誰よりも近い存在だからこそ悩んでしまう、「家族との向き合い方」。

愛情ゆえに接し方を間違えてしまったり、分かり合えず喧嘩をしてしまったり…なんてことも少なくないはず。

今回は、9月に上梓した初の書籍『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』で、車いすユーザーの母、ダウン症で知的障害をもった弟、ベンチャー起業家で急逝した父との日々をつづった作家・岸田奈美さんに取材。

岸田さんがご家族との暮らしを振り返るなかで気づいた、「家族と向き合う上で大切なこと」についてお話しいただきました。

〈聞き手=サノトモキ〉


【岸田奈美(きしだ・なみ)】1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。100文字で済むことを2000文字で伝える作家。一生に一度しか起こらないような出来事が、なぜだか何度も起きてしまう。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。2020年2月から講談社『小説現代』でエッセイ連載。2020年1月『文藝春秋』巻頭随筆を担当

サノ:
…というわけで今日は、「家族との向き合い方」について聞きに来ました!

岸田さん:
「家族と向き合う」…難しいテーマですよね。

じつは私…家族だからってお互い愛し合うべきだとか、仲良くやっていくべきだとは思ってないんですよね。



サノ:
そうなんですか!?

岸田さんのエッセイを読むと、明るいお母さんと弟さんがいて、幸せそうなご家庭に思いますが…

岸田さん:
そう思っていただくことも多いんですけど…

岸田家は、ダウン症の弟が生まれて、お父さんが突然死で亡くなって、お母さんが大動脈剥離になって生死をさまよって、人から見たら不幸に思われるようなことが、たくさん起こってる。

その過程では私たち家族も、うまく向き合えなかった時期があったんです。

家族とうまく向き合えず「お母さんが死んでしまえばよかった」と言ってしまった日も

岸田さん:
なんか…障害がある兄弟がいる家族って、めちゃくちゃ仲いいかめちゃくちゃ仲悪いかのどっちかになることがすごく多いらしいんですよ。

サノ:
ほう…?

何がそこを分けるんでしょう?

岸田さん:
全員がそうとは限らないんですが…

私がよく聞いたのは、「障害をもった兄弟がいるんだから、あなたが我慢しなさい」と言われたかどうかです。

サノ:
…!

岸田さん:
今では私と弟は「なんでそんなに仲いいの?」と言われるくらい仲がいいんですけど…

幼稚園のころ道で転んだとき、弟が転んだらお母さんはすぐに駆け寄っていくのに、私は「はやく立ちなさい」と言われてたんです。

そこで、寂しさが爆発して「良太(弟)のことが大事なんだ、私のことはどうでもいいんだ」ってめちゃめちゃ泣いたんですよ。


障害の有無にかかわらず、世のお兄ちゃんお姉ちゃんは同じ苦しさを背負っていそうだな…(なお筆者は弟)

岸田さん:
その日をきっかけにお母さんは、「なみちゃんが一番大事だよ」と抱きしめてくれたり、兄弟どっちも同じだけ大切なんだと言葉と態度で示しつづけてくれるようになって。

でもそれがなかったら、私と弟は全然今みたいにはなれてなかったと思います。

「弟のせいで我慢しなくちゃいけなかった」と思ってしまったら、私にとって家族は“重荷”になってしまっていたと思うので。



岸田さん:
あと、お父さんが亡くなったのが中2だったんですけど、そのストレスもあって私、高1のころめっちゃ反抗期で。

そのなかで、「お父さんじゃなくて、お母さんが死ねばよかったのに」と言ってしまったことがあって。

サノ:
…そうだったんですね。

岸田さん:
でも、そのときもお母さんは1年くらいかけて、私が機嫌よく話せる時間を探してくれたんです。

それで、車で高校に送り迎えをしてもらっていた時間だけは私が機嫌よく話すことに気づいて、そのタイミングで、進路とか大切な話をしてくれていた。

今でこそ「ハッピーな家族」に見えるかもしれませんけど…

私にも家族とうまく向き合えなくなってしまった場面がいくつもあって、そのたびに家族の異常な「受容する力」に助けられてきたんですよね。



「ダウン症の子を育てていく自信がない」に対し、岸田さんの父が言った衝撃の言葉

サノ:
でも、家族の考えを尊重するってすごく難しいですよね。

愛ゆえに考えを押しつけてしまうことも多いと思うんですけど…

岸田さん:
そこは、お父さんの存在が大きかったですね。

私たちのお父さんは、“家族の判断を信じる”という考えを強く持った人で。



岸田さん:
ダウン症の弟が生まれたとき、お母さんは精神的に参って、「ダウン症の子を育てていく自信がない」とお父さんに言ってしまったらしいんですよ。

サノ:
…きっと、想像もできないぐらい悩まれたうえでの言葉だったんだろうな。

岸田さん:
そしたら普通、「親やねんから、俺らで頑張ろう!」とか言うじゃないですか。

サノ:
はい。…お父さんは、なんと?

