エンタメ業界への補償を求める芸能人は、なぜバッシングされるのか
新型コロナウイルス感染拡大に伴い、エンタメ業界が打撃を受けている。業界への「補償」を求める声は相次いで上がっており、有名芸能人やアーティストなども、ネットなどを通じ、政府に、一刻も早い対応を訴える。
こうした声はツイッターをはじめとするツイッターやメディアでは、総じて好意的に受け止められている。ところが、別のネットコミュニティー、たとえば「ガールズちゃんねる」のような匿名掲示板では、激しいバッシングさえ受けていることをご存じだろうか。
なぜ、「補償」を求める芸能人たちは叩かれるのだろうか。心理学、ネット文化の両面から、識者に話を聞いた。
ツイッター上では絶賛を浴びていた井口さんの発言だが...
典型的な例が、King Gnuの井口理さん(26)が2020年3月28日に行ったツイートへの反応だ。
井口さんが行ったのは、「すでにみんな1ヶ月仕事を失ってるんだから一刻も早く補償をしましょうよ!」というツイート。
この発言が出るきっかけとなったのは、27日に文化庁の宮田亮平長官が発表した「文化芸術に関わる全ての皆様へ」とするメッセージに対して、具体的施策がないとする声が盛り上がったこと。同メッセージには、「日本の芸術文化の火を消してまなりません」「明けない夜はありません!」といった文言はあるものの、具体的な補償に関する文言はなかったため、ツイッター上で話題になるなどしており、井口さんもそれに賛同したかたちだ。
井口さんのツイートには、「音楽は明日を生きる大きな糧となるのに多くの芸術が潰れてしまわないよう早く補償してあげてほしい」といった、井口さんの意見に賛同するリプライが続々。「井口さんみたいにアーティスト側、本人がこうやって発信することが大切だと思います」と、その勇気を讃える声も寄せられている。
ところが、女性向け匿名掲示板「ガールズちゃんねる」のスレッドを見てみると......先程の声とは打って変わって「うるさいな。ギャーギャー騒ぐなよ。 皆大変なのは同じだよ」といった辛辣な声が続々。「全ての分野に補償は無理だよ。それこそ日本崩壊よ」と、新型コロナウイルスとの戦いとは直接関係ない業界への補償は害悪であるとする声すら上がっている。
補償論を叩いて不安を解消しようとする人たち
エンタメ業界への自粛要請といえば、2月26日にはPerfumeとEXILEのコンサートがそれぞれ当日に中止になるなど、2月の終わりから芸能界全体に自粛の動きが広がっている。自粛要請の主体が政府である以上、自粛に応じた芸能人に政府が補償を行うのは当然、との声も強い。
営業中止に追い込まれたエンタメ業界への補償を求める署名運動「Save Our Space」には、3月31日までに30万筆を超える賛同が。ツイッターなどでは、こうした動きがおおむね称賛ムードで受け止められている。
しかし、井口さんに限らず、「ガールズちゃんねる」などでは、こうした話題のトピックは辛辣な声で埋められる傾向が。
この温度差について、経営コンサルタントで心理学博士の鈴木丈織氏は、井口さんへのアンチが好き嫌いで攻撃を行っている例は当然にあるとしつつ、アンチでなくても攻撃的なメッセージを「ガールズちゃんねる」に書き込む者はいると指摘する。
「井口さんに集まっている批判を見ると、『みんなが我慢を強いられてる時に自分の業界だけ特別扱いしろと言うな』といった思いが込められている書き込みが多いように見受けられます。一見すると筋が通っているように見えますが、それだったら、その人たちも『我が業界も補償されるべき』と声を上げる手はあるわけです」
と、井口さんを叩くことの矛盾を指摘。その上で、
「では、なぜそのようにはならないのか。それは、『先が見えない状況での他者への攻撃』は、それ自体がストレス解消の効果を生み、先が見えないことへの不安を確実に和らげることが出来るからです。『補償を要求する』という手段では、実際に補償が行われるまで不安が続きますが、補償を要求する声を叩くという手段は、実行した瞬間に安心感が得られるので手っ取り早く不安を解消できる上、自分こそが、『特別扱いしろと言うな』という新たな『筋が通った話』を振りかざす主体となることが出来るのです」
と指摘する。併せて、
「『意見を叩く』という行為ですが、叩いている者は叩かれる意見を言う人と同じ境遇であることが少なくありません。ゆえに、アンチでもないのに井口さんを叩いている人の多くは、やはり、コロナ騒動で被害が出ている業界の人々なのではないでしょうか」
とも分析した。
両メディアの客層は同じ!?
何やら「足の引っ張り合い」とでも言うべき構図が発生していそうな今回の「ガールズちゃんねる」での井口さんについての炎上。その一方で、ツイッター上では井口さんへの賛同の声が上がっているわけだが、ということは、両メディアの「客層」は相当違うということなのだろうか。そこで、J-CASTニュース編集部は、ITジャーナリストの井上トシユキ氏にも分析を依頼した。
すると、井上氏は両メディアに出ている意見の違いは、ユーザーの違いというよりは、同一の人物が、「ツイッターでは正論に賛同しつつ、ガールズちゃんねるでは感情をむき出しにして暴れる」ということをやっているという例も多いことが推測されると指摘した。
「ツイッターは、もはや、『匿名での情報発信がメイン』というメディアではなくなり始めています。大多数のユーザーが固定のアカウントを持ち、それらの多くは一般人であっても本名を明かしていたり、ハンドルネームであっても知り合いにはアカウントの存在を公表していたりするわけです。そうなると、どうしても『無難なツイートで情報発信しておこう』『いい子を演じておこう』という意識が働くため、感情をむき出しにしたツイートは行われにくくなります」
「その一方で、ガールズちゃんねるは匿名性が高いメディアであり、そうなると、やはりどうしても、『ボロカス言ってても大丈夫』と思うユーザーは多く、ついつい建前ではなく本音を書きこんでしまうと推測されます。ゆえに、両メディアの井口さんについての話題には違うユーザーが集まっているというよりは、同一のユーザーが集まって真面目な世界と本音を曝せる世界を使い分けていると考えられます。なお、ガールズちゃんねる的なメディアとしては5ちゃんねる(2ちゃんねる)が挙げられるでしょう」
と指摘した。併せて井上氏はどの業界がどうだといった詳しい説明は避けるとしつつ、自身のところに集まってくる情報を分析すると、新型コロナによって「非常に困っている業界」が多々ある一方で、「さほど困っていない業界」もそれなりにあるようだと指摘。その上で、その温度差がもたらす可能性について分析した。
「エンタメ業界の窮状は、その目立ちやすさや発信力の強さから非常に分かりやすい形で伝わってきていますが、その一方で、注目されずに窮状が進行している業界もあり、また、コロナの影響をあまり受けていない業界もあると聞きますので、日本社会にコロナに対する『温度差』が広がっているとみられます。ですので、注目されずに窮状が進行している業界の人々の中には、ツイッター上では行儀良くしつつ、ガールズちゃんねるでは『エンタメ業界だけがつらいんじゃない!』と主張して、補償に反対しているということはあるかもしれません」
(J-CASTニュース編集部 坂下朋永)