「最も影響力のある経営思想家」にも選出されたバッキンガム氏は、「どの会社で働くかが大事」というのは嘘だと明かしますが……(写真:teresa/PIXTA)

労働分析のスペシャリストで「最も影響力のある経営思想家」にも選出されたマーカス・バッキンガム氏。最新の労働科学を駆使して「職場の常識」が真実か否かを徹底的に調べ尽くした『NINE LIES ABOUT WORK 仕事に関する9つの嘘』の中で、「どの会社で働くかが大事」というのは嘘だと明かします。

熱意のある労働者は全世界で約2割

職場に関する、こんなデータがあります。労働者のやる気やエンゲージメント(仕事に対するポジティブな心理状態)は世界全体で低く、熱意を持って取り組んでいる労働者の割合は20%未満です。

また、経済学者は、1970年代半ばから生産性が伸び悩んでいる原因として、皮肉にも「かつて生産性を高める効果があるとされた経営戦略が、ことごとく実行に移されたから」と言及しています。

8割の人は労働意欲が低く、その原因が半世紀前から続く会社の舵取りにあるのだとすれば、その間醸成された企業文化や企業の体質が、低い生産性や離職率に影響しているとしても不思議ではありません。

しかし、これは一見真実のようで、実態は異なることをデータははっきりと示しています。端的にいうと、「どの会社で働くかが大事」ではないのです。「どんな人も自分の働く会社に何らかの思い入れを持っている」――直感的にはそう思えますが、働く人1人ひとりにとって本当に大事なものは、最初こそ「会社」として始まっても、すぐにまったく別のものに変わるのです。

職を探すとき、まず口コミ求人サイトを利用する人も多いでしょう。しかし、何を見聞きしても「それは会社の実情を本当にとらえているのか」「内部事情を的確に伝えているのか」という不安を完璧になくすことは難しいと思います。

また、雑誌で「働きがいのある会社ベスト100」などの特集が組まれていると、つい読んでしまうかもしれません。

そこで大抵取り上げられるのは「企業文化」です。ある企業には「家族のような文化」があり、ある企業には食品を寄付するなど「食事を通じて健康的で幸福な生活を」という文化がある、などです。あたかも、そういった文化があったからこそランクインできたかのようで、まさに文化は成功要因に思えてきます。

しかし、そのような文化に関して、入社後に自分の裁量でできることはほとんどありません。「社内託児所を設ける」「仕事時間の20%を自分の好きなことに使える」「社屋にソーラーパネルを設置する」といったことは、どれもすばらしい取り組みですが、あなたの実際の仕事世界を構成する日々のプロジェクトや締め切りとはまるで無関係な、どこか遠くで行われていることなのです。

ある会社で働くということがどういうことかを、外から見て理解するのはとても難しいといえます。

「自社の人」と意見が合わないジレンマ

仕事経験の最も重要な側面――仕事上の業績や離職率、欠勤日数などに決定的に大きな影響を与える側面――を非常に正確に測定できる8つの質問があります。(これらの質問にYESと答えた数が多いほど、エンゲージメントが高い)

1. 「会社の使命」に貢献したいと心から思っている
2. 仕事で「自分に期待されていること」をはっきりと理解している
3. 所属チームでは「価値観が同じ人」に囲まれている
4. 仕事で「強みを発揮する機会」が毎日ある
5. 私には「チームメイト」がついている
6. 「優れた仕事」をすれば必ず認められると知っている
7. 「会社の未来」に絶大な自信を持っている
8. 仕事でつねに「成長」を促されている 

もしも仕事経験の大部分が、どの会社で働くかでおおむね決まるのなら、8つの質問に対する回答は、同じ会社内のすべてのチームのすべてのメンバーで大体同じになるはずです。