岸田さん:
「俺はひろみちゃん(岸田さんの母)が一番大事や。そのひろみちゃんが育てられないというなら、育てなくていい。施設に預けよう」って。


…!

岸田さん:
その瞬間お母さんは思ったらしいです、「この人となら一緒に育てられるかもしれない」って。

そこから岸田家は、否定せず押しつけず、「本人の判断を尊重する」という関係性ができていった。

サノ:
ものすごく難しい状況だけど、奥さんの判断を受け入れようとしたんですね…

すごい。

岸田さん:
他にも…

私が小学生のころ、マンガやアニメとか自分の趣味について語れる友達がいなかったんですけど、お父さんは「頑張って友達を作りなさい」とは言わなくて。

「お前の友達はこの向こうにおるから」と言って、7歳の私にパソコンを買ってくれたんですよね。

それから私は、チャットで大人たちと自分の趣味についてお話しできるようになって。


お父さん、本当にどこまでもカッコいい

岸田さん:
「お前は俺の娘なんやから、最高や!」と言いながら、いつもそのまんまの私を受け入れて提案をしてくれました。

そんな父を中心に、「あなたはそのままでいい」という考え方が当たり前の家族になっていたんですよね。

サノ:
家族一人ひとりが、互いを受容する姿勢を持って向き合うことが大切なんだろうな。

それさえできれば、きっとどんな家庭も…

岸田さん:
いや!

そこはね…そういう伝え方はしたくないんですよ。


…?

「何かあったとき、シャトル内と交信できるのは…」NASAが定義する“家族”とは

岸田さん:
だって、家族のことなんてコントロールのしようがないので。

私はたまたまそうやって向き合ってくれる人たちが家族だったというだけで…

たとえば親に「受容する力」を持ってほしくても、子どもにはどうすることもできないじゃないですか。

サノ:
…たしかに。

岸田さん:
よりいろんな状況の人に何か言えることがあるとしたら…

それは、「家族は選べる」という向き合い方かもしれません。


「家族は選べない」とはよく聞きますが…?

岸田さん:
突然ですけど、「NASAが考える家族の定義」って知ってますか?

サノ:
宇宙の、あのNASAですよね。

家族の定義…なんだろう、 ちょっとわからないです。

岸田さん:
これは写真家・幡野広志さんの書籍『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために』に書いてあったんですけど…

NASAって、ロケットの打ち上げのときに乗組員の家族を招待するらしいんですけど、打ち上げにトラブルが発生したときに、NASAが連絡をするのって「配偶者と子どもと、子どもの配偶者」だけらしいんですよ。

サノ:
えっ!? つまり両親や祖父母、兄弟には連絡がいかない?

岸田さん:
そう。いざというときのシャトル内との交信も、「配偶者と子どもと、子どもの配偶者」が優先されるらしくて。

つまりNASAは、「自分を産んでくれた、血のつながった家族」より、「自分で選び、自分でつくりだした家族」こそが家族であると定義してるんです。


このお話、めちゃくちゃ面白い

岸田さん:
この考え方は「家族との向き合い方」としてすごく健全だなと思うんですよね。

じつは私、たくさんの出版社から「家族がうまくやっていく方法」とか「多様性を認める家族のあり方」とか、家族をテーマにした出版の依頼をいただいたんですけど…

「なんか違うな」と思って、全部断ったんですよ。

サノ:
そうなんですか…!?

岸田さん:
家族だからって、うまくできなかったり、分かり合えなかったりすると思うんですよ。その呪縛に、変に囚われすぎなくていいと思う。

家族は、自分で選べばいいんです。私も、お父さん、お母さん、弟を「家族だから愛した」わけじゃない。

たまたま“もし他人として出会っていたとしても尊敬できる人たち”だったから、あくまでも私自身が「一緒に生きることを選んでる」んです。

サノ:
…!

