※本稿は、加谷珪一『日本は小国になるが、それは絶望ではない』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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■非常時には国家のエゴが丸出しになる

今回の感染拡大では、マスクや医療用ガウン、人工呼吸器、消毒用アルコールといった資材の不足が深刻化するという問題が発生しました。

感染拡大が本格化してきた2020年2月以降、全国的にマスクが手に入らないという状況が続き、各地のドラッグストアでは、ごくわずかなマスクを求めて長蛇の列ができたり、開店と同時に消費者が商品を奪い合うという、前代未聞の光景が繰り広げられました。

医療用ガウンの不足も著しく、大阪市では、医療用ガウンの代わりに用いるため、市民に対して「雨がっぱ」の提供を呼びかける事態となりました。このほか消毒用アルコールも不足し、とうとう厚生労働省は医療機関などに対して、アルコール濃度の高いお酒を消毒液として代用することを認める決定を行っています。

このような非常時には、国家のエゴが丸出しになるというのが厳しい現実です。

中国政府は一時、医療用資材の輸出を制限していましたし、ドイツ政府も同じく医療用マスク、手袋、防護服などの輸出を禁止する措置に踏み切りました。この措置については米国などが猛反発したことから、一部は解除されましたが、米国もイザとなれば、自国製品の輸出を制限する可能性が高く、各国は必要に応じて強硬な措置を講じてくることでしょう。

国内では一連の資材不足は海外に依存してきたツケであるとして、国内生産を強化すべきとの意見が出ています。

この意見はまさに正論であり、安全保障上、こうした物資については必要に応じて国内で調達できるようにしておくのが理想的です。しかしながら、「国内生産を強化せよ」と口で言うのは簡単ですが、実現するのは容易ではありません。

■なぜ、ドイツはマスクの国内生産を維持できたか

マスク不足については、直接的な理由は中国からの輸入依存度が高かったことですが、これには明確な理由があります。

価格の安いマスクを日本で作っても採算が合わないため、ほとんどのメーカーは中国からマスクを輸入していました。もしこれを日本産に切り換える場合には、高いマスクについて日本の消費者が許容する必要がありますが、現実には高いマスクばかりでは消費者は商品を買ってくれません。では、ドイツはなぜマスクの国内生産を維持できたのでしょうか。

世界全体の市場を見た場合、マスクに用いる不織布は中国がトップシェアですが、ドイツも高い輸出シェアを確保しています。またドイツは、医療用の高度なマスクについても高い競争力を維持しています。価格の安いマスクについては中国など新興国に任せていますが、高付加価値の製品については引き続き、自国で製造を行っているのです。

ドイツの工業は基本的にすべてが高付加価値分野となっているのですが、日本は一部の企業を除き、依然として薄利多売のビジネスを続けており、中国など賃金が安い国とコスト勝負する結果になっています。

■いち早く製品の供給に乗り出したアイリスオーヤマ

もし日本メーカーの高付加価値シフトが進んでいれば、医療機器や医療器具といった分野においても、価格の高い製品にシフトすることで国内生産体制を維持できたはずです。高い付加価値の製品を作っていた企業が製品のスペックを落とすことは簡単なので、非常事態の際には、その生産力を一般的なマスク生産に振り向けることも可能となります。

ドイツは世界屈指の工業国であり、他国と比較すると、圧倒的に自国の生産能力が高いですから、ある意味では別格といえる存在かもしれません。

本書では、日本がドイツのような国を目指すことは不可能であり、消費によって高い付加価値を実現すべきと主張してきました。しかしながら、消費主導型経済を構築することが、すべての製造業をなくしてしまうということを意味しているわけではありません。

付加価値が高く高収益な企業は、非常時には柔軟な対応が可能であり、実際、アイリスオーヤマや外資系のシャープといったメーカーは、マスク不足を解消するため、いち早く、製品の供給に乗り出しました。競争力の高い製造業であれば、生産設備の転用はそれほど難しいことではなく、非常時に大きな力を発揮するのです。

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他の日本企業がこうした対応ができなかったのは、企業体力に余裕がなくなっていることの裏返しといってよいでしょう。

■韓国に依存する日本のアルコール輸入

政府の戦略にも大きな問題があります。

消毒用アルコールが不足した原因はやはり輸入依存度の高さが原因なのですが、問題はそれだけではありません。

調達先を多様化していれば、リスクを分散したり、急激な需要増大にも対処できますが、日本の場合、原料輸入の多くをブラジル一国に依存しており、柔軟性に欠ける体制となっていました。調達の多様化を進めていれば、ここまでの不足は発生しなかったかもしれません。

今回のアルコール不足とは直接関係しませんが、アルコールの輸入については調達ルートの問題も指摘されています。

先ほど、日本は消毒用アルコールの原料であるエタノールを、主にブラジルから輸入していると説明しましたが、ブラジルからは大型のケミカルタンカーで出荷されます。ところが、日本には大型のケミカルタンカーが接岸できる港が少ないという問題があり、輸入されるアルコールのほとんどが、最新設備が整っている韓国にいったん運ばれます。

韓国で小分けにした上で、日本に運ぶという手段が用いられているため、日本の輸入であるにもかかわらず、日本が完全にリスク管理できない状況にあるのです。何らかの事情で韓国の港湾が閉鎖されてしまうと、最悪の場合、アルコールを調達できなくなる可能性があることは否定できません。

これは政策によるところが大きく、企業だけの努力でどうにかなるものではありません。日本全体に戦略性が欠如していることが、こうした事態を招いているといってもよいでしょう。

■フリーランスに数十万円を支払ったドイツの経済力と医療体制

当然のことながら、非常時の対応力というのは政府の財政とも密接に関係しています。

日本は先進諸外国の中で労働生産性が最下位という状況が続いていますが、マクロ経済的に生産性と賃金には密接な関係があり、生産性が低い国は所得も伸びません。逆に生産性が高い国は、賃金も高く、消費が活発になりますから政府の税収も増えます。

こうした政府の財力の違いは、非常時に顕著に示されることになります。

ドイツは今回のコロナ危機で、国内のフリーランスの就業者(ドイツに住む外国人を含む)に、数十万円を即座に支払い諸外国を驚かせましたが、税収が堅調であれば医療体制にも余裕が出てきます。

加谷珪一『日本は小国になるが、それは絶望ではない』(KADOKAWA)

ドイツは、欧州の中ではコロナウイルスによる致死率が低く推移していますが、これには充実した医療体制が大きく貢献しています。

ドイツの人口あたりのICU(集中治療室)の数は日本の4倍近く、人口あたりの医師数も日本の2倍近くあり、コロナウイルスの検査を1日当たり5万件以上も実施しました。政府に財力があれば、平時からさまざまなリスクを想定した対策が実施できますし、官庁の組織にも余裕が生まれますから、非常時にも十分な体制を組むことができます。日本のように体制が貧弱という理由から、検査を拡充できないといった事態にはなりにくいのです。

非常事態に備えるため、国内生産体制を拡充せよというのは、正論ではあるのですが、諸外国に比べて低く推移している生産性を向上できない限り、実現は困難です。非常事態への対処能力というのは、普段の経済力の延長線上にあるものなのです。

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加谷 珪一(かや・けいいち)
経済評論家
1969年宮城県生まれ。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村証券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。その後独立。中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
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(経済評論家 加谷 珪一)