しかし、現実はまったく異なります。

ばらつき具合を示す統計的尺度に、データの取る範囲を表す「レンジ」がありますが、会社間のレンジよりも会社内のレンジのほうがつねに大きくなるのです。仕事経験のばらつきは、異なる会社間よりも同じ会社内でのほうが大きくなります。A社・B社の会社間よりも、社内のチーム間のばらつきのほうが大きいのです。

データを詳しく調べると、8つの質問のスコアが低いチームは、メンバーが離職する可能性が高い傾向があります。例えば、あるチームの8つの質問のスコアが会社全体の上位50%から下位50%に転落すると、そのチームへのメンバーの離職率は45%上昇するという結果が出ました。

つまり、従業員がここで働くのはやめようと決めるとき、その「ここ」とは会社ではなく、チームを指すのです。

悪い会社のよいチームに配属された人は、会社にとどまる確率が高いでしょう。しかし、よい会社の悪いチームに入った人は、長くとどまらない確率が高いと予測できます。

これは、くしくもイギリスの思想家・哲学者のエドマンド・バーグが残した「社会の中で自分が属する小さな一隊を愛することが、公的な愛情の第一原理、いわば萌芽なのだ」という言葉どおりです。

どの会社に入るかは大事かもしれませんが、どの会社で働くかは重要ではありません。「どのチームで働くか」が重要なのです。

仕事でのエンゲージメントに関して19カ国で調査を行うと、ほぼすべての仕事が「チームワーク」であることが判明しました。

従業員数150名以上の企業では、回答者の82%がチームで仕事をしており、72%が複数のチームで働いていました。従業員数20名以下の中小企業でも、回答者の68%がチームで仕事をしていると答えました。

そして、「チームで仕事をしている」と答えた人は、それ以外の回答者に比べてエンゲージメントが高い確率が2.3倍との結果が出ています。しかし、このチームは「組織図」に記されているような公式のものばかりではありません。ほとんどの仕事は、組織図の「箱」の中では行われていないのです。

事実、「チームで仕事をしている」と答えた人のうち、65%が複数のチームで働いていると答え、かつそのチームは組織図に記載されていないと回答しました。それゆえ、会社は社内に存在するチームの数を把握することさえ難しく、トップダウン式に状況が改善される期待値は非常に低いでしょう。

「会社資料」に踊る嘘

会社案内やパンフレットでは、大抵その会社の「文化」や「風土」が強調されています。そして、私たちはそれに対して違和感を抱きません。なぜなのでしょうか?

なぜなら、これらはあなたを会社に引きれるために作られた記号だから。

あなたはどの会社で働くかは気にかけていなくても、どの会社に入るかは気にしています。そのため、この種の記号は、ある特定の種類の人材が重視しそうな物事を強調し、そうした人材を引きつけるために作られているのです。

フォローし合う文化が定着している、服装規定がなく自由……こういった記号がやたらと登場し、各種の会社ランキングで目を引くのは、企業が意図的にそうなるように仕向けているからです。

これは、いうなればヒト版のクジャクの羽飾り。なので、パンフレットでこうした類の文言を目にしたときは、「美しい羽飾りの存在目的は、ほぼあなたを引きつけるためにある」ということと、その魅力が時間とともに色あせていくことを忘れないでほしいと思います。


個人の離職に影響する「チーム」とは、いったいどんな存在なのでしょうか? チームには、物事をわかりやすくする性質があります。チームのおかげで、仕事が現実のものになるのです。仕事内容という点でも、一緒に仕事をする仲間という点でも、チームは日々の仕事をリアルなものにしてくれます。

今度転職先を探すときには、会社の文化が優れているかどうかを機にする必要はありません。そんなことは、誰にもわからないのですから。その代わり、その企業がよいチームを作るためにどんな努力をしているのかを考えたほうが得策です。

少なくともその努力を怠らない環境で働けることは、あなたにとって「悪い会社」ではないはずです。身近な同僚やランチする仲間といったローカルな経験のほうが、あなたの会社人生においてずっと重要なのですから。