「NHKの黒人の描き方」がまるで話にならない訳
NHKによる「黒人の描き方」はどこがダメだったのか?(写真:「これでわかった!世界のいま」公式サイトより)
NHKの国際ニュース番組「これでわかった!世界のいま」の公式Twitterに掲載された動画が物議を醸している。
「アメリカで黒人が今置かれている状況」について解説するアニメ動画で、警官による黒人男性暴行死事件への抗議デモの原因は「白人と黒人間の格差」にあるというもの。だが、その内容と実態がかけ離れたものであったため多数の批判を招き、NHKは6月9日に動画を削除、謝罪することになった。
このニュースは、早速アメリカでも報道されてしまった。報道の多くは、NHKはすでにこの動画を削除したと述べているが、コメント欄に「まだYouTubeで見られますよ」との投稿があったため、探してみると、そのとおり、まだアップされている。実際見てみると、とんでもない内容だった。すべてにおいてダメだらけで、何から指摘していいか混乱するほどである。
「問題の動画」はどういう内容だったか
第1にダメなのは、これが世界のニュースを解説するために作られているにもかかわらず、最低限語らなければいけない部分を語っていないことだ。そもそも、この抗議デモが起きた原因がまったく的外れである。
動画は、「俺たちが怒るその背景には、俺たち黒人と白人の貧富の格差があるんだ!」というセリフで始まる。そこにはご丁寧に「黒人と白人の貧富の格差」というテロップも出ている。
次に、そこへ来て新型コロナの流行があり、黒人がその影響を大きく受けたと説明される。そして「こんな怒りがあちこちで吹き出したんだ」と黒人男性が語る。1分20秒の動画はそれでおしまいだ。
もちろん、これらの要素は今回のことと関係はある。しかし、抗議デモの発端となったのは、ミネアポリスでジョージ・フロイドという名の黒人男性が白人警察によって殺された事件である。
警官によって殺害されたジョージ・フロイド氏(写真:Stefano Guidi)
フロイド氏は、警察に対してまったく抵抗していないにもかかわらず、日中、周囲の一般人やセキュリティビデオが見守る中で、無残にも殺されてしまったのだ。しかも、警察は当初、これらの警官を起訴することに躊躇を見せた。それもまた人々の不満を募らせたのである。
今回のように罪のない黒人が殺害される事件は、過去にも数多くあった。1992年のL.A.暴動の発端となったロドニー・キング事件もそのひとつ。当時、キング氏に暴力をふるった警官は無罪となっている。映画『フルートベール駅で』でも描かれた、2008年大晦日から新年にかけての夜、オークランドでオスカー・グラント氏が殺された事件でも同様だ。
殺害まではいかなくとも無実の黒人が根拠なく容疑をかけられることはしょっちゅうある。そのせいで黒人の多くはたとえ何も悪いことをしていなくても、警察による暴力を恐れている。
つまり、今回の暴動は、フロイド氏の件だけについて起こったものではない。警察が持つ人種偏見と、黒人の命を尊重しない態度について、「もうたくさん!堪忍袋の尾が切れた!」という思いによって起きたのである。
だから、この動画の中に「警察の暴力」という言葉が出てこないのは、NHKが事件のことをまったく把握していない証拠だ。
立て続けに起きる「黒人差別」
フロイド氏の事件の直前、ほかの人種差別事件がふたつ起こったことにも触れておきたい。ひとつは、ジョージア州でジョギング中の黒人男性アマド・オーブリー氏が射殺された事件。これは2月に起きた事件だが、先月になって、白人によるヘイトクライムだったことがわかっている。
ふたつめは、ニューヨークのセントラルパークで、犬の散歩をしていた白人女性に黒人男性が「ルールどおりに犬は鎖に繋いでください」と注意したところ、白人女性が警察に電話をしたという事件。この一部始終はビデオ録画されており、白人女性は世間から大バッシングを受けたうえ、仕事もクビになった。
だから、このデモは、何をおいてもまず「黒人差別」についてのものなのだ。昔からある差別は、収入面や教育面、健康保険などの面でも格差を生み出し、それが新型コロナの感染率や失業率にもつながっている。
コロナや失業に対する不安も一緒に吹き出したというのは、もちろん正しい。これについて深く語るのであれば、もちろん差別についても語られるべきで、改革はそこからなされないといけない。しかし、1分20秒ではそこまではとてもたどりつけない。
と、まずはこの動画に肝心の部分が抜けていることを指摘したが、次に、なぜNHKの動画が差別を助長するのかに触れたい。
ひとつは、動画のバックグラウンドにある、略奪、暴動と思しき描写だ。抗議デモが始まってすぐの頃、ショップやレストランで略奪や放火といった犯罪行為が起きたのは事実である。筆者の近所もひどい被害に遭った。しかし、抗議デモに参加する人の大多数は略奪を行わず、平和的な抗議デモを行っている。一方で略奪を行う人々は、警察が手薄になるチャンスを狙ってやっているだけの便乗犯であり、抗議デモに参加はしていない。
ニューヨークのクオモ州知事にしろ、L.A.のガーセッティ市長にしろ、そこをしつこいほど強調している。これをごっちゃにしてしまうと、平等を主張する人たちが悪者になってしまうからだ。トランプの場合、恣意的にデモの参加者と便乗犯を混同しているが、NHKの動画は無意識のうちにそれをやっている。
NHKの「ステレオタイプ」な人種描写
そして、もうひとつは、言うまでもなく、ステレオタイプな人種描写だ。これは、いつだって、絶対にやってはいけないこと。それをわざわざ人種のステレオタイプを崩そうというこの時期にやるとは、無神経、無知にもほどがある。
しかも、なんと日本の公共放送であるNHKがやったというのだから、理解の範囲を超える。このアニメを制作するだけの時間があったのなら、何が正しいのか、知識のある人に聞くくらいの暇はあったのではないか。
そもそもアニメにする必要はなかったのだ。いや、アニメでやってはいけなかった。アニメだと、どうしても特徴を強調した描写になりがちだからだ。すでに山のようにあるはずのニュース映像を使ってやればいい。映像ならば嘘をつかないし、不必要な誇張はしなくてすむ。
最後にもうひとつ、今回の件について、アジア人である私たちの立ち位置を意識しておこうと提案したい。私たちに必要なのは、黒人の話を聞き、黒人を支持することだ。彼らをサポートする発言、態度は積極的にやってもいいが、それ以外の余計なコメントはしないほうがいい。
もちろん、人種差別は黒人だけに対してではない。アジア人も、コロナでずいぶん差別を受けた。だが、それはそれ。今は「Black Lives Matter」を語るときである。日本のメディアもとくに慎重な態度と配慮をもって、この問題に挑んでほしいと思う。