家族だけが知る別の顔…近所でも評判の「明るくていい人」が抱える闇

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「明るくていい人」ほど内に重さを抱え込む!?

DV男ほど外面がいいとよくいわれる。では女性はどうなのだろう。「明るくていい人」という評価がなされてしまうと、息苦しくなる側面はないのだろうか。

妻、母は常に「太陽であること」を求められる

「うちの姉がそういうタイプなんですよ。いつでもどこでも明るい“いい人”。子どものころからそうでしたね。三姉妹で、私は真ん中。姉はいつも妹ふたりのめんどうを見て、家庭内でも明るくて母をサポートしていました」

ナナさん(34歳)の姉は5歳年上。ナナさんと下の妹は年子。だから姉はいつもやさしくめんどうを見てくれたのだという。

姉が中学2年生のころ、母が病に倒れたことがある。そのときも姉は母の看護から家事まですべてを取り仕切った。父はおろおろするばかりで姉に従っていたのをナナさんは覚えている。

「母はその後、元気になりましたが姉をそれまで以上に頼るようになっていました。姉もそんな母を始め家族の気持ちにみごとに応えていた。当時は気づかなかったけど、姉のプレッシャーはハンパじゃなかったでしょうね」

短大を出た姉は就職し、29歳のときに社内結婚した。子どもを立て続けに3人産み、まさに「肝っ玉母さん」のように家庭を仕切り、パートとはいえ全力で仕事もした。

「結婚してから姉は変わりました。いや、私や母が行くと、いつものように明るい姉なんですが、子どもたちにめちゃくちゃ厳しい。義兄に対しても『あんたは何度言ったらわかるのよ、グズなんだから』と罵詈雑言を浴びせるんですよね。母と、このままで大丈夫だろうかと話していたんです」

明るくてやさしい姉が、どこか歪んだものを抱えている。ナナさんにはそんな気がしてならなかった。ずっと親や妹のためにがんばってきたのに、自分の夫や子どもたちにはなぜやさしくできないのだろうか。

「気にはしていたんですが、私も就職して仕事が忙しかったし、妹は結婚して遠方へ行ってしまうし……。なかなか姉とじっくり話す機会もなくて」

ところが1年ほど前、義兄から相談があると連絡があった。

ついに破綻していく家庭

当時、姉は結婚して9年、8歳・5歳・2歳の子がいた。義兄の悩みは姉のことだった。

「義兄にとって、姉はただの明るくてやさしい人ではなかったようです。でも一歩外に出れば、姉に人望があって近所でも評判の『いいおかあさん』だということは知っていた。外面がいいから、家の中でストレスを発散させるのだろうと思っていたそうです。ただ、最近、子どもたちをやたらと怒鳴り散らすようになっていて心配だって」

母に頼まれて、ナナさんは姉とゆっくり話そうと外食の機会をもうけた。そこでナナさんは意外な姉の一面を知ることになった。

「姉は両親を嫌っていました。自分はちっともかわいがってもらえず、家政婦のように使われただけだって。愛情を求めて結婚したのに、子どもばかり生んで、またも家政婦や保育士のように働くだけ。私の人生はなんだったのだろうと思うと、毎日が虚しくてしかたがない、と」

姉はぽつりぽつりと話しながら、大粒の涙をこぼした。

「私はずっと“いい子”を強要されてきたのよって。自分の家族に本音を言って何がいけないのよと。気持ちはわかるけど、子どもたちをやたら怒鳴るのはどうかな、と言ったら、『あんたに何がわかるの』と子どものように泣きじゃくっていたんです。ずっと自分を押し込めてきた姉が崩壊し始めていると感じました。それでも私は何もしてあげられなかった」

昨年暮れ、姉は突然失踪した。パート先で知り合った年下男性と「駆け落ち」したらしい。それを聞いたナナさんは、自分が助けてあげられなかったことを心底、悔やんだという。

「相手の男性は独身だったみたいです。親は大騒ぎだし、義兄も子どもたちも最初はショックを受けていました。ただ、最近、義兄には連絡があったみたいですね。義兄には姉が私に吐き出した愚痴を伝えたんです。姉は重荷を投げ捨てたら帰ってくるんじゃないかなとも思っています。そのとき義兄や子どもたちが姉をどう迎えるのか迎えないのかはわかりませんが、あのままだったら確実に姉は崩壊していた。自分を追いつめる前に逃げたのは正解だったような気がしています」

無責任な言い方ですが、とナナさんは微笑んだ。姉のこれまでのつらさを彼女は実感としてわかったと言う。だからこそ今の姉の「自由」を少しだけ見守りたいのかもしれない。
(文:亀山 早苗(恋愛ガイド))