「コロナは米国と韓国が広めた」北朝鮮がフェイクニュース
北朝鮮当局は未だに「わが国では新型コロナウイルスの感染者は発生していない」との立場を崩していないが、国内からは断片的ながらも感染情報や、厳しい感染防止策の影響により人々の暮らしが苦境に追い込まれていることが伝えられている。
感染防止のための知識は、テレビ、新聞などの国営メディアはもちろん、職場や人民班(町内会)の会議の場で行われる小規模な講演会でも伝えられるが、その中には眉唾ものの話も混じっている。
例えば、江原道(カンウォンド)のデイリーNK内部情報筋は、道の衛生防疫機関から派遣された担当者が「味噌やキムチを食べる民族は伝染病を免れる」という、科学的根拠のない話をしたことを伝えている。当局は一方で、政治的意図を持ってわざと嘘の情報を流すこともある。
平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋は、最近行われた人民班の会議で、感染症予防についての教育が行われたが、講演の中身は「米国と南朝鮮(韓国)がウイルスを意図的に広げているから注意せよ」というものだったと伝えた。
講師が説明したその手口というのは「品物や紙幣にウイルスをなすりつけて送り込む」というものだ。常に警戒を怠らず、不審な物があれば絶対に触らずに通報せよと付け加えた。
経済制裁にコロナが重なり、踏んだり蹴ったりの北朝鮮経済だが、そのしわ寄せを最も受けているのは庶民だ。そんな不満を外部にそらして内部結束を図るため、このような低レベルなフェイクニュースを流しているものと思われる。
北朝鮮は国営のメディアから末端の宣伝機関に至るまで、体制に都合の良い状況を作り出すために、当たり前のようにフェイクニュースを流す。
(参考記事:消えた北朝鮮の「ピンクレディー」…看板アナウンサーの行方)
このような「コロナ米韓発祥説」は、北朝鮮で広く使われているようだ。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、会寧(フェリョン)で住民を対象にした講演会が行われ、「(新型)コロナウイルスは南朝鮮(韓国)が撒いた」という話があったと伝えている。
しかし北朝鮮の人々は、この手の宣伝に「免疫」があるようで、そう簡単に信じようとしない。
中国の親戚を訪れた咸鏡北道(ハムギョンブクト)清津(チョンジン)に住むキム・チュンシク(45)さんは、2007年のデイリーNKの取材に、党の幹部が人民班にやってきて「暮らしは良くなる」との講話をしたが、誰も信じようとしない空気を察知したのか、「今度は嘘ではない。本当に信じてもよい」と、住民をなだめようと必死になった様子を伝えている。
そもそも、北朝鮮と民主主義国家ではメディアの使命や存在意義が異なる。
金正日総書記は、朝鮮労働党中央委員会の宣伝煽動兼組織担当秘書となった1973年に、メディアの役割について、社会の全員を金日成主義者にし、社会を金日成主義の求め通りに改造して、チュチェ(主体)偉業の勝利に貢献するものと規定している。「メディアは共産党の喉と舌」とする中国を遥かに超えて、金日成主席を頂点とする唯一領導体系を社会の隅々まで行き渡らせるための役割を与えられたものだ。
そのことは、北朝鮮の人々も理解している。
韓国・崇実大学校のイ・ジョンチョル教授らが2011年に、ソウルに住む脱北者200人を対象に調査を行い、「北朝鮮におけるメディアの役割は何か」という問い(複数回答)に、対象者の86.5%が「金氏一家の偶像化を強固にする道具」、71.0%が「体制正当化の道具」と答えた。
一方で、口コミネットワークは強い影響力を持つことから、当局はそれを逆に利用して嘘の情報を流し、国内世論を誘導してきた。
メディアに対して非常に否定的な考えを持っている一方で、「韓国のメディア報道が正確と思うか」という問いには63.0%が「そう思う」と答え、疑うことなく受容してしまう傾向が強いことも現れた。ちなみに韓国で生まれ育った韓国国民の場合、「そう思う」と答えた人は20.5%に過ぎなかった。