maxだったが、これからほぼ毎月のようにワーナー・ブラザースの新作映画を家で見られるとなれば話は違う。ワーナーも、新作映画があるならオリジナルコンテンツの製作が多少滞っても大丈夫だ。
「2021年だけの限定措置」というのは劇場主の手前で言っていることだ。劇場主もそれをわかっているからこそ、怒らずにはいられないのである。
ワーナーに先んじてディズニーも配信をビジネスの中心に据えようとしている。今年10月、ディズニ−は大きな組織改革を行った。そこでは作品は劇場用か、配信用かを決めずに作られる。
配給、配信はひとつの部署が管理し、クリエイターが「僕はこれを劇場用に作ったんだ! 配信に回すなんて許さない!」などと口出すことはできない。それはトラブルを避ける点でもディズニーにとって都合がいい。
ディズニーは『マンダロリアン』のような大型予算をかけた作品をDisney+のために作っているし、コロナ禍で劇場用に作られた映画が配信リリースになることも増えて、すでに配信用映画は劇場公開映画に劣るという構図も崩された。もはや劇場主にとって最悪の状況だ。
これまで劇場はテレビでは提供できないハイクオリティの作品を提供する場所だった。配信が勢力を増してきた近年もシートをアップグレードしたり、クラフトビールやセンスのいいワインを提供するバーをロビーに設置するなど、必死で差別化を図ろうとしてきた。
しかし、その積極投資がコロナによって足かせとなってしまった。あちこちの劇場を買収しまくったAMCはとくにそうだ。
コロナが始まった当初、AMCは11月の感謝祭までには通常に戻っていることを前提に負債を組み直した後、「12月末までに新作がなければ倒産する」と言ったが、また新たに資金を調達していたところだった。
近い将来「劇場の閉鎖や倒産」が続出する
ワーナーとディズニーの映画がすべてではないとはいえ、もはやアメリカの大手シネコンチェーンの倒産や、少なくとも一部シアターの閉館は避けられない。
ただし、少なくともこの傾向は当面アメリカだけにとどまりそうだ。HBO Maxの対応エリアは現在アメリカのみ、海外ではイギリスを含むヨーロッパの一部で2021年末に始まる見込み。日本など全世界に広がっていくのには、もう少し時間がかかる。
それに、『鬼滅の刃』が見せつけたように、日本の邦画はまだ元気がある。劇場がなくなる心配は今のところ無用だろう。
とはいえ、ディズニーがこれからも劇場用映画を配信に回し、数年後には日本にもHBO Maxが入ると予測される中、日本の劇場からもハリウッド大作が少しずつ減っていくことは間違いない。
ヨーロッパ映画やインディーズ映画はそれぞれの国で配給が付くのでこれからも劇場でかかるが、ハリウッドのメジャー作品は、日本人にとっても、そのうち配信で見るものになっていきそうだ。古くからの洋画ファンには、なんとも複雑なことではないか。