じゃあ、今ご家族とのことで傷ついている人は…

岸田さん:
「家族」から逃げ出していいと思います。

「家族なんだから愛せるようにならなくちゃ」とか、そんなふうに背負い込む必要は全然ない。

私たちは、「家族として一緒にいたい人」を自分で選べばいいんです。

親は必ず、子どもの心に穴を空ける

岸田さん:
そのうえで、「どんな家庭環境であっても、親は必ず子どもの心に穴を空ける」ということも知っておいたほうがいいと思いますね。

サノ:
親が子供の心に穴を空ける…?

岸田さん:
たとえば、子どものころ「女の子らしくしなさい!」とか「恥ずかしいことはやめなさい!」と言われつづけると、そこに異常に執着するようになってしまったりするじゃないですか。

親から何度も言われた言葉は、子どもの心に一生塞がらない穴を空けるんです。


ちょっと思い当たるかも…

サノ:
でも岸田家みたいに、そういう否定をしないご家庭は大丈夫なのでは?

岸田さん:
これがね…「褒め言葉」もまた子どもの心に穴を空けるんですよ。

私は、両親から「なみちゃんはかわいい」「なみちゃんが大事」とめちゃくちゃ愛情表現をしてもらって生きてたので…

学校で同級生と話してて思うようになってくるんですよ。「私めちゃくちゃかわいいはずなのに、全然愛されねえ!」って。

サノ:
そっち!(笑)

ご両親の愛情表現が基準になって、世の中に出たときにギャップを感じてしまったと。

岸田さん:
そうなんです。だから私、元カレが歴代8人くらいいるんですけど…あとから振り返ると「モラハラ&DVをする人」がけっこういて

私、アザ作って会社に行ったりとかしてたんです。


え…?

岸田さん:
そんな付き合い方をしてた私を見かねて、会社の後輩が渡してくれたAV監督・二村ヒトシさんの『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』って本に、「親が空ける心の穴」の話が書いてあって…そこでいろいろ気づきました。

サノ:
後輩さん、ファインプレーだ…

でも、その“一生塞がらない穴”とはどう向き合っていけばいいんですか?

岸田さん:
大事なのは、「親のどんな言葉や態度によって、自分の心にどんな穴が空いてるか」を自覚すること。

その上で、穴の開いた自分を否定せず受容してあげる。



岸田さん:
どんな家庭で育ったって、どうせ穴は空いてしまうんだから。

変に否定せず、その穴が自分の生活にどんな影響を与えてるか冷静に分析して、対処してあげればいいんです。

サノ:
なるほど…!

今日はありがとうございました。

「一緒に生きることを自分で選ぶ」「穴の開いた自分を受け入れる」…どんな家庭で過ごす人にとっても、きっと少し肩の力を抜ける考え方だと思いました。

岸田さん:
私は自分の過去をエッセイとして書いてますけど、「因果関係をどう振り返るか」ってすごく大切ですよ。

空いた穴を「親のせいで」と振り返るのか、感謝でも反面教師でもいいから「親のおかげで」と振り返るのか。

そうやって少し無理やりでもいいから肯定的な因果関係を作っていって…一つずつ自分を受け入れてあげられたらいいですよね。



「“愛しているからこそ言えないこと”も、“愛してるからこそ言ってしまうこと”もありますからね。家族って、そう簡単に分かり合える相手じゃないんですよ」

唯一無二の存在だからこそ、唯一無二のむずかしさがある「家族との向き合い方」。

家族の考えを変えることはできないかもしれないけれど、「自分の意思で家族を選ぶ」「穴の開いた自分を受け入れる」など、岸田さんは「家族と向き合う“自分”との向き合い方」を教えてくれた気がします。

いつか家族との向き合い方に息が詰まってしまったときは、今日の岸田さんの言葉を思い出してみたいと思います。

〈取材・文=サノトモキ(@mlby_sns)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=藤原慶(@ph_fujiwarakei)〉

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岸田さんがつづる、「楽しい」や「悲しい」など一言では説明ができない情報過多な日々の出来事。笑えて泣けて、考えさせられて、心がじんわりあたたかくなる自伝的エッセイです。

取材後、「私にとっては、この本を書きながら人生を振り返ることが、大きな“自己受容”の機会になりました」とも話していた岸田さん。

みなさんもぜひ、「岸田さんから見た世界」をお楽しみください!